第三十三話 ハイエルフの軌跡
「もうマジ無理」
椅子にもたれたままジーナが呟く。
元王宮料理人ロイドが、どうしてもと言うので、僕たちはそのまま彼の進めるままに、再び席に戻り、彼の真の実力で作った王宮風フルコース料理を頂くことになった。次から次へと出される料理に舌鼓を打つが、これ、いつになったら終わるのだろうか。あきらかにコースを2巡していると思われる量に、僕やジーナはすでに満腹状態だ。チラりとアルテシアを見ると、2巡目のデザートをおかわりするという余裕を見せている。
厨房で鼻歌を歌いながら料理に勤しむロイド。そして彼が作ったコース料理をどんどん僕たちのテーブルへと運ぶデネブ。彼女たちの好意に水を差したくはないのだけれど、もう限界だ。
「デネブさん。もうそろそろお腹が限界なんですけど……」
「まあそう遠慮するなって。大将があんなに嬉しそうな顔で料理作ってんだ。もうちょっと付き合えよ」
「は、はあ……」
これ以上は料理の無駄になりそうなので、アルテシアだけが頼んだはずのデザートが、なぜか僕らの分まで運ばれてきたときに、それとなくデネブに伝えるが、そう言われると強く言えない。これはアルテシアのように大食いしろという流れか……。
「ヨースケさん。もうよろしいんですか? じゃあこれ、私が頂きますね」
ここで思わぬ助けが入った。
意外なところで大食いキャラが判明したアルテシアが、僕の前に置かれたデザートをひょいと持ち上げる。思わず顔が引きつる僕を横目に、うっとりとした表情でロイド特性ケーキを眺めている彼女。
普段あまり食事の催促をしないので、てっきり少食なのかと思いきや、底なしの胃袋の持ち主だったアルテシアは、僕のケーキを平らげると、すぐにジーナにも声をかけ、彼女のデザートを受け取っている。
「甘い物は別腹ですし、せっかくロイドさんがどうぞっておっしゃっているのに、残すのはもったいないです」
そう言って最後は僕とジーナのコースまで、すべて食べてしまったアルテシア。す、凄すぎる……。そして、三巡目のコース終了と共に、厨房から少し気まずそうな表情の、ロイドとデネブがこちらにやって来た。
「す、すみません。嬉しさのあまり、つい大量に作り過ぎてしまいまして……」
「ごめんな。無理に付き合わせちまって。みんな、腹の具合は大丈夫か?」
「とてもすばらしかったです」
「もう当分無理。お腹死んだ」
アルテシアとジーナがそれぞれ感想を述べる。
僕やジーナはリタイアしたけれど、あれだけの量を食べきったアルテシアは、涼しい顔で彼らに賛辞を送っていた。彼女の言葉を聞き、心配そうだったふたりも満足そうな笑みを浮かべている。
自分の指を感慨深く見つめながら、ゆっくりと動かしているロイド。彼が元に戻ったことで、これからこの店にもお客が戻って来るに違いない。
ちなみにロイドの首輪はすぐに解放したので消えている。彼はそのままでいいと言ったけれど、元に戻すために一時的になってもらったつもりだったので、それは断った。
「あの、私。ロイドさんたちに、お伺いしたいことが……」
唐突にアルテシアがふたりに質問をする。
小首をかしげるロイドとデネブ。初対面であるはずのふたりとアルテシアに何かあるのだろうか、僕とジーナは何気に顔を見合わせる。
「実は、あなた方を救ったという、貴族のことについて教えていただきたいのですが」
アルテシアの口から貴族の話が出たことに少し驚く。そう言えばロイドたちは、とある貴族に助けられたと言っていた。そしてこの店の経営にも携わっているとも。そんな温情のある貴族の名前を彼女は知りたかったのだろうか。いや、それだけではないはずだ。もしかすると、彼女の過去に関係することなのかもしれない。
「ああ、いいですとも」
ロイドが、アルテシアの申し入れを快く承諾する。
「僕が謀反の罪で奴隷落ちしそうなところを助けていただいた貴族は、僕の生まれた国、デラードセネカで名誉男爵として迎えられている、ダッヂ男爵です」
「名誉男爵?」
知らない名称だったため、とっさに聞き返してしまった。そんな僕にニコりと微笑みながら、ロイドが話を続ける。
「デラードセネカは、他国と違い、肥沃な土地でもなく、裕福な国でもないので、国外の要人が自国に貢献してくれた場合、その見返りとして、一代限りの爵位を与えているんです。ダッヂ男爵も本来は他国の貴族らしいので、我が国――と言ってもすでに過去のことですが、とにかく彼は僕の元祖国で、名誉男爵の爵位をお持ちになられています」
「なるほど。名誉男爵ってそういう……」
僕がロイドの説明にうなずいていると、隣でアルテシアが一言「やっぱり……」と呟く。ふと彼女の方を見ると、下を俯いたまま考えごとをしている。
「アルテシア。知り合いなのか?」
彼女のようすが気になった僕は、アルテシアにダッヂ男爵との関係を問いかける。すると、少し目をつむって黙ったあと、再びその瞳を僕に開いて見せた彼女がこう答えた。
「はい。実は、私も彼に助けられたので……」
「えっ!」
ダッヂ男爵はただの知り合いではなかった。
それどころか、アルテシアを救った張本人だった。とたんにその貴族について興味が湧き始める。僕と彼女が出会うきっかけとなった人物。ダッヂ男爵。彼は帝国で奴隷落ちになったアルテシアだけではなく、ロイドまでも救ったのだ。これはただの偶然か。それとも……。
「帝国で処刑になる寸前、ダッヂ侯爵によって私は救われました。ロイドさんの国では男爵らしいですけど、こちらでは侯爵でした。だからといって別人とは思えません。彼はさまざまな国で活躍している貴族……。それも悠久の時間を生きる不滅の種族、ハイエルフなのです」
「ハイ……エルフ……」
知識としては知っているハイエルフ。
たしかエルフよりもさらに上位の種族だったはず。
異世界ではとくに珍しいものでもないけれど、エルフと比べあまり人族とは関わらないイメージがあるその種族が、それぞれの国で爵位を持ち、そして彼女たちを救った。良い意味で期待を裏切られたような気分だけれど、その殊勝な行為のおかげで、奇跡的に僕たちはこうして出会えたのだ。彼には感謝しかない。
「アルテシアさんも僕と同じ境遇だったんですか。それは何か運命を感じますね」
「ロイドさん。ダッヂ侯爵は今どちらにいらっしゃるかご存じですか? 私は彼にお礼と尋ねたいことがあるんです」
「……申し訳ありません。実は僕、ダッヂ男爵とは一度もお会いしたことがありません」
「えっ?」
アルテシアの要望に、苦い顔をするロイド。この店に出資までしているダッヂ侯爵とは面識がないとはどういう意味だろう。その答えは、彼の次の言葉で解明される。
「僕が救われたとき、実際にはダッヂ男爵ではなく、彼の側近の男性が直接対応して下さったんです。この店の件もすべてその方によるもので、僕はダッヂ男爵のお顔も拝見したことがありません」
「そ……うですか……」
「アルテシア……」
落胆するアルテシア。
処刑寸前で命を救われた相手の足取りが、あと一歩といったところで再び暗礁に乗り上げてしまったのだ。その落ち込みように、思わず彼女の肩に手を置き、声をかける。
僕の手にそっと自分の手を重ねて、元気のない笑みを浮かべるアルテシア。まだ落ち込んでいるようだが、なんとか体裁を繕っているといったところだ。
「ダッヂ侯爵は、世界中に拠点があると聞きます。それゆえ彼の居場所はなかなかつかめません。ここの経営に関係してるとお聞きしたので、もしかしたらと思ったのですが、残念です」
「そうですか。僕はここに店を構えてからまだ一年くらいです。その側近の方も一度来られただけで、その後はなんの音沙汰もない状況です。定期的に資金は送られてくるのですが、それもまた別の小間使いの方でして……」
ロイドの補足により、ダッヂ侯爵の行方はより一層不明瞭なものとなる。アルテシアの力になれなかったことを悔やむロイドの表情も沈み、僕やジーナは、このどうしようもない状況に対し、何も気の利いた意見さえ出せない。しかし、完全に詰んだかに見えたこの問題は、傍で聞いていたデネブによって一変する。
「なあ、ちょっと思ったんだが、ダッヂ男爵のところから来る小間使いに、こっちから言伝を頼めばば、それで済むんじゃないのか?」
「「「あ!」」」
全員が盲点を衝かれたような声をあげた。
皆それぞれが、ダッヂ侯爵の居場所を直接探し出すことばかり考えていたらしい。誰かを介して彼自らこちらに連絡を送ってもらうという簡単なことを、この場にいる全員。いや、デネブだけを覗いて、ものの見事に見落としていたのだ。そのせいか、僕を含めた鈍感組が少し顔を赤らめている。うん。ちょっと恥ずかしいよなこれ。
「そ、それなら月いちでこちらに来る、小間使いの方にお願い出来ますよ」
「ぜ、ぜひお願いします!」
少しぎこちない会話を交わすアルテシアとロイド。そんなふたりを不思議そうな顔で見ているデネブ。あまり見ないでやってほしい……。
「お兄さん。そろそろ夕方だけど、オークション行かないの?」
「えっ!? もうそんな時間経ったの? てか、なんでジーナわかるの?」
闇奴隷オークションの時刻を告げるジーナ。
昼前に店に入ったのに、すでにそんなに時間が経っていたのか。ジーナのよれば、盗賊は時間の経過を肌で感じ取れるらしいので、こんな地下にいたとしても、間違えずに時刻通りの行動が出来るとのこと。ダンジョン探索に盗賊が欠かせないのは、なにも宝箱の罠解除や罠発見だけではないらしい。そんなジョブ独特の能力を彼女に教えてもらっていると、いつの間にかアルテシアとロイドも会話を終えていたらしく、僕は次の目的もあるので、ここをおいとますることを彼らに告げる。
「またいつでもいらして下さい。その時も大歓迎しますから!」
「ヨースケなら毎日タダでも良いよな? 大将!」
「なっ! デネブさん何を……。つ、次はちゃんと払いますから!」
「すみません。あんなにいただいた上に、ごちそうになるなんて」
「ロイドさん、ゴチぃ~」
「はい。ジーナさんもまた来てくださいね!」
ふたりに入り口で見送られる。
代金を支払おうとすると、ロイドから、こんな世話になったのに、代金を受け取るなんて、とんでもないと断固として会計を拒否されてしまい、仕方なくごちそうになる。次回はちゃんと客として来よう。
僕の手を固く握りしめるロイドと、店の従業員としては不適切な発言をするデネブ。そんなふたりと再会の約束をし、僕らは次の目的地、地下三階にあるという【闇奴隷オークション会場】へと向かった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「うっわ! めっさいるじゃん……」
ジーナが若干引いた。
地下三階に下りた僕らが最初に見たものは、異様な数の人びとだった。地下一階の食堂とはあきらかに違う広さに設けられたオークション会場。見るからに怪しそうな奴らは、たぶん僕と同業者に違いない。何人かは同じようにうしろに奴隷を連れており、他の奴隷ディーラーと情報交換でもしているようすだ。
それ以外の人々はどことなく上品で、おそらく貴族や裕福な市民だろう。同じような格好の人々で一か所に集まり、高そうな扇子で顔を覆いながら談話している。そしてその隣には見るからに気を遣っていそうな雰囲気の奴隷ディーラーが数名ついており、各々給仕のようなことをやっていた。
あの奴隷ディーラーたちにとって、彼らが例の常客という存在なのかもしれない。奴隷ディーラーならああいう人を、自分のお客にしなきゃいけないと、奴隷商ギルドでセシリーが言っていたような気がする。
階段を下りてすぐに金貨一枚を徴収される。
これは参加費用であり、購入目的の場合のみ支払う料金だ。良い方は悪いけれど、出品者は免除されるらしい。そして、オークションで奴隷を落札した場合には、そこから金貨一枚ぶん引かれた費用を支払えばいいシステムになっている。落札しない場合はそのまま参加費用として、ただ支払うだけだ。
壁に掲示板のようなものを見つける。
そこには、今日の奴隷リストが書いてあり、何気に眺めてみた。
「朝と昼の部はけっこう盛り上がったようですね。落札価格がすさまじいことになってます」
先に掲示板を見ていたアルテシアが、振り返りざまにそう話してくれた。掲示板に載っている奴隷リストには、落札済みの奴隷だけバツで消されてあり、そのうしろに落札価格が書かれている。そのなかには極上エルフ幼女やら、元帝国魔法使いといった売り文句の書かれた奴隷もいて、価格もすごいことになっていた。金額は白金貨数百枚がごろごろと……いや上限ないって聞いていたけど、やっぱすごいな。
到底手の出せない金額に驚きながらも、ふと誰にも落札されなかった奴隷に目がつく。
「あ……」
その売り文句を見て、僕は固まった。
奴隷たちは四名の手負いの獣人。
種族は――
黒狼族だった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




