第六話 お姫様は辞退希望
授業中ずーっと火宮の対策を考えていたか何も思い浮かばず、気付いたら一限目が終わっていた。
あ、板書してない……百合愛に頼もう。
「類ちゃん、次体育だから早くしないと」
「あ、ごめん……百合愛、さっきの授業のノート後で貸して」
「良いけど、珍しいね?」
「うん、ちょっと写し損ねたところがあってさ」
普段はボーッとしていてもノートだけはちゃんととってるから、百合愛な不思議そうにしていた。
貸してもらっといて嘘を付くのは心苦しかったけど、本当の事を言ったら私の印象が色んな意味で暴落する。火宮は一応……正真正銘友人だし、そんな相手への対策を考えていたなんて口が裂けない限り言えん。しかも結局対策立てられてないし。
やっぱりノーマルエンドの知識だけではどうしようもないかなぁ。
「今日晴れてるから外かなー」
「多分ね。でも今日って那葉さん休みでしょ?」
那葉さんとは、女子の体育教諭の事。瀬古那葉さん、二十代後半だと思われるが実際は謎。もしかしたら三十越えてる、四十過ぎてるんじゃないかなどの噂もある色んな意味でミステリアスな方だが見た目は可愛らしい女の子……では無く女性。
確かこの前の授業で次の授業は那葉さんがお休みだから男子と混合って……。
「……げっ」
「ん?どうしたの?」
「あ……ううん、なんでもない。急ごっか」
嫌な事を思い出したせいで思わず声に出てしまった。
火宮の事ですっかり頭から抜け落ちていたが、もう一人すでに交流を持ってしまっている攻略対象がいたんだ。これに関しては不可抗力みたいな物だし、一切関わらないと言う事は出来ない。その代わり恋愛に発展する事も普通あり得ない相手なのでプラマイゼロだけど。
今は何より遅刻しない為に更衣室への足を早めた。
× × × ×
「今日は瀬古先生がお休みなんで、男女合同でドッジボールをします。チーム分けは奇数と偶数な、後女子に当てた男子は後で課題だから覚えとけよー」
「それじゃあ女子多い方が有利じゃん!」
「当たり前だ。女子が多い方が戦力が低いんだからな、平等とはそう言うもんだ」
「日壬ちゃんが言うと卑猥にしか聞こえないんだけど!」
男子体育教諭、日壬波雲。
名前の通り、攻略対象でございます。 学園系の乙女ゲームには必ずいる、かもしれない禁断の恋担当で歩くセクハラの異名まである。
オレンジ髪は襟足が長くていつも尻尾みたいに結っているし、体育教諭と言う事もあってほとんどジャージ姿なのだが何故かエロい。顔がエロい、泣き黒子がエロい、存在がセクハラ。
性格は女好きで男に厳しく女に甘く、美男に鬼で美女には激甘。贔屓が酷く、崖っぷちによくいるけど落ちた事はない。普段は先生の威厳ゼロだけど柔軟性があって一人一人をよく見ているため男女問わず人気者。
火宮と似ているせいか話が合うらしい。火宮の友人として私も、百合愛も何度か缶ジュースを奢ってもらった。
とは言え、先生に関してはあんまり心配していなかったりする。
先生は発言こそダメな大人臭がするけど本当はとても良い先生だし、何より彼は兄と知り合いだ。
ゲームではそんな設定は無かったと思うが、これも現実の差異だろう。日壬先生は兄の先輩で、兄と百合愛が付き合っている事も知っている。私達がそれを知ったのは高校に入学してからだけどね。お兄ちゃんも先生の性格をよく知っているが、知っているからこそ紹介したくなかったらしい。うん、英断。
ただでさえ教師と生徒の恋愛なんて茨の道だと言うのに後輩の彼女を……それも片想いを応援していたカップルを引き裂いてまで奪おうとはすまい。やらかしたら私は全力で先生を軽蔑した後藁人形で呪ってやる。
「ほら妹ー、何突っ立てんだ!」
「あ、すいません!」
思わずボーッとしていたらしい。周りを見たらもう皆チームに分かれていた。一人真ん中で突っ立って、恥ずかしい。
因みに『妹』と言う呼び名は字の通り、白浜扇の妹だから日壬先生は私を妹と呼ぶ。初めの頃は『白浜妹』だったのに、一番大事な名前部分が消えるってどうよ?お兄ちゃんの事知ってる人とか……結構いるけどさ。格好いいし同じ敷地内の大学に通ってるから、日壬先生のが浸透して他にも私を『妹』と呼ぶ先生はいる。
なれたから良いんだけどさ、一年の頃からだし。月花堂とかは何のこっちゃ分からんかもしれないが。
「たぐちゃんこっち、同じチーム!」
「火宮ー、妹にちょっかいかけんなよー」
「はぐもんの妹じゃねぇじゃん!」
二人のやり取りに皆が笑う。ほとんどが中学からの持ち上がりなせいか、それとも皆の人柄なのか、うちのクラスはかなり仲が良い。
このやり取りもすでにお約束になりつつあるのに、皆リアクションご苦労様です。私はすでに呆れてるんだけど、一応当事者だもあるから。
「仲良いんだね、このクラス」
「月花堂……君」
「響谷で良いよ、俺も類って呼ぶから」
「…………うん、分かった」
有無を言わさない空気ってこういうのだと思うんだ。腹黒い笑みとかじゃなくて、罪悪感を刺激される系のやつね。猫被ってるって分かってても笑顔で爽やかに言われると断り辛い。
月花堂君と呼ぶので是非白浜と呼んでくれとは言えまい。
「妹って事は、類は兄姉いるんだ」
「うん、お兄ちゃんが付属の大学に。日壬先生の後輩だったから知り合いなの」
出会ったのは入学した後だからお兄ちゃんの先輩として知り合ってたんじゃないけど、そこまで詳しく説明する必要はないだろう。
と言うか仮にもドッジボールの最中にこんなのんびり話してても良いのか?火宮と日壬先生のアホややり取りはすでに終わって、ボールも飛び交っているのに。
私は女子だから狙われる確率低いけど……あぁ、月花堂も低いな。ノーガードのイケメンにボールを当てるなんて女子からの反感凄そうだから。
あれ、なら今こうして話しているのも反感買うのか……?
「響谷は一人っ子?」
「いや、俺も兄が一人。もう結婚してるけどね」
「そうなんだ、じゃあ結構歳離れてるんじゃない?」
「だからとても可愛がってもらったよ。今は年に数回しか会わないけど」
「へー……」
月花堂のお兄さんか……結構重要人物だったりするのかな?お兄さんだし、確か月花堂の内容はお家騒動みたいな感じだったはずだし。
あぁ、こんな事なら妹の話をちゃんと聞いておくんだった……まさか来世で役に立つなんて誰が想像出来るよ。
「ちょっと二人ともー!いちゃついてないで参加してー!!」
私達が喋っているのが視界に入ったのか、火宮がボールを受けながら叫ぶ。おー、ナイスキャッチ。でもその発言は許さん。
「いちゃついてないから。あんたの脳内ほんとピンクだな」
「今までサボっておきながらその言いぐさ!?」
私の辛辣な返答に泣き言みたいなツッコミを返す火宮、周りの反応は『またやってるよ』みたいな生暖かい。
記憶が戻る前から私と火宮の関係はこんな風に、ちょっと辛辣な私にあしらわれる火宮とそれを微笑ましく見守る百合愛。
常に一緒にいる類の友人ではないが、話したら互いの役割が自然と分かれるくらいには距離が近い。私と百合愛が一番仲の良い男の子は間違いなく火宮だ。火宮の方は女の子大好きな人種なので分からないけど。
「類、あぶな……っ」
「え……?」
火宮と話すのに気を取られていたら月花堂……響谷の焦った声が聞こえて、振り返ろうとした時には膝に固い物がぶつかる感触がした。
ドッジボール中なんだからボールが当たったんだって事はすぐに分かったし何の問題も無いんだけど、私は相当気を抜いていたらしい。
「う、わ……っ!」
当たった場所が足元だったせいか、少し体勢を崩してしまった。それだけなら良かったんだけど、立て直そうとした足元には転がるボールがあって……その後はコントよろしく、綺麗にボールを踏んづけて転んでしまった。
高校生にもなって転ぶとは……ドジっ子は百合愛の担当なんだけど。
「ちょ、大丈夫!?」
「大丈夫……っ、じゃ、ないかも」
「え……?」
恥ずかしくて、早く立ち上がろうとしたら足に力が入らなかった。いや、入らない所かちょっと痛い。熱を持った様にジンジンしてる。
これは確実にやらかした。
「妹、ちょっと見せて見ろ」
「先生……」
「……挫いたな、触ると」
「っ……!」
「痛いだろ」
分かってるなら触るな、と言う気持ちをふんだんに込めて睨んでやったら苦そうな笑みが返って来た。
「保健室行って、必要そうなら病院行け。歩けるか?」
「はい、けんけんしていけば別に……」
さっきは痛みを予想して無かったから驚いて力が抜けちゃったけど、慎重に立ち上がれば大丈夫。
心配そうな百合愛に笑顔を返して、一歩進もうと足を前に出した。うん、ちょっと痛いけど何とかなりそう。
「たぐちゃ……」
「僕が付き添います」
「……月花堂?」
言うが早いか、不思議がっている日壬先生を置き去りに響谷は私の腕を掴んだ。
え、何のつもり……。
「ちょ、響谷……?」
戸惑う私に構う事なく、掴んだ腕を自分の肩に回させて、そのまま私の膝裏に腕を回した。
簡単に、分かりやすく言うと……お姫様抱っこ、と言うやつ。
「はっ……!?響谷、何を……!!」
「足を怪我しているんだから、僕が運んだ方がいいでしょう?」
「……まぁ、な」
先生と響谷で話が進んで行くけど、当事者私な!
二人ともこのおびただしい悲鳴が聞こえてないの?耳大丈夫?歓声真っ黄色なんですけど!
「重いから!自分で歩く!!」
「全然、軽いから」
そう言う問題じゃねぇよ、何だこの少女漫画な会話は!
響谷は物凄く良い笑顔で、私の拳で逆整形してやりたい。胸キュン?むしろ殺意だこんちくしょう!!
「ほら、足痛いんでしょ?」
「……ありがと」
「いいえ」
事実、足は痛い。運んでもらえるなら嬉しい。
方法には物申したいけど……私は荷物、それ以下でも以上でもない、割り切るって大切。
この後、保健室で処置をしてもらった私が教室に戻ると、女の子達の尋問にあったのは言うまでもない。