☆帰宅じゃなくて、訪問
「はあっ……」
大きくため息をついてからベッドに飛び込んだ。
激しく鼓動する私の心臓を包むように、私の布団は柔らかかった。何でこんなにも心臓が五月蝿いのだろう。
理由は具体的に分かってないけど、ぼんやりと狼くんが関連しているってことは分かる。
だって、この心臓がこんなにも五月蝿くなったのは狼くんに撫でられてからなんだもの。
本当に、今日の私はおかしすぎるよ。
狼くんの家を出てったり、心臓が悲鳴をあげたから走って自分の部屋に逃げたりしている。
狼くんはこんな私をどう思うんだろう。
苦しいくらいに騒ぐ胸を押さえながら私は再度、ため息をついた。
☆ ☆
「何で……」
玄関で立ちすくむ俺の前にいたのは、やはり母親だった。いつもと変わらぬ佇まいで俺を見上げる。
さっき連絡が着たから、母親が来るのは分かっていたが久し振りに会うと変な質問をしてしまう。
「さっき連絡したじゃなぁーい。取引先が日本だったからついでに家にも帰ってくるって」
「……帰ってくるじゃないだろ」
ぼそりと呟いた。
どう考えてもその言葉は変だ。ほとんど家に戻らない人間なのだから『帰る』なんて表現方法を使って欲しくない。
金を入れてるだけありがたいと考えるべきなのかもしれないが、今ではもうこの家は俺の家のような物だ。
「んもう。私が家を空けてる間に反抗期になっちゃったのね。あっ、そうそう」
母親は長い髪の毛の先を指で遊びながら唇を尖らせていたが、不意に大きな声をあげた。
乱暴にヒールを脱ぎ捨ててから、大きな手荷物を振り回すようにして部屋の中に入っていく。
俺はしばらく母親の行動を見てから、俺も母親の後を追った。
母親は荷物を盛大に放り投げてからソファに座ったが、俺は出来るだけ遠くに行きたかったから玄関の前の廊下で胡座をかいた。
「んーっと。何を言おうとしたのかしらぁー?」
そう言いながらぱたぱたと足を揺らす母親は一見幼女のようであった。
本当にこんな女性が母親だとは、実の息子ながら信じられない。
俺は長身の部類に入ると思うが、母親は140㎝のという低身長である。
それに行動や服装は幼いし、童顔だし、意味の分からない発言をするしこの人は本当は小学生なのかもしれない。
これで大企業の社長だから驚きだ。
「……日本にはどれくらい」
「んー。後もう少しいようかしらー」
「……」
「嘘よぉ。すぐに帰るわ。だからそんな顔しないでよぉ。私だって久し振りに狼に会ったんだから笑顔を見たいのよ?」
「……」
「むぅ。でも彼女のお陰で表情が大分柔らかくなったのを見れただけで十分よぉ」
「……凛子さんのことか?」
「そりゃそうでしょ。やっぱり狼のお世話を唯川さんのとこの娘さんに頼んで良かったわー。凛子ちゃんだったら狼を変えれると思ったものぉー」
母親であるのに息子の事を自分で変えようとしないのが流石だ。いや、今更母親面されて変えられても困るが。
まあ、この人に何かされるのは嫌だからそれだったら好きな凛子さんが側にいてくれることの方が嬉しい。
「はぁ」
「あっそれよ。さっき狼が凛子ちゃんのことを呼んでいたけど何があったの?」
「……関係ない」
「むむぅ。まあ、良いわよ。ママには言えないお年頃よね。でも、凛子ちゃんだけは絶対に大事にしなさいよ」
「そんなの……当たり前だ」
「よしよし、それでこそ私の息子よ。じゃあ、もう仕事の時間に近づいてきたから戻るわねぇ。あ、その荷物は全部向こうでのお土産だから。凛子ちゃんにもあげてねー」
母親が指差した先には前に放り投げた手荷物が落ちていた。
まさか、こんな大量な荷物全てがお土産だとは思っていなかった。
お土産を買ってきたり家のお金を負担してくれるのだが、放任主義過ぎる性格の母親に思わずため息をついた。
「あ、ちょっと待て」
「どうかしたの?狼から話しかけるなんて珍しい。ママ感激ぃ~」
「ん」
少ない言葉で乱暴にしながらも手に持っていたのは、宿泊研修で買ったお土産だった。
小さいものだが渡すのは少し照れ臭くて、出来るだけ目を見ないようにして母親に届くように投げた。
「お、土産……?狼が私のために?え。何がおこったの?どうして?ね、ねえ?ねえ?ねえ?」
「何度も言うな。持って帰れば良いだろ」
適当に言ったはずなのにみるみると母親の顔はだらしなく緩んで笑顔を見せた。
「うんっ!狼からのお土産、大事にするからね。もうっ、家宝として金庫の中にずっと入れておいて、孫にも見せる!お父さんが私にくれたんだよーって!」
「……さっさと食え。大事にするな」
「うふふっ。じゃあね」
「……またな」
俺が適当でも挨拶らしきものをすると母親は更に笑顔になった。
小さい背中を覆う位まで伸びた髪の毛をフワリと揺らしながら、俺の家……もとい母親がたまに帰ってくる家を出ていった。
まったく。風のようにやって来ては、風のように過ぎ去っていく。
小さい頃はそんなあの人によく振り回されたものだ。
そのせいもあって母親のことは好意的に思えないが、嫌いにもなれない、面倒で不思議な人だ。
「あー。凛子さんに頑張って母親と会話出来たって早く言いたい……」
俺は小さく呟いた。




