宿泊研修当日④
朝食を終えてから、私達は各自部屋に戻り掃除を始めた。
今日でこのホテルを出ていくからね、といつもよりも念入りに掃除をしていく。
家事は私の特技でもあり趣味でもあるから、一人でしていても楽しいはずだけど─
「部屋の掃除、私がやるから先に下のホールに行ってて良いよ」と私が言うと。
「いやいや、凛子ちゃんばっかにやらせてたら悪いから私達もやるよ」と、赤い髪の女の子。
「そうよ。学級代表だからって全部やろうとしなくても良いのよ」と、黒い髪の女の子。
そう言って同室の二人は笑ってくれた。それに思わず嬉しさの笑みが溢れ出す。
「ふぁぁ!ありがとう!」
─一人でも楽しい掃除は皆でやるともっと楽しいことが分かった。それに作業効率も上がるから楽すぎて不安になったくらいだ。
「ありがとうございました。皆のお陰で早く掃除を終わらせることが出来ました」
ペコリとお辞儀をしながら彼女達に言うと、赤い髪の彼女ががははと笑う。
「そんな改まって言わなくても良いのに」
「こっちこそ感謝しているんですよ」
なんって、良い人達なんだろう。あまり話したことのない人達だから、こんなにも心の中が温かい人だなんて知らなかった。
「あの、貴女達は天使の生まれ代わりですか?」
私が言うと、彼女達は顔を見合わせてから二人揃って声をあげて笑いだした。
え、私、失言しちゃったの?変なことを言ったの?それとも顔がおかしいの?
笑われている原因も分からないままあわあわしていると黒髪の一人がこう言った。
「本当に、凛子ちゃんって面白いね。うち達のどこを見たら天使に見えるってのさぁ?」
くすくすと笑っているから怒っている訳ではないんだなぁ、と思ってから私の本心を大声で言った。
「優しいところとか、私にも話しかけてくれるとことか、可愛いところとか……まだまだ言い足りないけどそんな感じなところがすっごい天使なの!」
「ぷっ、あはっははは……お腹痛い、ぃひひ、うちが天使なんて本気で言う人なんて初めて見たよ」
「そうよ、どんだけ人が良いのかしらね」
「え、っと気にさわったのならごめんなさい」
「そんな訳ないしょ」
「あたっ」
ぴんっとおでこを弾かれて少し後ろにふらついた。
「謙遜し過ぎだわ。別に悪いこと言ったんじゃないんだから謝らなくても良いの」
私にでこぴんをした方じゃない黒髪の天使が私のおでこを撫でながら笑った。
優しい笑顔で見ているこっちまで笑顔にさせられる。やっぱり彼女達は天使なんだと再確認。
丁寧な口調な黒髪の彼女も、いひひと笑う赤髪の彼女も優しい笑顔だ。さすが天使さん。
「そうだよ。うち達はただ凛子ちゃんが面白いって言ってるだけで、謝る必要なんてないのさ」
「ありがとうございます」
何か彼女達が神々しい。
「あーもう、可愛いなぁ!」
突然ぐしゃぐしゃっと頭を掻き乱された。丁寧に言うと、少し(?)乱暴に頭を撫でられた。
「ごめんなさいね。この子小動物が大好きで、凛子さんのことも好きなのよ」
「止めろよ……本人の前でそういうこと言うの。そっちの気あるのかって疑われるしょ」
「別に良いじゃない。私は貴女がどう思われても関係ないし」
「ほんっと……見た目と違って真っ黒な女だよな」
「あら、貴女みたいな子供とは違うのね。良かったわー」
「あー、腹立つ。凛子ちゃんは本当にこんな女天使だと思うのかよ」
わちゃわちゃしている天使達を見ていたら、不意に話しかけられた。答えを求めているみたいだから自信満々に答える。
「はい!天使にしか見えません」
「でしょう?やっぱり凛子さんは見る目あるのよ」
「だー!分からねー!どこが天使だよ!?」
赤い天使が黒い天使に襲いかかろう(?)と手を振り上げたからとっさに「ちょっ、待ってくださいっ」と叫んだ時だった。
「ほらっ、幼女!学級代表の仕事忘れてるんじゃないんですか!?」
ばぁんっと思いきり扉を開けて入ってきたのは学年代表。白い肌をピンクに染めて私を見ていた。
こんなにも学年代表の登場に喜んだことはないってくらいに救われたのは天使達には内緒だ。
そして、幼女っていう彼女なりの愛称を使ってくれたことが結構嬉しかった。
「っち、あんた今凛子ちゃんのこと幼女って呼んだしょ?」
「そうよ。今の言葉、聞き逃せないわね」
天使達は舌打ちをしてから学年代表に向き直った。
もしかしたら天使達の喧嘩が収まったと安堵したけれど、怒りの矛先が学年代表に変わっただけかもしれない。
「幼女を幼女って呼ぶことの何が悪いのかしら?」
「確かに凛子ちゃんは小さくて挙動不審で幼稚園児に間違われそうだけど、凛子ちゃんには凛子っつー可愛らしい名前があるんだよ」
「ええ、私達は許可なしに彼女を名前呼びしているけど流石に幼女呼びは失礼だと思うわ、学年代表サン?」
挑発するかのように、にこにこと笑顔な天使達が怖い。いやいや、私ったらなんてことを考えているの。こんな優しい人達に。
「な、名前呼び!この私に名前呼びをしろっていうのですか!?」
「そんなに動揺することねーと思うけど。その動揺の仕方だったら出来ないのかよ、学年代表サン」
「私に出来ないことがあると思ってもいるの?私は最高に素晴らしいレディーなんですのよ!」
「じゃあ、呼んでみろよ」
「ぐっ」
学年代表が蛙の潰れた様な奇妙な声をあげた。
「ほらほら出来ねーの?」
催促する赤い天使の手つきがどんどん激しくなる。それを見て後ろでは黒い天使が笑っていた。
「で、出来るわよ……それくらい……」と、学年代表は呟いてから大きく息を吸った。
「ぃ……ぃ……んこ……」
大きく息を吸ったはずなのに彼女が発した言葉は予想以上に小さかった。
どちらかと言うと学年代表の前で腹抱えて笑う赤い天使の声の方が大きい。
多分、そのせいで学年代表は耳まで赤くしてから私に向かって「し、仕事を忘れてはダメなのですよ!」と怒鳴って、私の手を引っ張った。
部屋を出る前に天使達に一礼をすると赤い天使は更に笑っていた。どうやらツボにハマったみたいだった。




