第五十九話 キミたちとこれからも
「これなんかどうです」
そう言ってアルテシアが掲げたのは木製の什器だ。
ここは、冒険者たち御用達の野営向けの道具を扱う店で、名前を【バンブーワークス】と言うらしい。偶然前を通りかかったとき、店先に飾ってあった寝袋のようなモノに、目を惹かれたのがきっかけで入ってみた。店内は意外に広く、さきほど店の前にもあった野営用の寝袋や、魔道具の収まっているテント。折り畳み式の椅子や食器類など、さまざまな品を取り揃えている。前世で言うと、キャンプ用品の店だと説明すれば、わかりやすいかもしれない。
もし徒歩で冒険をする者ならば、これらの道具をすべてリュックなどに詰めて、移動をしなければならない。そう考えると、やはりこの異世界でも道具の軽量化は必須であり、その技術革新は日進月歩だと、オーナーである熊猫族のシャオロンさんが語っていた。
その見た目、マジックで目の周りを黒く塗っただけだろうと言いたくなるような風貌。それと丸い黒耳が頭にあるだけで、パンダだと言い張る雑なデザイン。その他の部分は至って普通の人間。顔だけパンダ風。それが人獣、熊猫族だ。せめてそこは人獣じゃなくて獣人だろうと言いたいがもう遅い。
別に彼のせいではないのだ。悪いのはこのクォリティーで、彼ら熊猫族を作った神さまが悪い。
そんな熊猫族のシャオロンさんが、アルテシアの持つ什器を見て言った。
「おおーソレね、ソレね。ワタシの店のオススメよ。ソレ見た目はタダの木製に見えるケド、あら不思議、魔道具ナノね。ダカラ熱いモノ入れたら熱いママ。冷たいモノ入れたら冷たいママよ」
「な、なにそれ。マジ最悪じゃん!」
前世で言うところの保温マグのようなモノだろう。シャオロンさんの説明を聞いたとたん、なぜかアルテシアよりも先に、ジーナが反応した。
「アタシ、チョー猫舌だから無理~! 冷めてもらわないと困る~! ダメダメ。却下だよアル姉」
「それは残念ですね。じゃあ他のを……」
ジーナの申告を素直に受けるアルテシア。
僕らにとっては便利なグッズだったのだが、ジーナだけ仲間外れには出来ない。彼女はその什器を棚に戻し、別の商品を探し始める。
「ソレは残念ねー。ワタシのオススメだったのに。じゃあ、もひとつ便利なモノお見せスルね」
そう言って彼は別の棚に行き、ある商品を持って戻って来た。大きな手には、さきほどと同じ什器が乗せられてはいるが、木製ではなかった。
「コレはミスリルで出来てる什器ね。モシ猫人族のオネーさんが舌を火傷して、思わず什器を放り出しても、絶対に壊れナイ優れモノね」
「こらーっ! それアタシが舌を火傷する前提じゃんか! しかもミスリル、チョー無駄遣いっ!」
冗談なのか本気なのか。シャオロンさんの商品の進め方に、全員が戸惑う。
「と、とりあえず、普通のでいいよね」
「そ、そうですね。普通のにします」
「アタシのせいでゴメンね。みんな」
「アラー最近のお客さん、みんなワガママねー」
人数分の什器と食器、寝袋や椅子などを選ぶ。
徒歩で歩く場合でも、僕らにはアイテムバッグがあるため、多少の荷物でも問題ない。ここで購入したモノも、すべて僕のアイテムバッグのなかに収まった。
「では、次は――」
アルテシアが次の行先を模索する。
買い物に順番など決まっておらず、そのときみんなで思いついたところへ行くだけだ。なので、そろそろ僕が彼女たちを連れて行きたかった場所に向かうとするか。
「ねえねえ。服とか欲しくない? アル姉」
「服……ですか」
「――!」
ああっ! い、言われてしまった……。
ジーナの言った服。それが僕の目的地だったのだ。
以前、奴隷商ギルドで、中古服の店をセシリーに紹介してもらったことがある。そのときに買った中古の服。【リセット】のおかげで新品に戻してはいるが、元は中古服だ。お金がなかった当初とは違い、今はそれなりの服を買える余裕がある。
さきほど彼女たちに、日頃の感謝の気持ちが溢れたとき、真っ先に思いついたのが服の購入だった。女の子はオシャレが好き。そう聞いたことがある僕は、感謝と言えば服をプレゼントするという、単純な提案しか浮かばなかった。それでも気持ちを伝えたいので、サプライズ的に直近まで黙っておこうとして、あえて言わなかったのだ。
それがジーナによって打ち砕かれた。
「でも、この服は初めてヨースケさんに買ってもらった思い出の服で……」
「そんなの何着も買ってもらえば、全部思い出の服になるじゃん! それにアル姉は綺麗なんだからオシャレくらいしないと、お兄さんに嫌われちゃうよ?」
そんなことはないと言いたい。
ジッと不安そうな表情でこちらを見るアルテシアに、黙って首を横に振る。いや、この場合どっちなんだ? 嫌ってないよで、首を横に振れば良いのか? それとも、服を購入してもいいよで、首を縦に振るのが正解なのか? いったいどっちなんだ。
「あ、服……買いに行こうか。僕も少し見てみたいし」
とりあえず、服屋に行くことにする。
そこでプレゼントとしてふたりに買ってあげよう。
「お客さん、次は服を買うね。ソレじゃあこの先に行くと、五軒ほど服屋がアルよ。どれもイイ店ね」
話が聞こえていたのか、シャオロンさんが一式横丁の服飾店の場所を教えてくれる。
「ありがとうございます。お世話になりました」
「毎度アリね。また来てクレると嬉しいね」
シャオロンさんに礼を述べ、教えてもらった店へと移動する。五軒も服飾店が被って大丈夫かと思ったが、意外にも女性向け、男性向け、子供向けと種類が分かれており、さまざまな層に受け入れられそうな店構えとなっていた。
「お兄さんどうする? アタシたちは女性ものの店に入るけど」
「あ、そうだった。この店って男性も入れるのか」
店のなかは女性だらけで男性は居ない。
ここに入るには少し勇気がいるようだ。
「うーん。ちょっと難しいかな。あんま女性が服を買う姿って男のひとに見られたくないし、いろいろ試着がね」
困り顔のジーナが言う通り、この世界の女性服売り場には前世のような試着室がない。したがって、この店の周りに男性が居ないのは、女性たちが店のなかで直接着替えたりして、試着しているのを見ないようにしている言わば、暗黙のマナーだったのだ。
中古服屋で、アルテシアと服を買ったときはどうかと言われたら、それは彼女が元から裸同然だったのと、上からすっぽり被るタイプの服だったからであり、女性専用の店でもなかったのが理由かもしれない。
「じゃあ、お金を渡すから、これで買っておいでよ」
予想外の事態に落ち込む暇もなく、アルテシアとジーナ、それぞれに金貨を三枚渡す。
「こ、こんなにいただけません!」
「うわーこんなに良いの?」
金貨一枚がだいたい三万円の価値。
この世界の新品の服の価値はわからないが、数着買う予定なら、これくらいは必要だと思って渡したのだけれど、多かったようだ。
「いいよ。これからいろいろと必要だろ? この際だから買っておいで」
「やったあ! さっすがお兄さん! 太っ腹~」
「すみません。じゃあ、お言葉に甘えて……」
遠慮するアルテシアと、テンション高めなジーナに、そのまま金貨三枚を持たせ、店へと送り出す。ひとり残った僕は、自分の服を見るため別の店へ。
「いらっしゃいませ」
男性ものの服屋は暇そうだった。
店主がひとり居るだけで、客もまばら。数名の若い冒険者が、革製のベストを選んでいるところを見かけた。新たなパーティーを組むので、揃いの装備を着たいらしい。あーでもないこーでもないと、こちらにも聞こえるほど騒いでいる。
冒険者向けの一式横丁なので、服はもっぱら装備と言った方が良い代物ばかりだ。普段着ではなく革製の鎧やブーツ。ベルトや手甲など、軽めの装備が多い。頑丈な鉄製の防具などはここではなく、防具屋へ行けということか。
「お! これは」
しばらく物色していると、良いモノが見つかった。
革製品のなかでも少し高めで、僕のブーツと同じ硬質という名称がついている。
【硬質の手甲】
銀貨四枚
まあまあの価格。
ローザにぼったくられた中古の剣よりは安い。腕周りの装備が少し不安だったので、これを装備するのも良いかもしれない。その隣には同じく革で出来た上着があった。
【上質なレザーコート】
銀貨八枚
【しなやかな革のベスト】
銀貨ニ枚
これも買っておきたい。
コートやベストは、普通の生地で出来た服よりは防御力が高いはず。数値化されていないので、どれほどの効果があるかはわからないが、装備しないよりはマシだろう。
他のコーナーも見てみる。
盾などもあるが、奴隷ディーラーである僕には必要ない。革の帽子や兜なども、ずっと着けていると剣道の防具のような臭いがしそうで、ちょっと敬遠してしまう。あの臭いはなかなか取れないし、女の子にも不評そうだから今回はスルーで。
あとは下着類とちょっとした普段着があった。
これを数日分購入すれば、着るものには困らないだろう。
「毎度ありがとうございました」
さっき候補にしていた装備と生活用衣類を買った。それらをアイテムバッグにしまい込み、店を出る。アルテシアやジーナはまだ店の方にいるようで、通りには居なかった。
さて困ったぞ。
服をプレゼントしようと思っていたのに、僕が入れないんじゃ意味がない。お金は渡したけれどこれは気持ちの問題だ。なにか記念に残るモノが良い。
「ん?」
女性物が二店舗、男性物が一店舗、子供服が一店舗と並んで、一番隅にもう一軒ある。シャオロンさんは全部で5軒の服飾店があると言っていた。
気になったので、その最後の一軒へと近付く。
「こ、これは……」
最後の一軒に僕の求めるモノがあった。
これだ。これにしよう。
僕は二人が戻らないうちにと、急いでその一軒の扉をくぐった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「おかえりなさい。ヨースケさん!」
買い出しを終え、再び宿へと戻る。
いつも元気なパフィーの出迎えの声を聞き、ホッと一息をつく。
だが、彼女にはこれから、しばし別れのあいさつをしなければならない。いや、報酬の家をもらえば、当分ここには来ることもないかもしれないのだ。それは僕だけでなく、アルテシアやジーナも感じていることで、少し重い空気のまま、パフィーのいるカウンターへと足を運ぶ。
「えーっ! 王都へ行っちゃうの!?」
事情を説明すると、パフィーが叫んだ。
その表情にいたたまれない気持ちになるが、仕方がない。いつまでも宿生活というのも、今後のことを考えると非効率なのは確かなのだ。
「戻って来るのはだいたい十日前後かな。でもそのあと僕らは、別の家に住むかもしれないんだ」
「ええーっ! じゃあもうここに泊まることはないってことですかぁ!?」
パフィーに正直にすべてを話す。
目に見えて落ち込む彼女に、かける言葉もない。
「これこれ。何をそんなに騒いでいるの。お客さんにご迷惑でしょ」
「お母さん……」
カウンター奥の部屋からひとりの女性が現れる。
パフィーがお母さんと呼ぶとおり、彼女はここ【ジェニファー&ローガンの止まり木】のオーナーのひとりであり、金髪、緑目のパフィーとは似ていない赤髪、赤目の女性ジェニファーさんだ。普段はあまり僕らと接する機会のない彼女は、夫であるローガンさんと一緒に、主に裏方で店を運営している。
ちなみにローガンさんはドワーフで、黒い毛並みの渋いおじさんだ。僕が以前パフィーに借りた外套は彼の物で、背丈が合わなかったのは、ドワーフに合わせて作られた物だったせいだ。
「だって、ヨースケさんたちが、もうここには来ないって……」
「まあ。ヨースケさん、旅に出るんですか?」
「ええ。まあ――」
ジェニファーさんにも事情を説明する。
これまで多くの一期一会を経験してきた彼女にとっては、よくあることなのだろう。特に表情に変化はないが、娘のパフィーのことを思うと、そうは言っていられないのだろうか、少しため息を吐きながら彼女は言った。
「それは困ったわねえ。娘はヨースケさんと、いつか絶対に結婚するって息まいてたんですよ」
「わわわっ!! お、お母さん!! それ言っちゃダメえぇ!!」
しれっと娘の秘め事をバラす母親。
バラされた本人は真っ赤な顔で大慌てだ。
結婚相手候補である僕も、すっごく気まずい。
「私たちもこの先どうなるかわかりませんし、娘のことは大事ですので、良い人がいたらお任せしたいと思ってましたのに」
「え? お、お母さん……?」
「……」
一瞬、空気が変わった。
ジェニファーさんの冗談とも本気ともつかないニュアンスと声に、娘のパフィーも少し戸惑う。
「ふふふ」
そんな空気を悟ったのか、突然ジェニファーさんが笑い出す。母親の冗談だとわかったパフィーも、ホッとしたあと、あわてて母親をカウンターの奥へと押し戻そうとする。
「もお! お母さん、冗談言ってる暇があったら、早く202号室の片付けに行って!」
「はいはい。ではヨースケさん、また――」
母親を退散させたあと、まだ顔の赤いジェニファーが、こちらを振り向く。
「あ、あの……さ、さっきのは母の冗談で、あ、あんまり気にしないで……」
「え~ジェニファーさんて、あんまり冗談言わない人っぽそうじゃん。パフィーちゃんも冗談で良いの~?」
「なななな、何を……ジーナさんまで……」
「ジーナ!」
昼間は静かだったジーナが、調子を取り戻したようにパフィーをからかう。そんなジーナをアルテシアが窘めた。
「じ、じゃあ、明日で清算することになりますから、セナさまにお預かりしていた代金をお返ししますね」
「え? あ、ああ~そ~だったっけ? 別にもういいんだけど」
「そうはいきません! お金のことはきっちりしないと!」
「あ……はい。ではお願いします」
パフィーにセナが渡したお金のことをすっかり忘れていた。たしか白金貨三十枚だった。それが清算されてまたこちらに返ってくるらしい。転生した当初、銀貨一枚がどうとか、いろいろ苦労してたのがウソのようだ。しかもそれから数日しか経っていないのだ。なぜかとても長い時間を過ごして来た気分になるのは、一日一日の内容が濃かったせいか。
「じゃあ、おやすみなさい」
「また明日ね。お兄さん」
二階の踊り場でふたりとは別行動となる。
アルテシアとジーナは二階の部屋に。僕は三階のロイヤルスイートにたったひとり、あの広い部屋で一夜を過ごすのだ。彼女たちが踊り場から二階の部屋への通路に行こうとしたとき、僕はそれを呼び止める。
「あ、ちょっとふたりとも待って」
「「――?」」
僕の声に立ち止まるふたり。
こちらを振り向き、どちらも小首をかしげた状態だ。そんな彼女たちに微笑みかけ、アイテムバッグからあるモノを取り出す。
「えっと、これは?」
第一声はアルテシアだった。
差し出したモノを見たあと、僕の顔を再び見てそう言った彼女は、その手のなかのモノの意味がわからないようすだ。
「お兄さん……マジで?」
続いてジーナが驚く。
彼女は僕の手のなかから、それをひとつだけ手に取り、自分の目の高さまで持ち上げると、瞳をキラキラさせながら僕に微笑む。
「そう。ブレスレットだよ」
ふたりにそう告げた僕は、残りのふたつのうち、ひとつをアルテシアに渡し、もうひとつを自分の腕に身に着ける。どの品も同じモノで、ミスリルの糸で編んだ輪に、小さな丸い宝石が三連通されているデザインだ。丸い宝石はそれぞれ色が違い、【愛情】【友情】【永遠】の意味を持つ石が並んでいる。
僕が一式横丁で最後に立ち寄ったのは宝飾店だ。
店先のショーウインドーで、ひときわ輝いていたこのブレスレットを一目見て気に入り、その場ですぐに人数分購入して、このときまでアイテムバッグに隠し持っていたのだ。
「これって、結構有名な職人が作ってるやつじゃん! めっちゃイイ!」
「ヨースケさん。どうして私たちにこれを?」
三連石のブレスレットにふたりが反応する。
僕は未だ少し戸惑っている、アルテシアの疑問に答えことにする。
「キミたちふたりにはいつもお世話になってるし、感謝を込めて、これからもよろしくって意味で買ったんだ」
「三人同じってのが良いね。ケンカしないし」
「あ、ありがとうございます。でも私たちなにも返すものが……」
相変わらず心配性なアルテシアの手をそっと握る。
「いいって。僕はもうキミたちに、もらってるモノがあるから」
「えっ? なんですかそれ」
「アタシら、何かあげたっけ?」
ふたりが目をパチパチとさせながら僕を見つめる。
自分が何をあげたのか、記憶を辿っているみたい。
そんなふたりに微笑みながら、答え合わせをする。
「日々のつながりだよ」
「「つながり?」」
ピンとこないふたりに更に話を続ける。
「僕はこの世界でひとりぼっちだったんだ。それが奇跡的にキミたちと出会えて、大切なつながりが出来た。そして更にいろんな人とつながっていって、気付けばそれは、僕にとってとても大事なモノになっていったんだ」
握っていたアルテシアの手に、ジーナの手を重ね、それを両手で包む。
「出会ってくれてありがとう。こんな僕だけど、キミたちとこれからもずっと一緒にいたい。このブレスレットは、そのつながりの証だ」
「ヨースケさん……私……わた……」
「ううーっ。ごべん、おでぃざあんん。アダジ悪い子だっだああ。ごべええんん」
三人とも涙ぐんでいる。
そんなお互いの顔を笑って見つめ合いながら、僕は三人を包んでいた両手を離し、彼女たちにブレスレットを着けた腕を上げさせる。そしてそれぞれのブレスレットを近付け合い、皆でこう誓った。
「これからもずっと一緒にいようね」と。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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