☆狼くんのお母さん
「あれ、狼くんそこで何してるの?」
俺が予想していたのとは全く違う人、凛子さんの声が入り口の方から聞こえる。
頭を覆っていたクッションをずらすと、やはり入り口に立っていたのは凛子さんだった。
「凛子さんが脅かすからだろ」
「あ、もしかして。私が入ってきた音をお母さんが入ってきた音だと思って隠れようとしたのー?」
ぎくりと、心臓が凍るかと思うほど凛子さんの言葉は的を得ていた。ニコニコ笑顔の凛子さんの筈なのに鋭い。
正直扉が開く音が聞こえた瞬間に母親だと思って隠れたのだ。まあ、こんなクッションで隠れることが出来るなんて本当には思ってないが。
だが、それを凛子さんに知られるのは恥ずかしいから誤魔化すことにした。
「……な訳ない」
「ぬっふふーん。その顔は図星な顔ですなぁー」
「……」
普段鈍感なクセして何故こんな時だけ勘が鋭いんだ。
むしろ、今俺の心情を読むことよりもいつもの俺の心情を読むことに専念してほしい。
しかし、勘が鋭すぎる凛子さんは凛子さんじゃないからこれでいいのかもしれない。
ふと、一人考えながら一つの疑問が沸き上がってきた。
「何で、そんなにハイテンションなの。旅行が終わったから?」
「えへー」
俺が聞くと凛子さんは後ろで腕を組んだまま体を揺らした。
そう言えば、凛子さんは家に入ってからずっと腕を後ろで組んでいるが何か隠しているのだろうか。
そう考えると凛子さんがいつもよりもニコニコしているのも、声が高めなのも納得がつく。
「そんなに知りたいの?」
「あー……知りたい」
何か今の凛子さんに絡むと面倒くさそうだから、適当に頷いた。一瞬、凛子さんは不服の表情を見せた。
「む。その間は何なのか置いとくとして、教えてあげる。それは、じゃじゃーん!」
凛子さんの謎の効果音と共に前につき出された手が持っていたのは、小さなストラップだった。
凛子さんの掌程の大きさもないから、結構小さい。
けれども、そのストラップは一つ一つが凝っていて、小さな天使があれば兎や狼、羊や林檎など色んなジャンルの物があった。
「もしかして、これ作ったの?」
「うんっ」
「俺の家を出てからの間で?」
「勿論っ」
「凄いね。凛子さんは本当に何でも出来る」
こんなにも家事が出来る女性見たことない。
俺の母親も凛子さんのような人だったら良かったと想像してみたが、そうすると凛子さんと知り合えない可能性があることを考えて、想像をやめた。
「ありがとう。でも、私はね。本当は何も出来ないんだよ。ただ、狼くんの役にたちたいから練習してるだけなの」
満面の笑みで凛子さんは言った。
凛子さんが目の前にいるから表情は出さないが、凛子さんの言動全てが可愛すぎて悶えていた。
それと同時に、役に立ちたいと思われるほど俺は頼りない奴だったのかと不安になった。
凛子さんはいつも俺のことを思ってくれて、いつも俺のためと言って行動してくれるのが恥ずかしいが嬉しい。
だが凛子さんにそこまで思ってもらえるほど、俺は凛子さんに何かを与えることが出来ていない。いつも俺だけ凛子さんから幸せをもらってる。
凛子さんに何かを返したい……が、何を返せば良いのか分からない。
取り合えず凛子さんには嬉しいか分からないが、俺にとっては嬉しかったことを試してみることにした。
「……ありがとう」
凛子さんの小さな頭に手を乗せてゆっくりと撫でる。
前に凛子さんにこうやって撫でられた時、俺は嫌がる素振りを見せたが実は内心心臓が口から出そうになるほど高揚していた。
だから凛子さんも喜んでくれると思ったが…それは、間違っていたみたいだ。
凛子さんは俺が手を置くと同時に顔をトマトよりも赤くさせて俺を見つめたのだ。
怒ってるのか、泣きそうなのか不思議な表情だから俺はすぐに凛子さんの頭から手を離した。
凛子さんに嫌われたくない。
そんな思いだけがドクドクと頭を駆けめぐり顔を熱くさせる。
「……っあ。ごめん。嫌だった?」
「ん。違うの。何か、私。おかしいみたいで」
「……おかしい?」
「何か変なの。いつもと違うことを考えてるっていうか。変なことで心拍数が増加するというか。何というか」
「……」
「そ、そう。変だから。これも作ったんだったの。このストラップ、頑張って作ったから狼くんに持っていて欲しいの」
凛子さんは俺の目の前につき出していたストラップ達を俺の手の中に包み込むと、自由になった手で顔を隠した。
けど、隙間からはまだ赤い顔が見えている。可愛いな、おい。
「お、おう……」
「じゃあ。帰るねっ」
「ちょっと待って……」
帰ろうと背中を見せた凛子さんの腕を掴もうとした腕は、凛子さんには届かなくて弧を描いて降りていった。
ぱたぱたと駆けていく凛子さんを追いかけて無駄に嫌われるのが怖かった俺は、ただ黙って座っていた。
凛子さんが駆けていったあと、扉の開閉音が聞こえた。凛子さんが出てった、次の音。
つまり、凛子さんが帰ってきたってことだ。
なら何で帰っていったの聞かないと。そう、呟いてから俺は立った。
「凛子さん、何でさっき出てったのさ……」
玄関まで走ってこの言葉を発してから、フリーズした。
なぜなら、そこに立っていたのは凛子さんではなくって最も期待してなかった人物。
「あら、凛子ちゃんがどうかしたの?さっき、真っ赤な顔をして家に走って行ったわよ?」
母親だったから。




