35 お茶会に現れたのは
アランと新たな関係を築く会話を交わして数日後、王家主導の教皇と聖女の就任式が執り行われた。
騒動から時間も経っていなかったこともあり、華美な装飾は省いて厳粛な雰囲気の中進められた。
式の前に対面した聖女、フェルミラ・オクサント嬢は、とても心清らかな信心深いレクシュトル神様の信者だった。
何故レクシュトル神様が彼女を蘇生し加護を与えたいと思われたのかも、彼女と話して人と成りを知れば自ずと理解できた。
フェルミラが身体を乗っ取られている間、国を守るために尽力していたイリスの姿に感化され、彼女も最後まで希望を捨てなかったのだという。
彼女の口からその話を訊いてから、国の為だけでなく友人として親交を深めている私たちは、ヘレインも交えて三人でお茶会をすることが増えた。
そして、あの騒動の夜会でイリスを護ったアランの姿にフェルミラは強い憧れを抱いたらしい。 お茶会の席でも、度々アランの話が彼女の口から語られている。
アランがレディだという事も知っていたが、それでもフェルミラのアランを見つめる眼差しには熱が籠っている。 聖女教育の最中もべったり寄り添っているらしく、務めが疎かになっていないか心配にもなったが、彼女の信仰心の厚さは恋や愛で薄れるものではないようだ。
定期的にチェビルの泉へ訪問する度に、フェルミラがしっかりと務めを果たしていると誇らしげに初代聖女様が教えてくれるので間違いない。
アランがフェルミラの気持ちをどう受け止めているのかはわからないが、彼はしっかりと教皇としての職務だけでなく、王家からの依頼も積極的に引き受け遂行しているとのこと。
イリスは彼とは十日おきに行われる王家と教会の親交を含めた定期会議で顔を合わせるだけ。 お互い個人的に言葉を交えることも、触れ合うことも今はしていない。
淋しくないわけではないが、自分もアランも多忙な日々を過ごしている為、今はこの距離感が適切なのだろうとイリスは受け止めている。
「 ――ところで、ザッシュとは最近どうなっていらっしゃるの? 」
「 ………… 」
「 イリス? 」
呆けていたイリスはヘレインの問いかけに幾度目かで気づき、彷徨っていた思考から急激に浮上した。 自分が彼等と半月ぶりのお茶会をしていたのだと我に返ったのだ。
怪訝な眼差しのヘレインと心配そうに見つめるフェルミラの視線は痛い程イリスに突き刺さる。
「 ご、ごめんなさい。 ……もう一度おっしゃってくださらない? 」
「 お忙しいのは存じておりますわ。 イリスの職務遂行能力の高さを評価されて、宰相閣下から本格的に職務の引継ぎが進められているのでしょう? 」
「 まだこれからの予定ですけれど、何とか任された職務は滞りなく進められるようにはなりましたわ 」
「 まぁ! そのような重要なお話……私までお聞きしてよろしかったのでしょうか 」
ヘレインの言葉に苦笑しながら返事を返すイリスだったが、フェルミラの戸惑いに目を瞬かせた。
「 お気になさらないで! 外に漏れて困ることなど話題にしておりませんわ。 ですけれど、私は王女としても次期宰相としても、次期王妃となるヘレインや聖女であるフェルミラとは共有すべき情報もあるでしょう? この場ではどのような話題が上げられても問題ないように、他の者たちには口止めしております。ですから御心配には及びませんわ 」
戸惑うフェルミラを宥めるように優しく話しかけると、彼女はホッと胸を撫で下ろした。
「 そのようなことを気にしていらしたの? 私たちの茶会は幼い頃から不定期で開いておりまして、王政に関する極秘の情報も飛び交いますの。 ですから問題ないよう場を整えておりますのよ 」
ヘレインも目を見開き驚いた後、何を今更言うのか?と言いたげな眼差しで苦笑して告げた。
すでにフェルミラを交えたお茶会は数か月に渡って開かれているので、本当に今更なのである。
「 以前から何故このような重要なお話に参加させていただけているのか不思議で……それでも仲良くしていただいていたので、お聞きそびれてしまっておりました 」
「 ――でしたらこれからはお気になさらないで下さいませね? 」
「 ありがとうございます 」
頬をほんのりと桃色に染めながら、フェルミラはイリスの気遣いに感謝した。
「 ――それで、ザッシュとは最近どうなっていらっしゃるの? 」
和やかな空気が漂い始めたところでヘレインは話題を戻した。
「 ザッシュ? 彼がどうしましたの? 」
「 どうしましたの? ではございませんわ! お気持ちが通じ合って、もう半年以上も経つのでしょう? 全くお二人の進展のお話がないではございませんか! 」
彼女の言う通り、イリスとザッシュは気持ちが通じ合ってから個人的にはほぼ会っていない。
以前は深夜に部屋に会いに来てくれたこともあったというのに、今ではメイロードと共に一緒にいるときにしか姿を見る事が出来ない。 しかも、彼はある任務の為王都にいない事もしばしばなのだ。
「 それは仕方のない事でしょう。彼は討伐隊総指揮の任務で、月の半分は討伐で国内各地を飛び回っていらっしゃるのですもの 」
「 ……それでも以前は密会も多くなさっていらっしゃったのに…… 」
「 …………それは、ザッシュの努力で成り立っていた貴重な時間ですもの。 私から会いに行ったことは片手で数えられる程ですし―― 」
イリスにはヘレインの問いに力なく答える事しかできなかった。 それでもヘレインは納得がいかないらしく、不満げな表情で眉根を吊り上げ文句を言う。
「 ――レディが殿方に深夜会いに出向くなど……それこそ大問題です! もしザッシュが自分がイリスに会いに行くのではなく、イリスが会いに来てくれることを待っているのであれば、とんだ大馬鹿者ですわよ? 」
これまで仲間の相談事はヘレインとは包み隠さず相談し合うようにしてきた。 だからこそ、彼女はザッシュウェルのこともイリスのことも理解した上で心配している。
それでもここまで不満を露にするという事は、ヘレインには思う所があるのだろう。
「 私から出向くのは流石に無理ですわね……。 メル兄様に知れたらザッシュと付き合う事すら反対されてしまうでしょうから…… 」
「 一体あの方は何を考えていらっしゃるのかしら! 」
まるで頭から蒸気が噴き出しているのではと思える程怒りを露にしたヘレインに、イリスは「 まぁまぁ…… 」と宥める事しかできない。
「 ザッシュウェル様は、王太子殿下の側近であり王国一の剣の使い手と称賛されていらっしゃる方ですよね? そんなにイリスと仲がよろしいのですか? 」
じっと二人を見つめながら話の行方を見守っていたフェルミラは、好奇心に負けて口を挟んだ。
「 え?……えぇ……一応? 仲はよいですわ 」
「 フェルミラ! ザッシュも含めて皆仲の良い幼馴染ですけれど、ザッシュのイリスへの想いは別格ですのよ! 妹を溺愛していると王国中に周知されているメル様に負けない溺愛ぶりなのですもの! 」
「 そうなのですか?! ……愛されていらっしゃるのですね!! 」
フェルミラの真っ直ぐな物言いにイリスは頬を朱に染め上げた。 しかし続くフェルミラの言葉で火照ったイリスの素肌は凍り付く。
「 ……ですが、私がお茶会に参加させていただくようになってから、イリスとザッシュウェル様が仲良く過ごされたというお話は、一度も聞いたことがなかったような…… 」
フェルミラは疑問を口にしただけだったが、イリスは悲しい現実に押し黙った。
「 あー……ですからそのような状況でしたから、私がイリスに彼との近況を訊いたのですのよ! 」
ヘレインは渋い顔をしながら気まずそうにフェルミラに告げた。
フェルミラはやっと状況を察し、彼女の口振りでイリスへのヘレインの心情も理解した。
「 そんなに心配なさらないで。 今はメル兄様の陛下との約束の一年まであと二カ月を切ってしまっていて、ザッシュも本当にそれどころではないと―― 」
「 ――イリス 」
突如話題の中心人物の声が王宮の一室に響き渡り、三人はぴしりと固まった。
振り向くイリスの視線の先、ドアの前には王国騎士団団長用の制服を纏うザッシュウェルの姿があった。
「 ザッシュ?! なぜここに? 」
ポロリと零れた本心は躊躇うことなくイリスの口から発せられた。 しかし、彼はイリスには言葉を返さず、二人に視線を向ける。
「 ――麗しのレディー方。 ご歓談中申し訳ないが、イリス王女殿下のお時間を少々いただきたい 」
ヘレインは不服そうに頬を僅かに膨らませていたが、口を開く前にフェルミラがザッシュウェルを窺うように「 お気になさらず! 」と口走った。
「 感謝する。 それでは時間も限られるため失礼させてもらう 」
まっすぐに返事を返すと、あっという間にイリスのソファの前まで歩を進め、さくっとイリスを横抱きにして立ち上がった。
「 ――では、ごきげんよう 」
淡々と告げられた言葉は風のように吹き抜け、イリスを抱きかかえた彼はもう部屋を後にしてしまった。
突然のザッシュウェルの登場。
文句を言う間もなく彼が去ってしまった事で、ヘレインは文句を言う暇もなくわなわなと口の端を歪ませることしかできなかったのだった。




