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魔神の使徒  作者: 人生万事塞翁が馬
二幕 外敵
37/49

魔神の使徒VSエルダースライム

魔神の使徒サイドです

 スライムの攻撃は、海魔の触手と大して変わらない。

 アメーバ状の自らの肉体の一部を触手のような形状に変え、それを杭のように突き出している。それだけだ。

 ただし海魔の触手と違い、数が多い上に威力も速さも段違いである。


 それに、触手という形状の特性として軌道が不規則であり曲がることもある。

 殺気を隠すそぶりもなく向けていること、点という軌道を予測できれば交わすことは簡単な攻撃であることが幸いし何とか避けることができているが、それでも手数とその一撃ごとに込められる破壊力に人一人を抱えている状態では回避に専念しなければならない状態となっている。


 スライムは俺を、正確には魔神の使徒を格下と見下しており絵に描いたような慢心を晒しているが、この怒涛の攻撃を受けている立場から見ればなるほど慢心できる業者であることがうかがえる。

 何しろ、明らかに本気など出していないだろうこの単調な攻撃でさえこちらにとっては十分な脅威である。目で見ていては間に合わず、向けられる殺気から感じ取る直感を頼りに街中の障害物をも利用してようやく凌いでいるという現状であった。


 しかし、薄氷の上に立つ拮抗状態は、スライムの方がより本気を出し異なる攻撃を組み込むかこちらの動きに慣れ予測してくるか、そういった僅かな一手を出された時に崩れ落ちるだろう。

 スライムは俺を脅威となり得る敵ではなく目障りな害物と見下しているため苛立ちで雑な攻撃しかしないだけである。その慢心を僅かでも捨てることがあれば、こちらが殺られているだろう。

 そう考えると、見下している態度を改めさせるような反論は慎んだ方が利口かもしれない。だからと言って打開策が浮かぶかといえば、せいぜいが延命の時間稼ぎにしかならないだろうが。



「ちょこまかとウゼェんだよ、ザコが!」



 スライムの伸ばしている触手状の粘体の動きが変わる。

 その挙動の変化から、狙いが突きではなく障害物としている建物もろとも破壊にかかる薙ぎ払いであることを見抜き、その場から跳び上がる。

 直後、突き攻撃に使っていた物の5倍の直径はありそうな巨大なスライムの伸ばした粘体が一体の建物を根こそぎ一撃で薙ぎはらった。


 箒で巣を払われる時の蜘蛛が見るような景色だろう。

 その破壊は起こした側にしてみれば些細なことかもしれないが、受けた側にとってはその惨状に唖然としてしまう巨大な破壊による暴力であった。


 スライムは痺れを切らしたのか、突きによる攻撃から点ではなく線の攻撃に切り替わる。

 武器が杭から鞭に取り替えられたようで、太い分その数は減ったもののより回避が難しい範囲攻撃に切り替わった。



「雑魚の分際で、鬱陶しいんだヨォ!」



「ッ!?」



 大振りながら、その緩慢そうな動作に対し先端に向かうにつれての触手状の粘体の出す実際の速度は突き攻撃よりも速い。

 さらにそれが起こす風も大きいため、紙一重でかわすようでは確実に吹き飛ばされて大きな隙をさらしてしまうことだろう。


 建物に飛び移ると、その一帯をまとめて破壊すると言わんばかりに触手状の粘体の作る巨大な鞭の攻撃が振り下ろされる。

 その攻撃は破壊力と範囲が伴うため建物のような障害物で姿を隠すことの意味がほぼなくなり、身を隠した先の一帯を薙ぎ払われて巻き添えの攻撃を食らうよりは姿をさらしてでも大げさな回避をせざるおえなくなった。



「オラオラオラオラァ! ちょこまかと動き回るのも大概にしとけや、ハエ野郎ガァ!」



 蠅の呼称はベルゼビュートの特許であり、俺にはふさわしく無いだろう。むしろ犬、猿ときたならば雉を例にして欲しかった。

 などというくだらない考えを思い浮かべるような余裕さえ無い。


 直線的に距離を詰めてながら次々に振るってくるスライムの攻撃をかわすために大きく跳んで後退することを繰り返しているため、無人の区画からまだ市民・衛士らと海魔が喧騒を繰り広げている場所へと近づいていた。


 このまま後退をするのは不味い。

 避難も終わっていない街中にてこのスライムを暴れさせればどれほどの被害になるのか、想像もつかない。無辜の民が巻き添えを食う形で無残に殺され、大量の瓦礫と屍の山を築くことになるかもしれない。

 それは阻止しなければ、この戦いに介入した大義さえ揺るがすことになる。



「–––––––ッ!」



 フレイキュストへのスライムの攻撃を防ぐために、俺は交わし続けることから立ち向かうことに切り替えた。

 担いでいる虎人の衛士長を後背の街へと投げ飛ばして、後ろに下がり続けていた足を止め、その進行方向を前にして踏み出す。


 目の前には縦に振り下ろされる巨大な触手。人どころか像を入れても余裕のありそうなほどの太さと、10メートルはあろうかという長さを持つそれは、SF映画から飛び出してきた怪獣のようである。


 叩きつけられればただでは済まないだろう。即死は間違えなし、原型すら残さないかもしれない。

 先端に向かうにつれその速さはより大きなものとなり、重量に加えて速度エネルギーも併せ持つ単純にして強力な攻撃となる。


 だが、デカくしすぎたせいかそれの動きは遅くに見える。

 大きすぎる、重すぎるがゆえに、緩慢になってしまっているのだろう。



「バカがっ!」



 スライムは、獲物が自ら張った罠に飛び込んでくることをあざ笑うかのような嘲笑を発した。

 実際、スライムのあるかどうかわからない目には俺の行動はそう映ったのだろう。

 太すぎるがために横に回避しようと、当たらなくてもその衝撃波によって吹き飛ばされてしまい、その次の攻撃は回避できなくなる。だからと言って、選んだのは回避を捨てて攻撃の軌道上を自ら向かってくるという自殺行為なのだから。


 一方、その自殺行為に走った此方はスライムのその嘲笑を無視して、宝物庫から疾駆の甲冑と刀を取り出しさらに強く踏み出して加速していく。


 異世界人の超人的な身体能力に加え、速さに特化した魔神の宝物の甲冑を使用したことにより、周囲を置き去りにするかのような脅威的な加速を生み出す。


 大きさが仇となり緩慢な動きをするスライムの巨大な触手、それは交わせない。かわすことができても余波によって吹き飛ばされ、次の攻撃でケリがついてしまう。

 ならば、防御も回避もかなりぐり捨てる。その攻撃に対してあえて直進して、その大元を断つ。


 反撃に移ることは、衛士長を抱えたままでは巻き込み死なせてしまう危険が伴うためできなかった。


 そして今はその荷物もなく、苛立ちを募らせて攻撃をこの大きく大吹なものに変えてきたスライムの選択により鎧を変えて突撃するくらいの隙はある。

 既に後退が許されない。不意に出てきた反撃に移れる機会、全力で獲りに行く。



「テメェ–––––––!?」



 此方の狙いにスライムもまた気づいたらしい。

 その声色が変わるが、それを言う最中に既に間合いは詰められていた。

 触手の大元、スライムの本体に接近した俺は、最後まで言葉を発することを許さず即座に刀を抜刀した。


 スライムの体が抉られる。

 さらに一歩踏み込み、返す刀を両手に握りしめ職種の根元を狙って切り上げる。


 巨大な触手状のスライムの体が根元から切られ、本体から剥がれ制御をなくす。

 まだ止まらない。

 振られた刀は流れるように次の動作に移り、攻撃した時には既に次の斬撃を繰り出す準備を終えている。


 上段に構えた刀を振り下ろし、スライムの体に斜めに振り下ろし切り裂く。

 ついで返す刀でさらに切り上げ。

 手元で向きを直し、横一文字に切る。


 どこが急所かわからないので、このままスライムが動けなくなるまね細切れにしていく。

 そのつもりでさらに次の突きを狙う態勢をとる。


 だが、反撃はここまでだった。



「–––––––調子乗ってんじゃねえぞ」



 耳元に聞こえたスライムの声。

 それに一瞬気を取られ刀を構えた姿勢でかすかに動きが鈍った瞬間、それまでに切り裂いて来たスライムの体が突如として本体を中心に集まり始めた。

 それは当然、その中心に対し至近距離となっていた俺を完全に飲み込む形となる。


 しまった。

 そう思った時にはもう遅い。

 瞬く間に避ける間もなく俺はスライムの体に飲み込まれてしまった。



「……ッ!?」



 魔神の使徒となったと言え、所詮は人間の枠組みを逸脱できていない。

 呼吸を抑えられれば死ぬ。肺を通じて息から酸素を得ている体の構造は変わっておらず、それを抑えられればどうしようも無い。

 一転、たやすく此方が窮地に追い込まれてしまった。


 いずれにしろ罠に自ら飛び込んだ愚かな獲物だったらしい。

 抜け出そうともがくが、スライムの体の中は水よりもはるかに重く動きにくい。顔を出すことはおろか、その場から泳ぐごとさえ困難だった。



「ギャハハハハハ! てめえみたいな雑魚が、まさかこの俺様に対して剣で挑むとか無謀にもほどがあるだろ! 効かねえんだよ、物理攻撃(そういうの)のは! 見りゃわかるだろ、俺様はエルダースライムだぞ!」



 胎内にいるためか、スライムの声がよく響く。

 だが、呼吸を奪われた俺にはそれを気にする余裕は無い。


 刀が効かないならば、これならばどうか?

 魔神の宝物庫より、金剛杵を取り出す。

 電撃を内部から放てば、単細胞生物の群体と言えどただでは済まないはず。奴が海魔の親玉で似たような性質を持っているとすれば、電撃が有効かもしれないという推測に基づく。


 金剛杵の雷撃を制御せず全力で放つ。

 電撃はスライムの体を駆け抜け……



「ビリビリ来るけどなぁ……なーんの意味もねえんだよなこれが。いい加減気づけよ雑魚、クテルピウスの宝物が俺様に1つでも通用したか?」



 ……何ら効果を及ぼせなかった。


 エルダースライムと名乗ったか。

 魔神の宝物が一切通用しない。それは何ともありがたくない情報である。魔神の使徒を見下す根拠はそれだったらしい。


 ……厄介な奴だ。

 電撃も効かない。斬撃も効かない。おそらく打撃も効かない。魔神の宝物は効果を見込めない。

 ……では何が効くというのか?

 酸素を求め苦しむ体の訴えを耐え、俺はなんとか打開できる手段が無いか模索する。


 圧倒的不利な状況に陥っていた。

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