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巡りの始まり 9

遅くなりました。

「エリス、おはよう」


 食堂で朝食を食べていたら殿下が私の目の前に座る()()()()に挨拶したので即座に「ぶっぶー」と笑い飛ばす。

 当然意味の分かっていない殿下は目を丸くしている。


「あはは、こっちが本物だよ」

「俺はさっき挨拶してもらったぞ」


 ユーリの姿をした私が自分を指差しながら言い、私の姿をしたユーリがニヤリと口角を上げて言う。

 現状をつかめていないのか、殿下はまだ困惑顔だ。


「ギュスターグ、双子は魔法で自分の姿を変えているのよ。エリスの姿をしたのがユーリ。ユーリの姿をしたのがエリスよ」

「なるほど、これは驚いた」


 シゼルが丁寧に説明すると、殿下はやっと納得したという風に顎に手を当てふむ、と頷く。おお、仕草がすごく大人っぽい。


 シゼルの言う通り私達二人は今姿を入れ替えっこしている。入れ替えっこ、というか最近習った変身魔法で殿下が食堂に来る前に互いに自分の見た目の性別を変えただけなんだが、これが思ったよりも互いが互いにくりそつになってしまった。

 これじゃあ気付かないのも無理はない、と納得できるほどに。


「それにしても何故……ああ、あれか」

「そう、今日から『春の訪れ』だからね」


『春の訪れ』とはビイア全土で四日間にも渡って行われる大規模なお祭りの名称。

 一日目から三日目にかけては国民全員がいつもとは違う自分として過ごす日で、髪型を変えたり化粧、服装を変えたりといった些細なことをする人もいれば奇天烈な化粧、髪型、服装をする人もいる。この期間中外に出ると大道芸人の様な格好をした人を見かけることも少なくない。そして四日目にはいつもの自分に戻り、祭りの最後らしく皆でどんちゃん騒ぎになる、というのがこの祭りだ。


 去年までは互いにちょっと髪型を変えるだけに留めていたが、せっかく先日今日使えそうな魔法を習ったことだし、と今年は違う趣向にしてみた。


 そんなわけで変装、というかいつもとは違う自分になってみたわけだが………うん、これはややこしくなりそうだからやめておこう。


「殿下はいつもどおりだね」

「今日がそうだとは忘れていてな」

「あ、じゃあ俺が髪型変えてやろうか」

「遠慮する」


 即答。答えるまでに一瞬の間も迷いもなかった。


「双子にやらせたら可笑しなことになりそうね」

「すごい失礼だからね、それ」


 シゼルはいつもは邪魔、動きにくいとか言って着ていなかったフリルがふんだんに使われたドレス姿だ。

 去年も見たけど、久々に見たからか違和感がすごい。似合ってはいるけど。


「重そうだね、そのドレス」

「重いわよ?今すぐにでも脱ぎたいくらい」


 朝からげんなりした様子のシゼル。心なしかやつれている様な気さえする。


 シゼルは毎年この日は朝から女公爵様と女中にどこかに連れていかれて(攫われて)帰ってきたらこんな重そうなドレスを装備している。愚痴を聞いてみればどうやら拒否権など存在していないらしい。


 うん、やっぱりお嬢様は大変だ。

 私はそんな彼女に心の中で合掌。


 その時「おはようございます」とアルバンケールが食堂に入ってきた。

 今日の奴はいつもとは違った黒や白で統一された服装ではなく、青っぽい上着を着ている。


「あらおはよう。外出着なんて着てどこかへ行くのかしら?」

「ええ、すぐにでも出るので朝食は要らないと伝えようと……」


 そこで言葉を区切った奴は私達に目を向けるとじっ、と見つめてきた。


 あ、良いこと思いついた。こいつも見破ることができなかったら「え、こんなのも見破れないんですか〜?」とわざとらしく驚いた風を装って笑ってやろう。


 私が奴の立場だったら見破れる自信はないけどね!


 ワクワクしてその時を待っていると、奴が口を開く。


「君達は何をしてるんですか?」


 ………へ?

 ユーリと顔を見合わせる。どちらもまだ魔法は解いていない。


「あら分かるの?」

「二人が姿を入れ替えている、というか見た目の性別を変えているのでしょう?」

「いやいやなんでそこまで分かるのよ!?」


 殿下との会話を聞かれたのかとも考えていたが、違った。私達はそこまで話していない。


「分かるもなにも全く違うじゃないですか」


 いやそれこそ分からない。なんかやってみたら見た目がすごい相手にそっくりだからこれで脅かしてやろー、という軽い悪戯心から始まってはいるが、私もユーリも相手の髪型、服の着方、仕草、朝食の量まで忠実に再現したのに。ユーリに至っては私の寝癖とだらしなさまで再現してるんだよ!?それでなんで気付けるんだよ。


「それでは僕は失礼しますね」


 懐から取り出した懐中時計を確認し、少し慌てた様に足早に去っていく奴の背中を見送りながらユーリに問いかける。


「分かる?」

「分かるわけねーだろ」


 ですよね。


 ふと皿を見ると、さっきまであった山盛りの野菜やパンは一つも残っていなかった。野菜に刺そうと思っていたフォークは見事空振りに終わり、カツン、と寂しげに皿で音を立てる。

 思考を巡らせている間もしっかり口は動かしていたようだ。


 食後の挨拶をし、さて片付けようと立ち上がったところ、丁度同じく食べ終わった殿下も私達と同時に席を立った。


「殿下の今日の予定は?」


 並んで歩きながらなんとなくの興味で殿下に伺う。


 最近はこうやって歩くと背の高さの違いで首が少々痛くなるのがいただけない。頭一つ分ほども違うのだから仕方がないのだが、ユーリならそんなことはないのに、と毎度思ってしまう自分がいる。

 ユーリは背が低い事を気にしているみたいだが、私よりは高いんだから私から言わせてもらえば贅沢な悩みである。


 男と女なのだから仕方ないと分かってはいるが、私だってユーリみたいに大きくなりたかった。


 女である以前に成長の止まった今、それは叶わぬ夢である。


「私は例年通り屋敷で過ごす」

「えー、それってつまんなくねえ?」

「これでも一応王族という立場だからな。人で溢れる場所に行き、何かあってはそれこそ大騒ぎだ」


 王子様も大変である。お祭りを楽しむこともできないなんて。


「もしかして一回も行った事ない?」

「ないな」

「行きたい?」

「興味はある」

「素直じゃねえなあ」


 三人が同時に食器の乗ったお盆を返却口に置くと、殿下の両側を陣取っていた私達はすかさずガシッとその腕に自分の腕を絡ませた。


「……なんのつもりだ、と聞いておこう」

「いやん、分かってるくせにー」

「私達今日は外に出る許可貰ってるんだよねー」


 そのままズルズルと入口の方に引っ張っていく。


 抵抗しようとしても無駄だ。ユーリはともかく私は殿下より力があるし、魔法の腕はともかく体術では未だに負けなし。その気になればそんな抵抗など物ともせずに、一人でも自分より大きい殿下をお姫様抱っこだって出来ちゃう。


 この前ユーリで試したらできた。自分でも出来るとは思わなかった。

 ユーリは両手で顔を覆って泣いてた。恥ずかしい!と真っ赤になって叫んでいた。それを聞いてちょっとだけ優越感に浸れたのは内緒だ。


「シゼルも誘ったんだけど『そんな事より本が届いたのよ』ってフられちゃったんだー」

「丁度もう一人遊べる奴探してたんだよ」


 友人よりも本を取る薄情な奴なんてほっといて、さっさと行こう。時間は有限だ。出店は待ってくれない。美味しいものが売り切れたらどうしてくれる。


「ああ、お金の心配はしなくてもいいよ。女公爵様がお小遣いくれたの」


 今後一切屋敷に悪戯を仕掛けない、行わない、という約束付きで。

 私達は貰えるものは遠慮なく貰っておく派だ。もちろん貰ったからには約束はきちんと守る。


 抵抗するのは無駄だと悟ったらしい殿下は自分から外出着に着替えると部屋の外で着替えが終わるのを待っていた私達に再び腕を掴まれ引っ張られる形で屋敷を出たのだった。




 **




 出店が立ち並び賑わっている一角から離れた公園で私は使い魔、『ハロフ』の背から降りる。


 ハロフは丸々とした体にフワッフワの透明に近い透き通った色の羽と体毛がついた大きな梟。


 五年生になってすぐ、学校で使い魔を召喚する授業を行った。その際私の呼び出しに応じてくれたのがこの子だ。


 使い魔はその種類によってそれぞれ違う能力を持っており、主人となることで人間側もその能力の恩恵を受けることが出来る。また魔物とは違い知能が高く、人間の言葉を理解することも可能だ。稀に人間と意思疎通が出来る物もいるらしい。


 ハロフは今では『絶滅魔法危惧種』に指定されている魔法動植物のうちの一種でもある大梟。何故絶滅しそうなのか、昔人間が大梟の羽を目当てに狩りを繰り返したから、鳴き声が不気味だったから、天敵である魔物に喰われたから、とか諸説は色々あるが正確な理由は分かっていない。

 私個人としてはこの綺麗な羽目当ての狩りで数が減ったという説が一番有力だと思う。魔物に喰われた、というのも考えたけど大梟は『賢者』とまで呼ばれる頭のいい魔動物だ。そんな間抜けなことが多発したとは思えない。

 中でも鳴き声が不気味説は一番有り得ない。だって「ウギィャアアアア」というこの子の鳴き声を聞く度に私は可愛いっと悶えてしまうもん。こんなに可愛い鳴き声が不気味な筈ない。


 殿下とユーリもその背から降りるとハロフは私の両手に少し余るくらいの大きさになり、ちょこんと私の肩に乗った。

 髪を掻き分けて私の頬にスリスリと擦り寄ってくるハロフは可愛くて可愛くて。


「ハロフに構ってばかりで俺のこと忘れてるよねー」


 人差し指で頭をかしかしと撫でて和んでいたら小走りに私達の元に駆け寄ってきた男がいた。


「ジルバール、あんたこの子の可愛さが分からないの?こんなに可愛くて仕方がないのに」

「いや普通に可愛いとは思うよ?」

「普通って何よ」


 うちの可愛い子に何言ってくれてんの?と胸倉を掴んで揺さぶると「あ、ごめんなさい、あ、うっぷ、吐く吐く吐いちゃう」と許しを乞いながら段々と顔が青くなっていくジルバール。


 体を揺さぶられるのって地味に気持ち悪くなるんだよね。これを長く続ければ嫌がらせには効果覿面だ。


「……もしかしてそれはお前達の幼馴染か?」

「あ、気付いた?そういえば互いに面識はあっても関わりはなかったんだっけ」


 確かこの二人は話したことなかったよな、と思っての言葉だったのだが、殿下はそう言いたい訳ではなかったらしい。


「いや、その格好は……」


 ジルバールの姿をもう一度よく見てみる。

 奴の纏っているそれは女の子用のレースが可愛いワンピースだった。下にズボンを履いてはいるが、よく見ても見なくても上下どちらも男用の服ではない。今日だからこそできる格好だ。


「こんな格好今日くらいしかできないじゃん?」

「とか言ってるけど実際はエリスの菓子勝手に食って怒らせて嫌がらせをされた結果だけどな」


 そう、私の楽しみを勝手に奪った報いとしてこれを着させたのはいいが。


「似合ってるのが腹立つ」

「いや似合ってなかったら悲惨だけどな」


 嫌がらせをしたつもりだったが、逆に奴を見てるこっちが嫌がらせを受けてる気分になった。しかもジルバールは妙にノリノリで着こなしてるし。

 失敗だったかな。一応ユーリとも相談して決めたんだけど。


 じとっとした目を向ける私とユーリを無視し、ジルバールは殿下に恭しく挨拶をしていた。長めのスカートの丈をちょこんと持つ仕草が気持ち悪さに更に拍車をかけている。

 殿下はというと、そんな奴にもう一切表情を変えることなくいつもの無愛想で挨拶を返していた。


 一通り終わったところで私は「はい」と殿下に仮面を渡す。顔の上半分だけを隠すちょっとだけ派手な装飾の仮面だ。


「これで顔を隠しとくといいよ」

「派手すぎないか?」

「今はこれくらい普通だって」


 そうそう。大通りに出たらある意味もっと凄い人がわんさかいるよ。

 ちなみに私とユーリは魔法で髪色を金に変えただけ。


「髪色が違うと違和感がすごいな」

「自分でもそう思う」

「だな。前はこういう色に憧れがあったけど実際変えてみるといつもの方が落ち着く」


 髪を一房掬って毛先をいじくる。慣れてないからなんだろうけど、目がチカチカして落ち着かない。やっぱりいつもの髪色が一番だね。


 前まであった憧れは、もうなかった。



 大通りに出ると、そこは奇天烈な姿をした人々で溢れ返っていた。通りの端には様々な屋台が所狭しと並び隣よりも多く客を呼び込もうと店主達は目をギラつかせ、呼び込みに必死だった。


 村ではここまでの屋台が出たことはなかったので私は内心興奮していた。

 右に左に次々と目移りしてしまう。


 先程朝ご飯を食べたばかりだというのに、いろんなところから届くいい匂いによだれが垂れそうだ。


 街灯脇に飾られた花は特徴的な綿のように軽い幾百枚もの花弁を散らし、それが風に乗り空に舞ってまた地上に降ってくる。なんとも素敵な光景だ。今日は国中にこの花が飾られるのでどこに行っても同じ様に花が舞っていることだろう。

 この花は地域によって色が変わるので、それ目当てにこの期間中様々な地域を訪れる人がいるという。ここは花弁が紅色だけど私達の住んでた村の方では水色だった。舞っている色が違うだけで雰囲気が全く異なる所を見るに、いくらどこもかしこも同じような光景が観れるといえど国中を見て回ってもまた違う雰囲気を楽しめ、見飽きることはないのだろう。


 人混みに苦労しながらも一通り屋台を見て回った私達は休憩を兼ねて甘い香りを漂わせる屋台で甘味を買った。

 小麦粉に砂糖や卵などを加えて薄く焼いた生地に蜂蜜を塗っただけのものだが、ほんのりと甘くて飽きのこない美味しさだ。


「あ、見てよ殿下。魚泳いでるよ」

「花弁で見えにくいな」


 街中を流れる川に架かった橋の上から下を覗き込んでいる二人は今日初めて話したとは思えないほど仲良くなっていた。

 普通だったら少なくともギクシャクしてしまうんだろうが、相手がジルバールというのが幸いだったのだろう。


 ジルバールは昔から人と仲良くなったり輪の中に入るのが得意な奴で、学校ではいつも人の輪の中心にいた。そんな奴だからこそ私達は今日殿下を連れて来たのだが。そうじゃなかったらこんなお祭りの日にいきなり知らない人同士を引き合わせて連れて回ったりしない。


 最後の一口を食べ終えたところで、広場が盛り上がっているのに気付いた。


 気になったのでユーリ達と共にそこに行ってみると、お爺さんが小さな子供達に物語を読み聞かせているところだった。


「ーーーそうして英雄は厄災の女王を倒し、世界を救ったのでした。めでたしめでたし」


 お爺さんが普通より一回りも大きな本を閉じると、広場には盛大な拍手が沸き起こる。


 お爺さんの持っている本の題名はここ数年読んでいなかった懐かしいものだった。


「この日はどこでもこの話が読み聞かされるねえ」

「お前達の村でもあったのか?」

「そりゃ『春の訪れ』はこの御伽噺の元が起源だからな」


 国中に舞う花弁の他にこの四日間、ビイアのどこでもで見られる光景の一つとしてこの読み聞かせが挙げられる。

 というのも『厄災の女王と英雄』がビイアで最も有名な御伽噺である以前にこの祭りの起源となった実話を元に書かれた噺だからだ。


 昔々、この世界は天変地異に見舞われた。それが過ぎ去った時魔法という摩訶不思議な力を人間は使えるようになる。しかし同じく天変地異によって生まれた人間の生活を脅かす『魔物』を従え、『厄災の女王』という恐ろしい悪魔は世界を滅ぼそうとした。誰も悪魔達には敵わない。人々が諦め始めた頃、とある青年が悪魔達の居城に向かった。これが後の英雄となる青年だった。青年は天変地異を乗り越えたことに感動した神様から授けられた魔法を使い、誰も敵わなかった悪魔を一人で倒し、魔物を退け、人々から英雄と讃えられるようになる。

 『春の訪れ』はこの英雄が悪魔や魔物を退け撃退したおかげで国民が無事に新たなる春を迎えられたことを祝うお祭りだ。


 一日目から三日目にかけて私達が普段とは違う格好、中には奇天烈な格好をして三日間を別人として過ごすのはこの三日間がまだ英雄によって『厄災の女王』が倒されていないから。この三日間悪魔は自分の敵となる英雄を殺そうと探し回る。だから国民は英雄が悪魔に見つからないように変装をして騒いで、喧騒の中に英雄を隠すのだ。

 四日目にいつも通りの自分に戻るのは悪魔が倒され英雄を隠す必要がなくなったから。


 ちなみにこの慣習は実際に英雄が生きていたとされる約千年前からずっと続いているらしい。


 ぶっちゃてしまうとこの慣習は今となっては意味のないことだし、そもそもこの慣習が真実かどうかは分からないがこういった大義名分があるおかげで私達はこのお祭りをより一層楽しむことができるのだと思う。

 いつもだったら躊躇ってしまうけど、実はやってみたかったこととかしてみたかったことをするいいきっかけでもある。


 まあはしゃぎ過ぎて後の黒歴史を増やす奴とかもいるけどね。ジルバールとか。

 いや、あいつは後々後悔も何もしなさそうだな。というか嬉々として周りに語ってそう。


「そろそろお昼だな」

「やった!私お腹空いてたんだよねー」

「腹減ったー。何から食う?」


 私はいつぞやの肉を食べたい。あ、でも肉串もいいなあ。いや、あのとんでもなく美味しかったパン屋さんで再びバードを買うのもいいかも。


「俺まず肉喰いたい」

「じゃあ私もー。あ、あの肉串がいい!」

「まず自分の食べたいものから言うのがエリっちゃん達らしいよね」


 ご飯時に相手に気を使うなんて一番必要のないことだと思う。それでお金がなくなったり売り切れたりしたらそこには後悔しか残らないもの。


 半ばジルバールと殿下を引きずる形で肉串の屋台に並び、出来立てホヤホヤのお肉を人数分買う。隣の屋台でユーリが買って来てくれたお茶を片手に屋台の隣の空いた場所で立ち食い。肉串を持っている手が肉汁で汚れたけど気にしないで最後まで食べる。汚れても魔法で手が洗えるからね。


 その次は牡蠣(ユイッツ)。屋台隣にいくつか置いてある席で茹でたのと焼いたの、そして生のものをいくつか注文。何もかけずにそのまま食べるのもいいけど、ちょっとだけ香酸柑橘類を絞りかけて食べるのも美味しい。この国では生のユイッツが主流で、焼いたり茹でたりと加熱したものは食べた事がなかったがこれが生とはまた違ったぷりぷり食感で美味しかった。値段もお手頃だし美味しいしで食べる手が止まらなかった。


 次に食べるものを探す間に軽くつまめるものとして焼栗を買った。少し熱くて舌が火傷したけど、甘くてホクホクでこれも美味しい。ハロフが欲しがったのでふーふー、と冷ましてから半分に割って嘴に持っていくと美味しそうに頬張っていた。

 それをみた私はデレッ、とだらしなく顔を緩めてしまった。


 途中懐かしの美味しいバードの屋台に寄ったりしながら私達は心ゆくまで屋台を堪能した。



 日が暮れ始め空はだんだんと黒く染まっていく。


「いやー楽しかったねぇ」

「私はもうちょっと食べてたかったなあ」

「俺も」

「私から見たら充分食べていたがな」


 シゼルのお土産を抱えながら人の少ない道を歩く。使い魔に乗って帰るので人の多いところではハロフ達が大きくなれないためだ。


 ふ、と影がさす。上を見上げると、暗くなった空には大きな一匹の鯨が泳いでいた。


「今年は土の鯨か。ここが出発点なんだな」

「確か去年は火の鯨だったよね、あれ綺麗だったなあ」


 毎年風、火、土、雷、水の順でその属性の優秀な魔法使い達が鯨を作成する。そしてその鯨は祭りの間夜になると国の空を泳ぎ始め、明け方になるとどこかに消える。四日かけて夜の間だけ国中を回るから別名“夜の鯨”とも言われている。


 鯨からは花弁ではなく花そのものが落ちてきた。しかしそれらは地面に触れることなく姿を消している。


「今年は手が込んでるね」

「前回の土の鯨の時は口で花を吐いてたよな。朝起きると地面が花だらけで正直邪魔だった」

「あれはちょっとないわーって思ったよ。だからか記憶に焼き付いてんだよねぇ」

「まあ設計図もなにもなく魔法使い達の好きなようにつくられるからな」

「魔法を使うからお金がかかんなくていいよね」


 鯨を見上げながら各々の感想を口にする。うーん、昔だったら素直にきれーって言えたと思うんだけど。ほら見てよ、私達と同じく空を見上げるあそこの小さな子供達を。目を輝かせ純粋にきれー、すごーい、と声を上げてはしゃぐあの子達を。

 私達はあの素直さと無邪気さをいったいどこに置いてきてしまったのだろうか。でもまだ無くなりきってはいない可能性もある。そう、その可能性は捨てきれない!……いや、金に関しての話を出している辺りもう……もう、ね。


「私達って純真無垢とは言えなくなったね」

「えっ。エリっちゃんは元から言えないでしょ?」


 ジルバールが広場にある噴水に飛んで行った。水飛沫を上げて止まったのに起き上がらないな、と覗き込んでみれば奴は水の中で尻だけを水面から出し沈んでいたので襟を掴んで引き上げてやった。

 服が水を吸って重い。


「手加減してやれよ」

「必要ない」


 私達双子もよく細い、腕が折れそう、とか言われるがこいつはそれ以上にひょろっひょろ。だけど、とても頑丈な体の持ち主だ。これくらいどうってことないはず。


 隣から顔を出すユーリは呆れた様子だ。殿下は濡れると悪いから、と私からシゼルへのお土産が入った紙袋を避難させる。


 影が視界から消えた。なんとなく空を見上げると、土の鯨が花を落としながら離れていくところだった。


 殿下は私が地面に落としたジルバールを魔法で乾かしてやりながら空を見上げ、ぽつりと零す。


「また一緒に来ようか」


 私は隣にいたユーリと顔を合わせて、どちらからともなく笑みを浮かべる。


「そうだね」

「次は違う地域にも行ってみてぇな」


 こうやって友人達とお祭りを回るのも悪くはない。今度はセレストとフェリーテシも誘ってみようかな。暮らしてる地域が違うから移動は少し面倒だけど、ハロフに乗せてもらえばなんてことはない。

 シゼルとも一緒に来たいな。古書市場が開かれていたからそれで釣るのもありかも。


「じゃあ俺は今度ドレスに挑戦してみるよ!」


 すんな阿呆。お前は何を目指してるんだ。


登場人物の名前から気付いておられる方もいらっしゃるかもしれませんが、これはフランスとファンタジーを組み合わせた舞台設定になっております。


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