第三十二話 罪の果てに
「あ、あなたは……」
思わず声を漏らす。
苦い顔をするジーナのうしろには包帯の男。
おそらくその不自由な両手で料理と格闘していたのであろう、彼の両指はすべて切り取られ、口元に巻き付いた包帯は、仕事に必要とされる味見さえも、制限されているに違いない。僕が彼の立場でなにか物を作れと言われても、たちどころに断念してしまうだろう。そう考えれば、さきほど耳に痛かった騒音も納得せざる負えない。
うつろな目で黙って立ちつくす男。
元王宮料理人としての意地で、彼はこれまでの難題に立ち向かっていたのか。客足の途絶えたこの店はその結果だったのだ。
「あぁ。お客さん困るなあ。大将の料理の邪魔しちゃ……」
見つかってしまったとでも言うような感じで、頭を掻きながら女給は言った。そして厨房の入り口に立てかけてあった剣を瞬時に鞘から抜くと、僕に目がけてその切っ先を向けようとした。
即座に金属の重なる音がして、女給の剣は跳ね飛ばされてしまう。一早くその行動に反応したアルテシアのおかげだ。
「女給にしては物騒なおもてなしですが、あなたいったい何者ですか」
「ヒュー。お姉さんやるねぇ。まさか、あたいの剣を弾き飛ばすなんてさ」
ジロりと女給を睨むアルテシアが呟く。
衝撃でしびれた手を押さえながら、女給は口笛を吹く。とくに悪びれたようすもない彼女。まったく殺気をみせないところをみると、さっきのはただの脅しだったのかもしれない。
「この店はいったいなんなんですか? それにあなたのケガも」
この状況の説明を求めるべく、僕は包帯の男に尋ねてみた。しかし、彼はその口元に巻き付いた包帯が邪魔なのか、いっさいそれに応えることはなく、ただ黙って俯いているだけだった。
「あー悪いが大将は舌を切られちまって、しゃべれないんだよ」
「「「舌を!?」」」
黙っている彼の代わりに、女給が答える。
僕らは一斉に彼に注目するが、それでも彼に変化はない。以前同じ状況だったアルテシアは、彼に同情の目を向けている。ジーナは自分の口元を押さえて痛そうな顔。うん。僕もそうだ。
「……理由を話してもらえますか?」
意を決したアルテシアが女給へと問いかける。
きっと同じような境遇の彼に感じるものがあったのだろう。じっと熱い眼差しを彼女に向ける。
そんな彼女に根負けしたのか、チラりと女給が料理人の方を見ると、黙って頷く彼。はあ、とため息をつき、しぶしぶといった感じで、女給は語り始める。
「まあ、ここのことは奴隷商ギルドで知ってるだろうけど、あたいたちはある国から冤罪を受けて流れて来たんだよ」
「冤罪? 謀反じゃな――あっ!」
思わず失言を口走ったせいか、口を押さえるアルテシア。そんな彼女にわかっているといった風に笑いかける女給。きっと今までも同じ経験を重ねて来たのだろうか。怒ることもせず、彼女は話を続ける。
「あたいの名はデネブ。王宮を追われた大罪人、ロイド・ウォーレン。そこにいる大将を守る元騎士だ」
「元騎士……」
デネブと名乗った女給は、やはりただの女給ではなかったようだ。その鍛えられた身体は戦うことを目的としたものだった。どうりで女給姿が似合わないうえに、接客が適当だったわけだ。納得した僕は、その続きを話そうとするデネブに耳を傾ける。
「ロイドは某国の王宮料理人だったんだけど、王の命を狙う奴らに利用されてね。毒を盛った料理を王に食べさせたっていう謀反の罪を着せられちまったのさ」
「そんな……誰も無罪を主張する人はいなかったんですか?」
アルテシアが過剰に反応する。
彼女の過去はあえて聞いてはいないが、もしかすると似たような境遇だったのかもしれない。料理人のロイドや元騎士のデネブに大声で反論しているが、デネブは首を横に振る。
「当時はあたいがその厨房の警備をしていてね。大将たちが王の晩餐会の給仕やらに忙しいとき、厨房から怪しい奴が出てくるのを発見したんで、そいつを追っかけていたんだよ。結局逃げられてしまったんだけど、仕方なく戻ってくれば王が倒れたって聞いて……あーやられたんだって気付いたときには、すでに遅かったのさ」
過去を振り返るデネブには、悔しさの表情が少し見られた。自分の不注意で起こった事件だと責任を感じているのだろうか、さきほど痺れていた利き腕の手をぎゅっと握りしめたままだ。
「幸い王の命は無事で、あたいの証言も参考にはされたんだけど、厨房を任されていたロイドの【謀反の疑いあり】って疑惑だけは最後まで消えなかった。処刑はされなかったのが唯一の救いだったけど、王を危険にさらした罰として、料理人としての命である指と、繊細な味を左右する舌を失っちまったってわけさ」
「そんなの酷くね? この人全然カンケ―ないじゃん!」
デネブの話に憤るジーナ。
興奮して思わず厨房の入り口の柱をなぐってしまい、とても痛そうにしている。そんな彼女を優し気な目で見つめるデネブが、ジーナの横入りで中断した話を再開する。
「そのまま奴隷落ちになりそうなところを、ある貴族に救われてね。あたいは大将に申し訳ない気持ちがあったんで、一緒にこの国までついて来たんだけど、王を狙っていた奴らは、今度は命を免れた大将や証言したあたいを狙い始めたんだ。今もたまに店に刺客がやってきたりするもんで、だんだんと客も寄り付かなるしで、そろそろ店を畳もうかなんて話も出たりしてね。そんなときのお客があんたたちだったってわけ」
「えーじゃあ、さっきアタシが厨房に飛び込んだとき、びっくりさせちゃった? ほんとマジごめん」
「ああ。最初はびっくりしちまったけど、お嬢ちゃんが厨房で殺す気かーとか、飯がマズいって怒鳴り始めたもんで、これは違うなってすぐわかったよ。でもお兄さんたちまでやって来たんで、あたいも思わず焦って剣まで振っちまったのは反省してる。でもこっちこそごめんな。あたい味音痴でさ、大将の代わりに味見役を見任されてんだけど、やっぱマズかった?」
「え……お、お姉さんの舌……マジでヤバくね?」
僕やアルテシアは、とてもじゃないが食べられなかったあの料理らしきものは、デネブの味覚で通されたものらしい……。実際に食したジーナが本気で引いているのをみるに、そのマズさは相当だったんだろう。食べなくて正解だったな。客足が減ったのも、たぶん刺客のせいではない気がする。
「でも、なぜそんな状態なのに、料理人を続けてるんですか? ずいぶんと苦労されているようですが」
アルテシアが確信を突いた質問をする。
実際前菜を作るだけれもあれだけ騒音を出し、結果あの料理だ。以前はちゃんとした物が作れたはずであろうロイドの料理の腕は、プロとしてのプライドを失くすほどの品しか出せないくらいに落ちている。今回、ジーナが怒鳴り込んだことで、彼もそれに気付いているのか、大人しく出て来たところをみると、ちゃんとその自覚はあるようだ。
「何度も言ったさ。このまま続けても意味がないって。助けてくれた貴族の援助で店の経営は全然大丈夫なんだけど、大将のプライドが持たないってあたいは言ったんだけどね。筆談でしかわかんないけど、大将にはこれしかないんだってさ。料理をやめるくらいなら、死んだほうがマシって言うくらいに本気らしい。だからあたいはもう何も言わずに彼についていくことにしたんだ」
「デネブさん……」
「お姉さんたち、マジかわいそう……」
少し涙目のデネブ。
ロイドや彼女の苦労は、僕たちでは計り知れないものなんだろう。そっと彼女に寄り添う包帯だらけの彼の目にも少し涙が浮かんでいる。もうこれはアレしかないだろうと僕が思っているのに気付いたのか、アルテシアやジーナがじっと期待する目で僕を見つめている。
「あの……デネブさん、ロイドさん」
「「?」」
僕はおそるおそる彼女たちに話しかける。
出来ればこれ以上、僕のスキルの秘密を広めたくはない。しかし、目の前で苦労している人たちを救うのに、そんな自分の都合を優先するほど、僕は冷酷でもないようだ。アルテシアやジーナは僕の決心を見て安堵したのか、温かい眼差しで僕を見守ってくれている。うん。彼を。ロイドを【リセット】で元に戻してあげよう。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「これは……」
店内を覆う眩い光がゆっくりと消え去り、ロイドの【リセット】が終了した。その光景を目の当たりにしたデネブが感嘆の息を漏らす。
彼の指、そして舌。
全てが元通りとなった今、彼らに降りかかった悪運も消え去ったはず。
「ロ……ロイドッ!!」
大粒の涙を流しながら、彼を抱きしめるデネブ。
その涙にはこれまでの苦労がすべて含まれているのだろうか、止めどなく流れる彼女の涙に、アルテシアやジーナももらい泣きしている。もちろん僕だって。
「……し、信じられない。こ、これは奇跡だ……」
じっと自分の指を見つめながら、ロイドが呟く。
この世界には欠損した体を復元する魔法はすでになく、一度失った物は戻って来ない。彼もそのことを承知しながらも、自分の意地で料理を作り続けていたはず。それが今、元通りになったことでいろいろと戸惑うこともあるだろう。奇跡と称した彼の言葉がそれを物語っていた。
「ロイドォ! ロイドォォ!! ごめん。ごめんよぉ。あたいのせいで……」
ロイドの無実を証言しきれなかった、デネブの自責の念が堰を切ったように言葉としてあふれ出す。涙と鼻水を流しながらも、依然として彼に抱きついたままの彼女。きっとロイドにはデネブが思うような恨みなどないに違いない。その証拠に、彼が優しい眼差しでデネブを見つめながらそっとささやいた。
「何を言うんだデネブさん。貴女のおかげで僕はこれまでやってこれたんだ。貴女がそれを悔やむことはない。僕は貴女にはずっと感謝しかなかった。そして、どれだけ……どれだけそれを言葉にしたかったことか……」
デネブを抱きしめて涙を流すロイド。
彼の言葉には彼女を責めるという意思はまるで見受けられなかった。それどころか彼女を信頼し、ずっとふたりでこれまで生きて来たことを、彼女に感謝する気持ちしかなかったようだ。その言葉に救われたのか、デネブは涙を流しながらも満面の笑みを浮かべている。
「うわああん。アタシこういうの弱いんだってばあ! 全部お兄さんのせいだかんね! もお!」
隣で僕の肩をバシバシ叩きながら号泣するジーナ。いや、気持ちはわかるけど、痛いって。うしろでは僕の服の端を掴んだまま涙ぐむアルテシアもいた。全員が涙ぐむ微笑ましい光景に、しばし時間が過ぎていく。
「お兄さん名前なんて言うんだい?」
ようやく泣き止んだデネブが僕に向かって尋ねて来た。隣には同じように少し目の赤いロイドもいる。
「あ、僕ですか。えっとヨースケって言いま――」
そう名乗り切る前に、デネブに抱きしめられた。
アルテシアとは違い、鍛えられた固い胸の筋肉が当たる。ってか、けっこう痛い。ミシミシと悲鳴をあげる僕の身体。身動きが取れないほどキツく抱きしめられているのは、デネブの感謝の証なのだろうか、黙ってされるがままの僕の耳元で彼女がささやいた。
「ありがとう、ヨースケ。あたいたちを救ってくれて」
その言葉を聞き、僕も黙って頷く。
しばらく抱きしめられたあと、そっと離れるデネブと入れ替わるように、今度はロイドが僕の手を取った。
「ヨースケさん。貴方は奇跡の人だ。この感謝はどんな言葉でも言い表せないくらいです! 本当にありがとうございます!」
「いや、僕はおふたりの姿をみて、思わずスキルを使っちゃっただけで、そんな……」
ぎゅっと握られた手に照れる僕。
ロイドの顔を覆っていた包帯はすでに取り除かれ、爽やかな美青年といった風の彼の笑顔が眩しい。なかなか離してくれないその固い握手に少し戸惑っていると、
「どうだい? あたいの大将、なかなかイケメンだろ? お兄さんも結構な男前だけど、それに負けちゃいないんだからねえ」
ロイドの肩をガシッと抱き、デネブがそんな戯言を言い出す。よせばいいのに、それに過剰反応した僕の仲間たち。アルテシアとジーナがそれに応戦し始める。即座に僕の両腕は彼女たちに占領されたうえ、ぐいっと胸を押し付けられてちょっと焦ってしまう。
「なーに言ってんだか! お兄さんの方が断然イケメンじゃん! そりゃあ、ロイドさんも? イケメンてか、まあまあってとこだけど、マジでこっちのが上だし!」
「そうです! ヨースケさんの方が、ずーっと、ずーっと上なんですぅ!」
悪ノリするジーナだけでなく、アルテシアまでもが精一杯反論してるところがなんか可愛い。二対一となったにも関わらず、デネブも負けず劣らず応戦し出す。
「いや~ガキどもの目利きはまだまだだねぇ~ヨースケも良い線いってるけど、やっぱ大人の魅力ってもんがねーしなあ~それに比べてどうだい。うちの大将の魅力をさ」
「「ぬぐぐぐぐぐ!!!」」
まるで子供の言い争いのように、くだらないやり取りを始める三人。きっとさっきの涙を照れくさいと思っているのだろうか、こうやって馬鹿なことを語り合って誤魔化している彼女たちが、少し可愛く思えた。そんな僕の心を機敏に察知したのか、さらに僕の腕に胸を押し付けて来る彼女たち。
「さ、三人とも、いい加減にしてくれよ。ほ、ほらロイドさんも困ってるだろ」
「デ、デネブさん、ちょっとくっつき過ぎだよ……く、苦しい」
「「「いいの!」」」
彼女たちに翻弄される僕とロイド。
困惑する彼と目を合わせながらも、こんな困った三人に強く言えない僕たちは、案外似た者同士なのかもしれないと、そう心に思うのだった。
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