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凛子さんと狼くん  作者: 太郎
知ってしまった関係性
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ねえ、あれって

 劇が終わり、序盤から思い続けていた疑問を口にした。


「ねえ、あれって私達をモチーフにしてないかな?」

「……」


 けど、狼くんは顔を真っ赤にしたまま俯いている。こんな暗い中でも赤さが分かるなんて、相当だ。


「リンは私の凛子から取ったのかな?ってのは分かるけど、(ロウ)くんはまんまだもんね」

「……凛子さんはアレ見て何とも思わなかったのか?」

「何とも……?あっ!温かい気持ちになった!」

「これだから鈍感は。しかしまだ、進歩した方なのか?」


 狼くんがウンウン一人で唸りながら、答えを出した、その時。


「凛子ちゃぁぁぁあああああああああああ!!!!!!」


 次のクラスの劇の準備時間にも関わらず、大きな声で私を呼ぶのはロウ、もとい赤い天使だった。


「あっ!凄い良かったです!」

「だっろー?あれ、うちが頑張って考えたんだよなー。で、どうなのよ?あんたは」

「…………」


 赤い天使は狼くんに聞いた。そんなにあからさまに嫌な顔しなくても良いのに、って思う程眉間にはシワが寄せられていた。


「……何を求めている」

「感想だよ。感想。良かったでしょ?」


 と、ニヤニヤ笑みを放つ赤い天使の後ろに、いつの間にか黒い天使が立っていた。これまた、美人な笑顔である。


「こーら、進展のない二人にそう絡んだら余計拗れますから、止めなさい」

「……うーい。だって面白いじゃん」

「人の色恋に手を出さないんですよ」


 はてさて。何の話をしているのかサッパリな私は疑問符を頭上に浮かべて首を傾げた。

 狼くんは何か隠しているのか頬を赤くしたり唇を噛んだり、下を向いたり忙しなく落ち着かない様子を見せる。

 むむ?さっき私が泣いたのをまだ引きずってたりとか、するの?いやいや、狼くんに限って有り得ないよね。


「まあとにかく、あの劇はうちらからの凛子ちゃんへのありがとうの形だから」

「そうですよ。いつも言えない代わりにああやって劇にしたんです。伝わりましたか?」

「そんな深い意味が込められていたとは……気づきませんでした」

「がはは。でも良いよ。凛子ちゃんが楽しんでくれたならそれで良い。きっと、クラスメート皆、そう思ってるよ」

「そんな、……ありがとうございます」


 プルプルと首を振ると、赤い天使は再びガハハと笑った。大きな口で、飲み込まれるかと思った。


「まー、うちらは邪魔しないから、どうぞごゆっくり」

「散々に邪魔しておいてよく言いますね。ごめんなさい、凛子さん。私達はただ応援したいだけでしたので、気を悪くしないでください」

「なんも!!してないですっ」

「あら、良かったわ」


 では、楽しんで。と黒い天使は最後に付け足して赤い天使の首根っこ掴まえてどこかへ消えてしまった。

 相変わらず可愛い顔してえげつない行為をするなーと、穏やかに二人の後ろ姿を見送った。


「……どうして凛子さんはこんなにも鈍感なんだろうか」

「へ?何が」

「今の、お節介な言葉に何とも感じなかったのか?」

「何ともって言われても……」


 どうして?狼くんは怒っているの?いや、怒ってないのかな?悲しんでる?分からない。

 狼くんが私に伝えたいことも、その表情の意味も、何も分からないよ。

 あんなに楽しくて面白い劇を見て、折角仲直り出来たっていうのに、またあのギクシャクした関係に戻るの?

 もう、たった数時間だとしても、あんな気持ちにはなりたくない。狼くんを、失いたくないの。


「分からない……難しくて、こんな気持ち、私知らない。言葉にならないよ」

「……へぇ」


 狼くんは、意味ありげに呟いた。私の素振りに興味のある仕草をする。


「凛子さん、今日、俺の家に来てくれるか?」

「えっ?あ、うん。勿論行くよ。行くつもりだったよ」

「そうか」

「急に、どうして?今までそんな風に頼んだことないじゃん。流れで習慣の様に行ってたじゃん」


 何故、こんなにも取り乱してるのか自分でも分からなかった。自分の知らない熱い気持ちが胸を掻き乱してグチャグチャになってるんだ、きっと。

 でも、その熱い気持ちが出てきた原因も何も分からない。

 分からないからこそ不安になって、怖くなる。狼くんを見て、こんな気持ちになるなんて私どうかしてるよ。

 反対に狼くんはほっとしたような安堵の表情を見せて、良いだろ。別に。と、軽く私をあしらう。

 ああ、モドカシイ。この気持ちを誰か教えて。



 ☆ ☆



「凛子、お疲れー。楽しかった?」


 教室に戻ると作業中の加奈が、私達の元に駆け寄ってきた。

 ニヤニヤ、いつもとは違ういたずらっ子のような笑い方で私を見る。変なの。


「楽しかったよ?」

「それは良かったー。大がかりだったんだからね」

「へ?何が?」

「台本とか、諸々よ。まったく。あんたは本当に鈍感ねぇ」

「えへへー」

「褒めてないっつーの」


 仲良く会話する私と加奈から一歩後ろで、狼くんは「確信犯か……」と呟いていた。どうしてだろう?

 それよりも、まだ学校祭は終わってないのに片付けて始めていることにも、不思議だ。まだ、他のクラスは片付けてないのに。

 壁の装飾を外したり、使った機材を洗ったりしている。


「ね、どうして片付けてるの?」

「ん?ああ。思った以上に好評で、売り切れたんだって。こりゃ、最優秀クラス賞取れるんじゃない?」

「わー、皆のお陰だねー」

「違うよ。あんたのお陰。そもそもこれはあんたがレシピを用意したんだし、クラスもあんたの為に頑張った」

「そんな、訳、ないよ……」

「そんな訳あるの、あんたと……生瀬くんのお陰でこのクラスは纏まった。こんなんでも私達、あんたに感謝してるのよ?」

「……俺?」

「私と、狼くん?」


 私と狼くん、二人揃って首を傾げた。

 何か、加奈の口から語られる私が異様に凄い女の子になっていて、本当に私に言われてるのか分からなくなる。

 どうしても、現実味がない。


「最初は、あんたが手を挙げた時は皆驚いたのよ?前に出るような人だと思ってなかったから。なのに、いつの間にかあんたの人の良さが皆に伝わって一つになった」

「本当かなぁ?」

「信用出来ないって言うの?」

「イヤイヤ、するけど。でも、私、そんな良い性格してないよ。皆、誤解してるんだよ」

「あーもう。ウダウダウダウダ……自分に自信を持ちなさい。凛子、あんたは凄い子なんだって。自分では分かってないと思うけど、凄いのよ?」

「う、うん……」


 加奈の勢いに飲まれる様に頷いた。


「あと、もう一つ分かってないと思うことがあるけどね。ま、私は言わないけど」

「もう一つ?」


 加奈は私にウインクをしてから、指を差した。相手は私。けれど、目線は狼くんへ。まるで、目配せして何か伝えているみたいに。


「片付けはお世話になった分、私達で終わらせるから二人はお好きに時間を潰してて。はい、屋上の鍵」


 半ば無理矢理、クラスの皆のニヤニヤした笑顔に押されて私と狼くんは、屋上へ向かう。

 申し訳ないと思う気持ちと、加奈への疑問と、知らない感情への不安と、私の心は複雑に入り乱れていて一瞬吐きそうになった。

 危ない危ない、狼くんに引かれる所だった。




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