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第三十四話 憂鬱なるオークション



「これって……」


 僕の呟きに反応するアルテシア。

 僕の視線を辿り、その先にある奴隷リストを見る彼女。一番関係しているのは彼女だし、それなりに思う所もあるだろう。僕はあえて何も言わず、彼女からの言葉を待つ。


「はい。彼ら……ですね」


 短い言葉を返すアルテシア。

 とっさの判断とは言え、彼女が黒狼族たち四人の腕を奪ったのは事実だ。それがまるで感情の籠っていない声だったらどうしようかと思ったけれど、そうではなかった。なんだろう。表現するには難しい。というより、あの土砂降りの広場でこの件は終わったんだし、これ以上彼女を責めるなんてことはしないつもりだ。僕は彼女の返事に黙って頷く。


 それにしても、奴隷落ちしてすぐオークションて早くないか? まだ詰所で拘束されているものだと思っていた彼らは、すでにここ【闇奴隷オークション】にて出品されていた。


 気になった僕は、その仕組みを知るために、階段近くで参加費用を徴収していた、奴隷商ギルドの職員の男に尋ねることにした。最初、面倒くさがっていた彼は、僕が銀貨一枚を支払うと、とたんに丁寧に説明し始める。うーん。僕もそろそろ世間の仕組みがわかってきたかも……。


「ああ。犯罪奴隷は基本、国から無償で奴隷商ギルドの闇奴隷オークションに出品されるんだ。落札金額の半分は、奴隷になった者の親族に支払われ、残りはギルドの利益となる。市民どもからは、国が犯罪者を食わす飯代をケチってるなんて非難されてるが、俺達にはどうでもいいことだ」


 なるほどと納得する。

 犯罪者をそのまま牢屋で捕えていても、費用を負担するだけで、ホントに改心するかどうかもわからない。それなら犯罪のレベルによっては、とっとと奴隷にしてしまえば、無駄な経費をかけなくてもいい。異世界ならではというか、合理的な考えだと思った。どうりで黒狼族の四人組がこうも早くオークションに出されたわけだ。どんな犯罪者でも奴隷落ちが決まれば、即座にここに送られて来るのだろう。


「あの……落札されなかった犯罪奴隷ってそのあとどうなるんですか?」


 僕のなかではすでに答えは出ていたのだけれど、確認のために彼に質問する。


「ああ? 奴隷ディーラーなら、そんなこと聞かなくてもわかるだろ。ゴミ箱部屋行きに決まってる」

「それって、売れないから?」


「ああそうだ。奴隷ディーラーにはゴミでしかないからな。出品して落札されないことが続くと、奴隷ディーラーとしての目利きも疑われるし、疫病神な奴隷はすぐにでも手放したいと思うのが心情だろう。まあゴミ漁りに連れて行かれたあとの生死のほどは知らんが、たぶん生きてはいまい。噂では魔法の実験台だとかにされるなんて聞くがな」

「……」


 売れなければ捨てる。

 この世界の奴隷ディーラーとしては常識なんだろうけれど、まったく受け付けられない。奴隷だって人間なんだ。ゴミのように扱って良いはずが無い。


 男の言葉に嫌悪感を抱きながらも礼を述べ、再び掲示板に戻る。


「ヨースケさん……」

「お兄さん、やっぱ気になるか」


 うしろから彼女たちの声が聞こえる。

 バツで消されていない彼らの名前を指でなぞる。奴隷落ちしてすぐに闇奴隷オークションにかけられ、あげく落札されなかった黒狼族たち。その四人が最期に行き着く場所とは、アルテシアも送られるところだった奴隷たちの墓場。奴隷処理施設、通称ゴミ箱部屋。そこに送られた彼らの運命に、同情とも哀れみにも似た気持ちが湧いてくる。


 腕を失くした彼らに奴隷としての価値がなかったのだろうか、それとも何かと問題のある黒狼族という種族的な問題のせいで購入を敬遠されたのか、もしくはそのどちらもが原因だったのか。とにかく僕の知らない朝のオークションだったため、詳細はわからない。


「彼ら、どうなるんだろう……」


 ポツりと声が漏れる。

 いや、もう忘れよう。これ以上気にしても、アルテシアも気まずいだろうし、僕もずっとウジウジした気持ちになりそうだ。彼らはレイウォルド氏と店を襲った。自業自得で、たまたま居合わせたアルテシアが助けに入ったことで争いになり、僕が居たから、僕を守るため、僕のせいで彼らの腕が――って、全然忘れられないじゃん……。


≪お待たせしました! 夕方の部、まもなくスタートです!≫


 魔道具なのだろうか。

 突然、声を拡大する機器のような物でアナウンスが入った。それは会場中に響き渡り、席を離れて談話していた者たちも、ぞろぞろと戻っていくかに見えた。


「あれ?」


 席に戻るかと思っていた大勢の参加者たち。

 二百名以上は居たはずの彼らの大半は、そのまま席に戻ることなく、会場を出て行ったのだ。これから夕方の部が始まると言うのに、残ったのは五十名足らず。そのほとんどが個人で、あとの数組は団体というか奴隷を伴っている。


 心配そうな顔のふたりに合図をし、僕らも適当な席へと向かうことにした。会場の席は、段々となっている講義室のような席だったので、集団を避け一番奥になる最上段の席に行き、そこに僕を真ん中として左右に彼女たちが座る。ほとんどの参加者は前の方に座っていて、それ以外にはあとからやって来た、他の場所からわざわざ僕らの二段ほど斜め下に席を移動したと見られる、男性ひとりに女性数名という組だけだった。


≪午前と昼の部は、おかげさまで白金貨八百枚の落札奴隷が出ました。午後の目玉商品もありますので、奴隷が大好きなお金持ちの皆さまは、ぜひとも懐をゆるめて下さいませ!≫


 闇奴隷オークションらしく、軽いジョークを織り交ぜるアナウンス係。女性の声なので、周りの参加者もにこやかに笑ったりしている。それだけお金に余裕のある者ばかりなのだろう、誰もこの無礼な文言に怒る者はいなかった。


 しばらくして、会場の舞台に男女数名の奴隷が連れられて来る。やはり皆一様に暗い顔だ。それもそのはず、奴隷のなかには自分が売られることに希望を抱いている者などいるはずもなく、すべてが絶望に満ちた表情だった。見ているだけで気の毒になりそうなほど、酷い空気に包まれている彼らは、これから見ず知らずの人間たちに買われていくのだ。その目的は性別によって違うのだろうけれど、どの奴隷にも良い未来はないのかもしれない。


「なんか見てるのも複雑な気分だよ」

「はい。私も」


「まあ、いい光景じゃないよねー」


 僕の呟きに両隣から反応が返る。

 舞台に立つ彼らに対して立場の差はあれど、一応彼女たちも奴隷なのだ。こんな景色を見て、思うところがないわけでもないはず。その主である奴隷ディーラーの僕は、ここに彼女たちを連れてきたことを今更ながらに後悔する。ひとりで来れば良かったと。


 ローザに依頼を受けた以上、こればかりは、やっぱ無理ですとは言えない。僕は仕事で来たのだと、もう一度自分に言い聞かせ、舞台に立つ彼らを見る。


 横一列に並んだ奴隷たちは、種族も年齢も性別もさまざまだ。奴隷は全部で7人。こちらから見て一番右側にはドワーフがひとり、鍛冶士っぽい雰囲気だけど、なんで奴隷になったんだろうか。そんな考えが浮かぶが、ここで彼らひとりひとりが奴隷になった背景を、いちいちここで考察していてはキリがないので、そこは考えるのを止め、次の人物に目をやる。


 ふたり目は人族……いやエルフだ。耳が長い綺麗なエルフの女性が、黒い首輪をつけられ、少し不貞腐れた顔で立っている。宿屋のパフィーに聞いたとおり僕の契約した奴隷だけが赤で、他の奴隷はみんな黒だった。いやいや、また余計なことを考えてしまった。


 次の三人目は、人族の男性だ。筋肉質の大柄な体は、何か戦闘職でもやっているのだろうか、所々に傷があり、歴戦の戦士といった風だ。奴隷たちはみな、頭からかぶる粗末な衣装を着ているが、彼だけは小手と膝あてをつけたままだったので、それは取り上げられなかったのかもしれない。


 四人目と五人目は知り合い同士なのだろうか、お互いに手を取り合って、会場から自分たちに注目する視線に怯えているようだ。きっとギラついたいやらしい視線だろうな。ふたりは綺麗な人獣の女性だ。頭にうさぎのような耳がついているから、うさぎの人獣かもしれない。そんな彼女たちを下衆な奴らがニヤニヤしながら見ている。もう見てるだけでうんざりするから次に行こう。


 六人目は長身の獣人だ。

 性別は見たところわからないけれど、顔は虎っぽい。鍛え抜かれた肉体は見るからに強そうで、特に胸板がすごい。あんな強そうな人が、なぜ奴隷に落とされたのか理解に苦しむが、それを問わないって今さっき決めたばかりなのでやめる。それと浅黒い毛並みが黒狼族にも少し似てるし、思い出すから次に行く。


 最期の七人目は人族の少女だった。

 俯いた顔は悲しげで、奴隷になったことを悔やんでいるのだろう。誰とも目を合わさずにじっと下を見つめたままだ。彼女も見ているだけで、何とかしてあげたい気分になるので、そっと視界から外す。


 このなかで、条件に見合う人材はふたりだけ。

 ひとりは人族の男性。右から三番目にいた戦士風の人。戦える人材が欲しいとローザは希望していたので、まず間違いなく彼が立候補だ。


 続いては六番目の獣人。

 彼? 彼女? なのかは、わからないけれど、とにかくあの鍛え抜かれた体格を見れば、武器を持つだけでもなんとかなりそうだ。他の五人には申し訳ないけれど、オークションには参加しないと思う。ここで全員助けたいとは思うけど、まだまだ資金的に難しいだろうし、先の候補者だって白金貨数百枚なんて金額まで競り上げられたら、そこで終わりだ。


 二点集中して、とりあえず確保出来たら、またお金を貯めてあとふたりを探すしかない。そんな予定を立てていることを、小声で両隣にいる彼女たちに告げると、どちらも静かに頷いてくれた。


 予算は報酬としてもらった、金貨十五枚。

 これ以上は、三人での生活に支障も出るのでダメだ。アルテシアもジーナも一応商品として奴隷商ギルドのカードにカウントされてるのだけれど、僕は売る気もないし、彼女たちだってそれを望んでいない。しかし、今から購入しようとしている奴隷たちは、僕が初めて自分の信念というか、出来れば奴隷を売り買いしたくないという、気持ちを曲げてまで決意した依頼のためだ。冷たいと言われるかもしれないけれど、ビジネスに徹するしか気持ちを割り切れない。願わくばローザのところで幸せになってくれれば良いと思うばかりだ。


 ≪さあ。奴隷たちの品定めは終わりましたでしょうか? これから順番に奴隷たちのオークションを始めますので、皆さま白金貨を握りしめて、もうしばらくお待ちくださいませ!≫


 またも女性アナウンスが会場に響く。

 ざっと会場を見渡すと、僕ら以外に参加しているのは全部で十八組。そのほとんどが裕福な貴族や商人と思われる人たちばかりで、僕のような奴隷ディーラーは、他に二組いた。さきほど、お互いの奴隷を引き連れて会話をしていた奴らだった。残りのディーラーたちは、それぞれ貴族の御用聞きに徹しているらしい。


「これって、夕方の部は七人だけってわけ? しょぼくね?」


 ジーナが頬杖をつきながらボヤく。

 確かに月イチで開催される闇奴隷オークションの最終オークションとしては数が少ない。しかし、ちょうどジーナの言葉を耳にしたのか、さきほど僕ら以外に後ろに席にいたと思っていた、斜め二段下の席に座っている裕福そうな若い男性が、こちらを見上げて声をかけてきた。


「いきなり声をかけてすまない。今の言葉を説明させてくれないかい。可愛いお嬢さん」


 僕と同じ白銀髪の髪に、少し浅黒い肌のイケメンな男性。周りには数名の女性たちをはべらせ、まさにハーレムの見本といった風な彼は、貴族なのか商人なのかはわからないが、相当に羽振りの良さそうな雰囲気を持っている。お嬢さんと言われたジーナも、顔を両手で覆いながら少し赤い顔だ。なんども頷きながら彼の言葉を受け入れた。


「ここの闇奴隷オークションはメインは朝と昼の部でね。夕方は言わば出がらしのようなものなんだよ」

「出がらし……ですか」


 思わず聞き返すと、彼はニコりと笑みを浮かべる。


「うむ。本来ならもう誰も夕方の部なんて参加しないんだけど、今残っているメンバーは、朝と昼に奴隷を競り落とした連中が、暇を持て余しながら、余興見たさで残っているだけなんだ。当然奴隷商もそれを承知してやっている」

「余興……と言いますと、今いる方々はこのオークションには参加しないんですか?」


「ああそうだ。ただ見ているだけさ」


 男性は白い歯を見せ、ワインを片手に答える。

 なんの余興かはわからないが、ここにいるメンバーが参加しないとなると、あの奴隷たちは誰も落札しないということになる。ということは、彼らはゴミ箱部屋行きが決定してしまう。ここにいる奴らは、あの奴隷たちがゴミ箱部屋行きになるのを知っている。そしてなおも、彼らが悲惨な最後の悲鳴をあげるのを聞きたいがためにわざわざ居残り、皆で待ち望んでいるのだ。


 今わかった。余興とはそれだ。

 となれば、ここにいる全員はクズ以外に何者でもない。


 そのことに気付いた僕は、思わず彼を睨んでしまう。

 僕の怒りを察したのか、彼が眉をあげて首を横に何度も振るった。


「おいおい。そう睨まないでおくれよ。僕は彼らとは違うよ。ここに居るのは、たまたま朝と昼の高額奴隷を落札したんで、以前ここで僕がお迎えした彼女たちと、その成果を祝っていてね、気付けば夕方の部が始まっていたんだ。彼らみたいな下衆なことには興味がないから、こうやって後ろに移動してきたわけさ」


 そう言って、手に持ったグラスを傾ける男性。

 どこまでが本当なのかはわからないが、ウソを言っているようには見えない。周りの女性たちも彼の言葉を聞き、クスクスと笑っている。お迎えしたと言っていたが、彼女たちがその奴隷だったのだろうか。


「気を悪くさせたのなら謝るよ。お詫びにキミが目的としている奴隷以外を、僕がすべて引き取ったって構わない」

「えっ?」


 憂鬱な気分でしかなかったこのオーディション。

 突然、話しかけられた彼の登場によって、僕はこのさきに何かが起こる予感がした。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。



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