ブザーの音
──ブー
開演の音だ。
丁度、私達は自分のクラスの発表に間に合ったみたいだ。
入口は邪魔だから、と大きい狼くんを押して一番後ろで立つことにした。幸い、目が良いから特に支障はない。
カラカラカラ、と幕が開いたが、舞台には誰もいなく木が数本並んでいた。
私は展示だから、発表には一つも関わってないから分からない。どんな内容になったんだろう?
「昔々のそのまた昔。ある山の中に羊のリンが住んでいました。リンは、小さくて臆病で、いつも皆から離れていました」
ナレーターの穏やかな抑揚ある声が響いた。あ、この声。黒い天使だ。
舞台に、ピョコンと全身をフワフワの毛で覆ったリンが飛び出してきた。けれど、リンは、仲間の輪に入る事が出来ずにウロウロしていた。
「リンは料理が得意で、暇な時にはお菓子を作っていました」
リンの前にはお手製のキッチンやレンジやらが出てきた。羊が現代的なお菓子作りをしている事にちらほら笑い声が飛んだ。
「そんな、リンのお菓子の良い匂いに誘われて一匹の狼がやってきました」
舞台の端から、大きな耳の毛むくじゃらな狼が走ってきた。
剥き出しの頭は、真っ赤。あ、赤い天使だ!
「んむ?良い匂いがするぞ。何を作っているのだろう?」
「まあ、狼さん。お腹が空いたの?このクッキー食べれるかしら?」
「もぐもぐ、ごっくん」
狼は、リンからクッキーを受け取りすぐさま口に放り込んだ。そして、ぽんぽんとお腹を叩いた。
「お前の料理、上手いな。お前、なんて名前だ?」
「リン。私は羊のリン。貴方は?」
「俺は狼のロウだ。安心しろ。お前は食わないから」
「大丈夫。貴方は私を食べないって分かってるもの」
「俺は狼だぞ?食べないって言葉そんな簡単に信じて良いのか?」
「ええ。だって、ロウは狼なのに優しくて温かいから」
「……変な奴だなぁ」
「狼のロウと、羊のリンは次第に打ち解けていきました。お互い喰われ喰う側だという事を忘れて、同種よりも仲良くなりました」
舞台は暗転し、次に照明が付いた時には、舞台セットは岩山へと変わっていた。
腕組みをして、頭を傾げるリンの横にロウは座っていた。
「ねぇ、ロウ。私は、皆の名前を覚えられないの。だから、皆に仲間外れにされて」
「良いんだ。それだけで仲間外れにする奴なんか、どうせその程度の奴だ。大体、リンは俺の名前を覚えてるだろ?」
「うん。それは沢山会ってるし、絶対に忘れたくないって思ったから寝る前に貴方の名前を呼んだから覚えれたの」
「……恥ずかしい奴だなぁ。つまり、リンが覚えれないってことはどうでも良い奴なんだよ」
「そうね。私、ロウのことを好きだからすぐに覚えれたのね!」
リンの声が大きく響いた。そして、同時にガタガタッと岩山からロウが落ちた。
「い、今、何て?俺の事を好きだって?」
「ええ。そうよ。だってロウは私の初めての友達だもの」
「なーんだ。そういう意味か」
「鈍いリンに、ロウはガックリ肩を落としました。実はロウは、リンに恋していたのです」
「ところでロウは帰らなくて良いの?私の様に、群れで行動しなくちゃいけないんでしょう?」
「ああ……ああ」
「もしかして、はぐれたの?なら私探すよ。ロウの大事な家族を」
「あー、いや。そんなんじゃない。ただ俺はアイツラのやり方が気に食わなくて避けてるんだ。アイツラは無闇に羊を食うんだ……はっ」
「ロウは思い出しました。リンが羊だということを。今の言葉で、リンを怖がらせてしまうのではと、ロウは焦りました」
「私のせい?私が羊だからロウは羊を食べるのを嫌がるの?」
「あ、ああ」
「ロウはなんて優しいの!?私達羊は肉食の動物に食べられるのを覚悟で毎日生きてるの!だから、そんな優しい気遣いされると泣いてしまうわ!」
「な、泣くなよ……嬉しいのか?」
「ええ。嬉しい。でも、ロウ。一つお願いがあるの」
「何だ」
「もしもの事があれば、私を食べて。羊を食べて。ロウの事もお仲間の事も恨んだりしないから」
「嫌だ。リンがいなくなるのは、嫌だ」
「私もよ、ロウ。けれど、自然の摂理なの。別に今すぐにいなくなるんじゃないんだから、大丈夫よ。それに私はまだ死ねないしね」
「どうして」
リンは岩山の頂上へ駆け上がり、腕を天井に突き付けた。
「ロウみたいな狼がいるってことを皆に伝えるの」
「皆って誰だよ」
「私の仲間。羊達よ。大丈夫、きっとロウなら優しいからすぐに受け入れてもらえるわ」
「でも、俺は狼で……」
「リンは少しズレていました。問答無用でロウの腕を引くと、山を降りて、羊達の群れへと帰っていきました」
「キャア!!リンが狼に食べられてしまうわ!!」
「よく見て、カナ。この狼は狼でも優しい狼なの。食べようとなんてしてないでしょう?」
「確かに……言われてみればそうかも。よろしく、狼さん」
「……グルルルル」
「キャア!!」
「こら!ロウ、威嚇しないの。大丈夫。カナは私の唯一のお友達だから、安心して」
「リンとソイツが仲良いのを見て腹が立ったんだ。すまん。けど、そいつなら食って良いよな」
「そんな心臓に悪いジョークは要りませんっ」
「ロウは酷い独占欲でした。リンがカナと仲良さげに話す物だから、嫉妬してしまったのです。ですが。二人のやり取りを見て安心したカナは仲間の元へ帰って言いました」
「ねえねえねえ!リンが連れてきたロウって狼さん、私達を食べる気なんてないんだって!それどころか仲良くしたいって!」
「なんだいそりゃ、本当に狼かい?信じられんねえ……本物だぁあ!!」
「あら、丸顔のお婆様。そんなに驚いてどうしたの?」
「どうしたもこうしたもねぇ!なして、狼と共におるだ!狼なんて、危険な奴と一緒にいたら喰われちまうよ!」
「食べないわ。ロウは良い子だって知ってるもの」
「へえ、リンが連れてきたんなら信じてみっか。おうい!孫達、出ておいで!」
「……ガウ?」
「リンは馬鹿がつく程真面目で真っ直ぐな心の持ち主だと、皆知っていました。なので、すぐにロウを受け入れ、次第にリンとロウは輪の中心へなっていました」
舞台はゆっくり暗転し、穏やかなライトでリンとロウが照らされた。
「ねえねえ、ロウ。今日の鬼ごっこ楽しかったわね。最終的にはロウが鬼になっちゃって、狼ごっこになったわよね」
「……」
「明日も遊ぼうね。鬼ごっこはしたから、次は色鬼にする?それとも古今東西?」
「……」
「さっきから黙りね。何かあったの?」
「すまん、リン。明日、遊べないんだ」
「なぁんだ、それで深刻な顔をしていたの?別に明後日も明明後日も来れるんだから、そんな重く考えなくて良いのに」
「明日だけじゃない。明日も、明後日も、ずっとずっと来れなくなってしまった」
「私達はロウが狼だから嫌だなんて思ってないわよ」
「そうじゃない。俺の仲間がお前達を食べようと計画してるんだ。だから、アイツラの目の届かないもっと遠くへ逃げて欲しいんだ」
「ロウの必死の剣幕に負けたリンは、このことを皆に伝えその夜には親しき土地に別れを告げました。羊達は野を越え山を越え、狼から遠く離れました。そして、一安心して穏やかに暮らしました。けれど、リンだけは上の空でした」
「……はぁ。ロウ……」
「鈍いリンには自分の気持ちが恋だなんて、分かっていませんが、熱い思いが渦巻いているのだけは理解出来ました。今までの住みかを遠く眺めては、ため息をつきます」
「……はぁ。リン」
「ロウも同じでした。仲間に喰われず、遠くで生き延びているリンを思ってはため息をつきます。そして、どうして一緒に行かなかったのかと後悔するのです」
「よし、私は決めたわ。ロウの元へ帰って、一人で寂しい思いをしてないか確認する!」
「リンは誰にも告げずに、夜中に住みかを抜け出そうと試みました。しかし、老羊に見つかってしまいました」
「あの、ロウの所へ行くのかい?」
「どうして分かったの?お願い、秘密にして」
「ロウから別れたアンタは気落ちして酷かったからねぇ、分かるわい。じゃけど、秘密には出来んよ」
「お願い。私はロウに会いたいの。ロウもきっとそう思ってるわ!」
「……どうせアンタなら言っても聞かないんだろうね。変な所、意固地なんだから。仕方がない、いってらっしゃい」
「ありがとう!丸顔のお婆様!」
「……あの子の名前を覚えられない病はいつになったら治るのかねぇ」
「リンは走りました。野を越え山を越え、ひたすらにロウに会う為に走りました。距離が近づく程ロウへの思いも強くなっていきます。そして、かつて二人が出会ったキッチンに着きました。リンは考えました。また、あのクッキーを作ったらロウに会えるんじゃないか、と」
走るリンの前に再びキッチンが現れた。軽快に某料理番組のテーマソングに合わせて、リンはクッキーを作る。
「リンの思惑通り、クッキーの匂いに誘われて一匹の狼がフラフラとリンの元へやってきました」
「ああ、何だか良い匂いだ。君のこと、ちょっと食べても良いかい?」
「ええ、良いわよ!……え、私?」
「その狼はロウではありませんでした。虚ろな目でリンを見つめながら、飛びかかってきたその時」
「ガウウウウッ!!!」
「ロウ!」
「ロウが助けてくれました。二人は狼そっちのけで感動の再開に花を咲かせます。別れてとても寂しかった、会えて良かったと言笑します」
「何だよ。ロウ、お前は俺の仲間だろ?何でそいつを守るんだ」
「この子は、リンは、とても良い子なんだ。優しくて、温かくて、柔らかくて、綺麗な存在。一人だった俺に存在価値を与えてくれた」
「ただの食事になんて思いを寄せてるんだよ」
「食事じゃない。リンは、リンは……俺の大好きな羊なんだ!」
「ロウ……ありがとう。私もよ」
「リン……」
「ああ!もう、ウザイウザイ!!ロウもとっとと目を覚ませよ!羊に恋したって意味ないんだって俺が教えてやるよ!!」
「狼は発狂すると、リンに襲いかかってきました。食べられる、そう思った瞬間に、リンは目を深く食いしばりました。しかし、どこも痛くありません」
「ロウ!」
「ロウが身を呈して守ってくれたのです。避けたものの若干の爪痕がロウの左頬に残されていました」
「何だよ、何だよ何だよ!!俺じゃなくて羊を取るってのか!良いよ、もう知らないからな!」
狼は舞台袖へと逃げ帰った。
「ロウ、ロウ。しっかりして。ごめんなさい、ここまで来てしまって」
「謝るな。対した怪我じゃない。それより、俺と同じ気持ちってどういうことだ?さっきの、私もよって」
「私も、ロウと同じく大好きって意味よ」
「……お友達としてじゃなく?」
「え?最高のお友達としてよ?」
「必死で守ったロウはそりゃないよ、と項垂れました。でも仕方ないのです。リンは自分の気持ちに鈍感なのですから」
「じゃあ、俺と一緒に暮らそう。そうすれば、俺のことが好きだって分かるだろ?」
「?好きだけど、どうして?」
「ああもう、この鈍感が」
「こうして、リンとロウ。羊と狼は、末長く若干の難がありつつも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
最後に、劇に出てきた皆が壇上に整列して、幕が降りた。遠くからでも、赤い天使の満面の笑みが分かった。
──ブー




