凛子さんの反抗期
少し前から凛子さんは変だとは思っていたが、本格的におかしくなってきた。
凛子さんが初めて、俺のために晩御飯を作らなかったのだ。昨日のことだ。いつもならどんなに疲れていても作ってくれるのに家にすら来なかった。
晩御飯が食えなくて死にそうだった。とか、そんな話じゃない。凛子さんが作ってくれた料理を俺が食べてまったりするあの時間が重要なのに、来なかったらそんな時間すら作れない。
一昨日だってそうだ。母親が俺に会いに来た日だって凛子さんが帰ってきてくれるのをずっと待っていたが来なかった。その次の日(昨日)の朝も。
俺の事を嫌いになったのか。俺の事が面倒になったのか。と色んな事を考えては、凛子さんが俺の隣からいなくなる未来を想像して怖くなる。
違う。きっと、凛子さんはいなくならない。けれどいなくならないで欲しいっていう願望からの妄想にしかならない。
きっと明日の朝も来ることがないのだろう。なら、明日学校に行って聞いてみないと。
☆ ☆
「おはよう、凛子さ……」
学校について教室に入ると凛子さんは既にいた。
一人で座って窓の外を眺めているから思いきって声を掛けようとしたところ、後ろから何かに邪魔された。
「ぐっもーにん、狼ー!」
ぐきん、と首は異常な音をあげて前のめりになった。
何事だと首を捻ると後ろには以前俺に話しかけてきた赤髪の女だった。
どうやら彼女曰く<痴漢撃退チョップ>をおみまいしたらしいが、俺は痴漢ではないし無駄に痛い思いをしただけだ。
女であろうと手加減しないのが俺の流派だからチョップ返しをしてやろうかとか考えたが、前にり凛子さんに止めなさいと咎められたのを思い出して、睨む程度で済ませてやった。
「たははー。そんな怖い顔するなって、うちだっつーの」
そう言いながらも俺の痛めた首をどんどんと殴ってくる。
凛子さん程優しい人になれとは言わないが(どうせなれないだろうし)、もう少し暴力をなくせ。この女郎。
その前に話すのが二回目でこんなにもフレンドリー(だとしたら意味をはき違えてる)なのが普通の高校生なのだろうか。
だとしたら俺は普通にならなくて良い。
「……離せ。退けろ」
「はぁ?こぉーんな可愛い女子捕まえて離せって意味わかんねー」
「意味が分からないのはこっちだ。それに俺は凛子さんに話しかけたいんだ」
「あ、凛子ちゃん?丁度うちも話したかったんだ。凛子ちゃーん、ちょっと来てくれねーか?」
大きな声で赤いのは凛子さんを呼ぶと、外を見ていた凛子さんは俺達に気がついた。
しかし一瞬俺達のことを見ると顔をしかめた様に見えたのは気のせいだろうか。
ああ、いや。気のせいということにしておいて、凛子さんは少し小走りでこっちにやって来たのを眺める。
やっぱり凛子さんは小動物みたいだと改めて思った。うむ、可愛い。
「なぁに?」
「あー。やっぱり凛子ちゃんはカワイーな!もう!」
「えへへー。そんなことないです」
ぐしぐしと頭を撫でられている凛子さんは柔らかく笑った。やっぱりさっきの表情は俺の凛子さん不足による副作用だったのだ。
「……凛子さん。昨日なんかあったのか?」
「昨日?特に」
「あの、突然帰ったり、帰ってこなかったりしたのは何かあったからだろ?」
「ああ。あれはね、ちょっと用を思い出して帰ったの。あとね、お母さんとの楽しい時間を邪魔したくなかったの
「……邪魔して良かったのに」
「そんなこと私が出来ないの知ってるでしょ?」
「むっ。確かに凛子さんは優しいからな」
「何だよー。うちに分かんねー様な話ばっかりしてつまんねー」
ばんばんと俺の肩を叩いてくる赤い髪の同級生。
分からなくて当然だ。俺と凛子さんの事情なんだし、理解される必要もない。つーか、するな。
「昨日のことについて話してたの」と、凛子さんが隠そうとしていたのに言ってしまう。だから、苦し紛れに唸る。
「……お前に関係ない」
「お前じゃないっつーの!うちの名前はなぁ、陣野佑樹だ。覚えとけぃ!」
びしぃっと俺の目の前で胸を張った。
言っちゃ悪いと思うが凛子さんの方が何倍も大きいだろう。
「頑張るね」と、凛子さん。
凛子さんの特性を知ってるから思うけど、きっと明日には忘れているんだろう。
はっはっはっ。ザマーミロ。凛子さんが忘れたとしても絶対に教えてやらないし俺も覚えてはやらないからな。
俺よりも短期間で覚えられようなんて良い根性してるからだ。
「凛子さん今日のお昼ご飯は?」
暴れる同級生を視界から外して俺の分も作ってきてるの?とそういう意味で聞くと、
「何が?」
いつもと変わらない優しい笑顔で帰ってきた。ん?なんか、怒っていないか?これは気のせいで収まらないぞ。
「それって作ってないってこと?」
「うん!」
またまた良い笑顔。ああ、やはり怒っている。
凛子さんの謎の怒りの原因に頭を抱えながら、項垂れた。




