第五十八話 一式横丁にて
「あのぉ……私の仕事先って、どうなりました?」
ローザからのお叱りが終わる。
そのあと、彼女から許しを得た僕は、ジーナを再び自分の奴隷として契約する。そのとき、彼女に自由になってもいいよと半分冗談気味に言ってみたが、断固として断られてしまう。僕の傍が良いらしい。
続いてリサメイたちを、ローザの下へ引き渡そうと思ったときに、ずっと建物の陰に隠れていたメイウィンから、仕事の紹介の件を尋ねられた。
すっかりその存在を忘れていた僕らは、一瞬「あっ!」と声をあげてしまったため、メイウィンに忘れていたことがバレてしまう。
ジーナに続き、今度は彼女が拗ねてしまったが、僕がたまに会いに行くという条件の下、彼女の機嫌はなんとか直った。
そんなメイウィンのジョブは、道具作成師だ。
道具を作ることに関しては優秀らしいので、どこかの道具屋か骨董品屋で仕事を見つけたいらしい。最初の約束通り、彼女の仕事先の紹介をローザに頼んでみると、「じゃあ、あたしのとこで店番から始めな」との返事が。骨とう品なども扱う店のため、彼女の働き口としてもちょうど良く、結局メイウィンは、ローザの武器屋で店番として働くことになった。
「じゃあ、改めて。リサメイたちをそちらへと譲渡します」
メイウィンの件が片付いたので、改めてリサメイたちの譲渡を始めることをローザに告げる。しかし、ここで思わぬ展開となってしまった。
「すまないが、譲渡はちと待っとくれ」
「え?」
譲渡のため、自分のステータス画面を立ち上げたところで、ローザに引き留められる。何事かと思い、彼女の顔を見るが至って普通だ。理由を聞こうと僕が口を開く前に彼女が説明を始める。
「獣人たちの譲渡はあたしじゃなくて、孫にしてくれないかい」
「お孫さん……ですか」
孫がいるとは聞いていたが、ここにきてその孫に譲渡しろと言われるのは意外だった。ではその孫はいつここに? ローザにそれを尋ねると、信じられない返事が返ってきた。
「こっちに来ることなんてないさ。うちの孫は忙しいからねえ。とうぜん坊やがこいつらを王都まで連れて行くんだよ」
「はああああ!?」
思わず大声をあげてしまった。
それもそうだろう、そんなの聞いていないからだ。リサメイたちを引き渡せば、それで依頼は完了。晴れて僕らには、報酬である家がもらえるとばかり思っていたんだ。それが王都まで連れて行けなど、契約書があれば断ることだって出来る。そんな契約書があればの話だけど……。
「まさかこれくらいのおつかいで、報酬がもらえるなんて思ってないだろうね」
「そ、それは……」
まんまとはめられた気分だ。
やはりこの婆さんは油断できない。人使いの荒さもそうだが、なにより考えが読めない。商人としての経験もさることながら、彼女はなにか、人を従わせるのに長けている気がする。現に今もこうやって僕らを王都まで行かせようとする流れになってきている。
うしろにいるメンバーに振り返る。
ローザという人物をすでに知っているアルテシアは困った表情で苦笑いし、さきほど彼女から恐怖を植え付けられたばかりのジーナは、不安そうな表情で僕を見ている。そして、いきなり王都へ行く話が出たにも関わらず、当のリサメイはニヤニヤしているし、黒狼族に至っては雑談に夢中で、こっちの話を聞いちゃいない。
「ちょうどいい。うちの便が出立する予定が明日なんだよ。それまでの奴隷は年も年だし、そろそろ自由にしてやろうと思っていたところだ。そこの五人の奴隷に、新たな戦闘奴隷組として頑張ってもらおうかね。とりあえずこの五人はここに置いてっとくれ。積み荷の積み込みを手伝ってもらうから」
こうして、鶴の一声ならぬ、強者の一声により、僕らの王都行きが決まってしまった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ごめん。断れなかった……」
宿への帰路の途中、僕は謝罪する。
帰りはアルテシアとジーナしかいない。やっと基本のメンバーに戻った状態で、僕の前をジーナ。そしてそのうしろをアルテシアが歩くという、僕の警護をする配置で道を歩く。
大勢で歩いているときは気付かなかったが、それでもアレックスの言った通り、彼女たちは僕の身を守る位置で歩いていたらしく、それはリサメイも同じだったそうだ。
そんな彼女たちの献身に、心のなかで頭を下げながらも、ローザに成り行き上とはいえ、王都行きを承諾させられたという不甲斐なさもあってか、実際に頭を下げて彼女たちに謝っている。
「ふふっ。もうせっかくですから、王都行きを楽しんじゃいませんか」
背後からアルテシアの優しいフォロー。
彼女はいつだって僕の味方だ。
「アタシも賛成。一度は行ってみたかったんだよねー王都」
ジーナは相変わらずマイペースだ。
朝のギスギスした関係は解消し、今は穏やかな笑顔をこちらに見せている。
ふたりの同意を得て、安堵する。
とは言っても、今更断れない以上、王都行きは決定しているので、彼女たちには黙ってついて来てもらうしかないのだけれど、嫌々従ってもらうよりか、前向きな意見を言ってくれた方が嬉しいに決まっている。
そんな彼女たちに対し、急に感謝の気持ちが溢れてしまい、僕はある提案を思いつく。
「あのさ。ふたりとも明日から王都に行くんだし、今から買い出しとか行かないか」
「そうですね。さきほどローザさんから聞いた話では、王都までは定期便の鈍足で、片道六日かかるそうです。旅に備えて食料や装備を整えた方が良いですね」
「買い物? じゃあ、一式横丁に行こうよ」
「一式横丁?」
ジーナの口から聞き慣れない名前が出た。
一式横丁。ニュアンス的に商店街っぽいものか。
「ペイルバインの冒険者なら、みんな知ってる商い通りの名前だよ。そこに行けば冒険に関する物が、一式揃うっていうくらい品物が豊富なとこでさ。広場よりも店が多いし、マジ絶対おすすめ」
「なるほど。じゃあ、そこへ行くか」
「食料なら私も遠征の経験があるので、任せて下さい」
「じゃあ、最初は食料の調達からやろう」
こうして旅の準備をすることになった僕らは、ジーナのおすすめする一式横丁へと向かうことになった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「へえ。ここが一式横丁か」
広場の筋からだいぶ離れた場所に来た。
そこは通りを挟んだ両側がすべて店舗で構成され、多くの客がにぎわう商店街となっていた。どの店にも人がひしめき合い、先日の広場の朝市を思わせるようすに心が躍る。
「ここって、いつもこんなに賑わってるの?」
「うん。まあ以前のアタシにとっては、良い仕事場だったんだけどね……」
「そ、そうなんだ……」
深くは聞かないでおこう。
彼女は盗賊。本能に従っただけ。まあ僕も大金取られたんだけど――って。
「あーっ! ジーナ! あのときの大金は!?」
思い出したが吉日。ジーナを問い詰める。
悪役令嬢ディアミスからもらった大金のことをすっかり忘れていた。そういえば、あのとき取られたまま、まだ返してもらっていない。ジーナが僕の仲間になった今なら、あの大金も取り戻せるんじゃないのか。そんな淡い期待を胸に、僕は彼女に詰め寄った。
「えー言わなかったっけ? いろいろと物入りだったんだって」
「物入りって……もしかして全部使っちゃったのか」
「うん。ないよ?」
「ま、まじか……」
あっけらかんと答えるジーナ。
彼女に期待した自分が間違いだったと意気消沈する僕。
「まあまあ、お兄さん。今はお金持ちなんだから別にいいじゃん」
「それとこれとは別だろ! あれは頂き物だったんだぞ。それなのにキミはそれを……それを……」
つい恨み言が出てしまう。
すでに仲間になったジーナ。今更弁償しろとは言えないので、せめてもの憂さ晴らしだ。
「ディアミスさん……だっけ? よくお兄さんにそんな大金渡したねえ。マジ聖人じゃん」
「いや、悪役なんだけどね。自分で認めてたし」
「いや~悪役って自分で認めちゃうの、ヤバくね?」
「根は良い人っぽかったけど、短い時間しか話せなかったし、どうなんだろ……」
転生して最初に出会ったディアミス。
彼女と会ったことで、僕の新たな人生は良いスタートを切れたのだ。最初は殺されるかもと思ったけど、実際にはそんなことはなく、流れで大金までもらってしまった。でもまあ、そんな夢のような一瞬が、誰かさんによって、どん底に叩き落とされてしまうのだけれど……。そんなことを思いながら、その叩き落とした張本人を睨む。
「でもそのディアミスさんには、マジ感謝だなーアタシ。でないとお兄さんたちとも、出会えてなかったかもしんないじゃん。ふふっ」
「え……」
そんなことを言いながら、微笑むジーナ。
今朝までの態度と打って変わり、新たに淑やかさも兼ね備えたような彼女の横顔。元から美少女だった容姿に加え、少し恥じらうその表情に、さきほどの台詞も相まって、相乗効果のような愛らしさを感じ、思わず見惚れてしまう。ローザのお仕置き後、いったい彼女のどのような心の変化がもたらされたのか。
「もう。お兄さん見過ぎ~」
「えっ。あ、いやごめん……」
「ふふっ」
気付くとジーナの顔が目の前に。
あわてて取り繕う僕に、今までの彼女なら、鬼の首を取ったようにからかうはずが、ただ微笑むだけに終わる。参ったな。調子が狂うじゃないか……。
「ヨースケさん。あそこが食料品店です」
「――!」
急にうしろから腕を組まれた。
驚いて振り向くと、隣にはアルテシアが少し拗ねた表情で、こちらをじっと見ている。そうだった。彼女がうしろにいたんだ。
「やっと三人に戻れたんですから、私の相手もしてくださいね」
「え? あ、も、もちろん」
絡んだ腕にギュッとチカラを込めて、アルテシアが微笑む。その笑顔に毎回癒されている僕は、さきほどジーナに感じた気持ちに、少し罪悪感を感じながら、アルテシアに言葉を返す。
「アル姉。お兄さん。もたもたしてると、先に店入っちゃうよ」
「ごめん。今行くから」
食料品店の前に立つジーナに急かされる。
あわてて隣のアルテシアと共に店へと急ぐ。もちろん腕は組んだままで。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「この干し肉はたぶん美味しかったと思います」
アルテシアの記憶を頼りに、食料選びが進む。
騎士として部隊と共に遠征に出た経験のある彼女は、いくつかの食料を手に取り、自分が食したときの記憶を思い出している。ちなみに今、彼女が美味しいといった干し肉は、ガーク鳥という鳥の魔物の肉を、香辛料に漬け込んだあと乾燥させたモノらしい。スープの出汁に使うのはもちろん、無理すればそのままかじってもイケるそうだ。もちろん固いので食べにくいし、お腹を壊すかもしれないらしいけど。
「王都までの四日間だと、途中に街があるかもしれませんし、それほど買い込む必要はないかもしれませんね」
「もし途中に街があるんだったら、それこそ買わなくてもいいじゃん。保存食なんかよりその街々で食べた方がマジで楽だし、美味しいし」
女性は買い物が好きだと改めて感じる。
僕の意見はともかく、彼女たちでわいわいと話し合いながら、それぞれ目的の商品の品定めをし、自分たちの好みに合ったものを選んでいく。世界は違えど、やはりショッピングは女性を活き活きとさせるようだ。
食料品店のなかは明るく清潔感があった。商品も見やすく、調味料などは棚に整頓されている。手に取りやすい場所にある、台に置かれた魔道具のようなカゴには、遠征には向かない生鮮食品である魚や肉、野菜などが鮮度を調整された状態で並び、アルテシアやジーナはとうぜんそれらをスルーしている。
今はいいが、報酬で家がもらえたら、いずれそういった食材を購入して自炊をすることになるだろう。そういえば彼女たちは料理とか出来るのだろうか。僕は少しくらいなら前世で経験があるけれど、この世界の料理は知らないし、その辺は彼女たちに任せた方が良いのかもしれないな。
「ヨースケさん。パンプーの実は大丈夫ですか」
アルテシアが手のひらにあまる大きさの深緑色の実を持ってきた。うーん。どう見てもカボチャにしか見えない。
「うん。たぶん大丈夫だけど、何か作るの?」
「はい。旅先での野営時に作る、スープに入れようかと」
アルテシアは料理が出来るようだ。
僕はうんうんと返事をして、彼女から受け取ったパンプーの実を数個、店主のいるカウンターへと持っていく。
「まだ、いろいろ買うので、こちらに置いといてもいいですか」
「はいはい。ごゆっくり」
気のいい中年の店主にお願いして、店のカウンターにパンプーの実を置かせてもらい、再びアルテシアたちの下へと向かう。すでに彼女たちの手にはいくつかの実や干し肉が袋ごと抱えられており、それらを受け取ってはカウンターを往復するという作業を繰り返す。
「食器類や調理道具などは、どうしましょうか」
「うーん。僕ら用のやつ買っとく? アイテムバッグに入れとけば、かさ張らないし」
「そうですね。ローザさんの馬車に、どれくらいの機材が積まれているかわかりませんし、いずれ私たちの食器や調理道具も必要となるので、この際買っときましょうか」
「アタシ、あれが欲しい。最近流行ってるガラスで出来たグラス! めっちゃ綺麗なやつ、この先の店でこの前見つけたんだよねー」
この依頼が終われば、ローザから家がもらえる。
そこでの生活も視野に入れた買い物を、僕らは始めていた。まさか転生して数日で、こんな可愛い女の子たちに囲まれながら、新居の準備をしているなんて、まるで新婚夫婦のようだ。てか、人数がちょっとおかしいな。夫と妻ふたりとか。
でも、この世界ならきっと、一夫多妻制とかあるんじゃないか? よくある話だと、貴族がたくさんの奥さんをもらって、大勢の子供を作ってるし、僕も頑張ればそんな生活も可能かもしれない。
それにはまずお金が必要だ。
なんの色気もない話だけれど、実際問題どうやったってその話はついて回って来る。こうやって今は順調にお金も溜まってきてはいるが、家を持てば次は家族。一家の大黒柱なんて古いことは言わないけれど、彼女たちと穏やかな生活をするためには、僕も一生懸命頑張るしかな――
「お兄さん、お兄さん! なにボーっとしちゃってんの? 話聞いてる?」
「――はっ! え? な、なに、どうしたの?」
ジーナに揺さぶられ、我に返る。
いろいろと妄想を膨らませていたので、すっかり現実から遠ざかっていたらしい。呆れるジーナとクスクスと笑うアルテシアの顔を見て、さきほどの妄想を現実へと変えるために、これからも頑張ろうと密かに誓う。
「もお。食材の買い出しは終わったから、次に行こうって言ってんの。だからお兄さん、早くカウンターでお金払ってきて!」
「ああ、わかったわかった。行ってくるって」
ジーナに急かされ、カウンターへと向かう。
僕がふたりの奴隷に、いいようにあしらわれていると思ったのか、笑いながら僕の支払いを待っていた店主が、ひとこと言った。
「良いですねえ。若い奴隷をたくさんお連れで。私なんかくたびれた女房と、うるさいガキに囲まれた人生ですよ。お客さんがうらやましい」
そう言って深いためいきを吐く店主。
いろいろと人生を諦めていそうな店主に愛想笑いしながら、食材の代金を清算する。そして、それらの食材をすべてアイテムバッグに入れ、これ以上絡まれないよう、そそくさと店を出る。
店を出てすぐに、ジーナが話かけてきた。
「さっきのおじさんと何話してたの?」
「ああ。綺麗な女の子ふたり引き連れてたんで、羨ましいって」
「ほんと!? なんだ~じゃあ、サービスにウインクのひとつくらいしとけば良かったね」
「バカ! そんなことして言い寄られたらどうすんだよ」
ジーナの言動に嫉妬してしまったのか、あわてて窘めてしまう。そんな僕の顔を見て彼女は少し驚いた表情になった。
「ふふっ。そーだね」
少し赤い顔のジーナが微笑んだ。
僕の言葉に気を良くしたのか、それ以上なにも言わず、また少し前を歩くジーナ。いつもなら調子に乗るはずなのに、ホントどうしたんだあいつ……。
そんなジーナを追いつつ、隣に立つアルテシアを見つめる。
「ジーナ。少し変わりましたね」
「やっぱり? 僕もちょっと思った」
「良い変化だと思いますよ」
「まあ、ずっとお調子者なのは困るけど――」
そう言いかけたとき、自分の手に温もりを感じる。
「アルテシア?」
黙って俯くアルテシア。
僕の手を握ったまま、彼女は歩く。
僕もその手を握ったまま、彼女と歩く。
アルテシアの不安は気のせいだろう。
僕の気持ちは彼女にあるんだから。
そう心のなかで断言した僕は、ぎゅっと彼女の手を握り返す。
「ヨースケさん?」
少し驚く彼女の目を見て言った。
「ほら。買い物はまだまだこれからだ。急ごう」
「あっ」
僕はアルテシアの手を引っ張って、ジーナのあとを追った。
ふたりで見つめ合いながら。
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