温もり
泣いた。涙腺崩壊したんじゃないかってくらい泣いた。けど、今回の涙は嬉し涙で流しても流しても悲しみはやってこなかった。
「狼くん」
「何?凛子さん」
狼くんが私を抱き締める力が強くなった。ぎゅーっと音をたてて、私の肩が壊れてしまいそう。
「ずっと長い間、ここにいたねー」
「そうだな」
「もうそろクラスに戻らないと皆に迷惑かけちゃうね」
「でも、帰りたくない。こうしてたい」
と、優しく撫でる狼くん。あまりにも積極的すぎて照れてしまう。熱い、あつい。
「もう、甘えん坊さんなんだから」
軽くあしらうフリしながら、顔の赤さを誤魔化した。
「ちっ」
「舌打ちは受け付けませんー」
するりと狼くんの腕の中を抜けて、多目的室の扉の前で狼くんを見た。私の前に狼くんがいる。当たり前のことに嬉しくなる。
「一緒に回る?」
狼くんは私の言葉に小さく頷いた。
☆ ☆
「楽しかった?」
私たちの教室に向かって歩く狼くんの顔を覗くと、狼くんは軽く口角を上げた。そこそこに楽しかったのだろう。
「楽しくもなくもなくもない」
「楽しかったんだねー」
ずばっと切ると、狼くんが睨んでいることに気がついたけど、私は気づかないフリを通した。
だって、狼くんは実際楽しんでいたもの。
フランクフルトを食べて、催し物を見て、射的をして、可愛い狼の人形を当てて、苦笑いを浮かべていたけど、楽しそうに見えた。
「凛子さんは?」
「ん?私はね、勿論楽しかったよ。狼くんと回れたからね」
「……おう。俺もだ」
「ん?何て言ったの?」
わざとらしく聞いてみれば、狼くんがじとっと睨んできた。最近睨まれていることが多い気がする。
「もう、言ってやんねー」
「うわー。そんなこと言わないでよ。あと、歩くの速いってばー」
「それは、わざとだ」
「ううっ。私の足が短くって狼くんの足が長いことを知っているのかっ!酷いぞ!」
「違う。凛子さんがチビだからだ。凛子さんの身長とかもろもろ考えたら足は短くはない」
「褒められているのか、貶されているのか……」
「褒めてる……多分」
「多分は要りません」
ぎゅっと狼くんの横腹をつつくと、狼くんは顔をしかめた。本当でしかないのに、と呟いていた。
「あれ、凛子。おかえりー」
突然、聞こえた声が加奈だと分かったのは数秒後。エプロンを着ながら、私に手を振っていた。
「ごめんねー、長く空けてて。大丈夫だった?」
「ん。大丈夫よ。あんたが考えてくれたレシピがあるからね。なんとかなるわ」
「なら良かった。迷惑かけてたらどうしようかと思ってたの」
「迷惑かけてないわよ。どちらかというと、今私の方が迷惑かけてるかも。ほら」
加奈が私の後ろに向かって指差した。すると、眉間にシワを寄せながら早く終わらせろオーラを漂わせる狼くんが。
「こら、狼くん。ちゃんとしなさい」
「……ちっ」
軽くたしなめると、狼くんは私の制服の裾を掴んで一歩後ろに下がった。
「なんか、変わったわね。何かあったの?」
加奈が私の耳元で囁くように聞いた。心当たりがありすぎて、思わず口が震えた。
「な、何が?」
「距離が近いというか、何というか。……とにかく、なんか良い変化があった感じがする。ビンゴでしょ?」
返事はしなかった。出来なかった、のに自然と顔が赤くなったのが返事となった。
「ふふーん。私は応援するけどー?」
「なっ!応援ってなにさー」
「それは、自分の胸に聞いてみなさいよ」
それか、生瀬くんの胸にでも聞いてみる?と憎たらしい笑顔で加奈は言った。幸い、狼くんに聞こえるような声の大きさではなかった。
加奈は最後に「そう言えば、私達のクラスの発表もう少しで始まるみたいよ。二人で行ってくれば?代表なんだし」と、半強制的に背中を押した。
「発表って体育館だよね?」
狼くんを見ると、モゴモゴ口を動かしていた。言いたいことを吟味しているみたいな不思議な動作。
「あー、さっき、何話してた?」
「そんなこと気になるの?男の子なんだから、気にしない。気にしない」
「じゃあ、俺今から男を止める」
「たったあれだけのことで男を止めるの!?ってことは、狼くんが狼ちゃん?……良いかも」
「良くねーよ。図体があり得ないだろ」
「はっ、確かに。こんな大きな女の子は怖いねー」
「で、本題忘れてないか?」
「ん?なんのこと?」
「っち。すり替えやがって」
「最近、狼くんは口が悪いよ。もっと柔らかい口調で!」
「どうでも良いよ。凛子さん以外の奴なんて」
ぷいっ、と頬を膨らませながら狼くんは先に歩いてしまった。狼くんが先を歩くと私の歩調に合わせてくれないから大変なのよ、とぶつぶつ文句を言えば振り返ってゆっくり歩いてくれた。
「今回だけだからな」
「ん!」
そう言いながらも次も狼くんはゆっくり歩いてくれるのだろう。優しいから。




