1 小説が始まるのかしら
一日1エピソード更新を目指して執筆致します。
AI補助なしですが、誤字脱字などできる限りないよう努めます。
よろしくお願いします。
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「 ――メル兄様! 」
重厚な両開きの扉の中へ衛兵に導かれ、王太子執務室へ足を踏み入れると幾つもの見慣れた姿が目に入った。
見知った顔ばかりで思わず顔を綻ばせてしまう。
「 やぁ、可愛い妹よ! 待っていたよ! 」
王女イリスの淡い水色のお姫様然りなドレスは、ふんわりとした膨らみが可愛らしいプリンセスライン。
ふわふわ揺らしながら足早に近寄るイリスの声に、いち早く反応して執務机の椅子から立ち上がったのは、王太子メイロード・ロワイトスだった。
『 賢王 』と呼ばれた『 初代ロワイトス国王の再来 』とまで賞賛されているメイロードは、博識で知略に長けている。 十三歳から国政に携わり忠臣にも恵まれた為、確固たる王権の地盤を固めた立役者と王国中の誰もが知っている。
信頼できる身内や部下には『 メル 』『 メル様 』と、愛称で呼ぶことを許すくらい器も大きい。
――私はメル兄様と呼んでいるけどね!
執務室は東西の壁に設置された本棚に、多くの文献や書籍が所狭しと収められている。 ――記憶力の良いメイロードは、執務室の本は全て暗記しており、王宮図書館の書籍類は全て読破している。
南の大きな窓には直射日光で本や書類が痛まぬよう、日中はボイル生地の清潔感のあるレースカーテンを閉めていた。
ふわりとした優しい光が室内を照らし、本の痛みを防ぐだけでなく心地よい雰囲気も漂う。 ――夕刻を迎えた為、薄暗くなり始めた室内は厚地のカーテンを閉め、シャンデリアに灯りを灯しキラキラと輝く温かい光に照らされている。
窓際の大きな執務机は室内の家具と揃えマホガニー製で統一されている。 深みのある赤褐色は心落ち着かせる色合いだ。 中央に置かれた上品な猫脚ローテーブルも然り。
囲む上質なダークブラウンの総革張りソファーは、座り心地が良く八人は優に超えて座れる大きさだ。 ――余計なものが一切置かれていないすっきりとした印象で、メイロードがいかに仕事の効率を重視しているかがよくわかる。
彼のすぐ傍には側近で幼馴染のヘルスベート次期公爵ザッシュウェルと、護衛のアストとハインの二人。 ソファに一人ゆったりと腰かけているのは、漆黒の外套を羽織りフードを深く被った情報屋のアランだ。
「 ……まさか、もうすぐ夜会ですのにまだお仕事されているのですか? 」
「 あ~……これから更に忙しくなるだろう? 終わらせられる書類は少しでも片しておきたくてね 」
ジト目で見つめるイリスに気まずそうに言葉を返すメイロードは、すでに豪奢な王族然りな正装に着替え、イリスが来るまでの間も諦め悪く仕事をしていた。
「 ほらね! や~っぱりおチビちゃんに怒られてるじゃん。 困ったお兄様だねぇ~ 」
「 ――おい! お前にお兄様とか言われたくないんだが? 」
『 おチビちゃん 』とイリスを呼ぶのは幼馴染の一人アラン。
深く被ったフードを外してにやりと不敵に笑う中性的美人の彼は、いつもイリスの事をおチビちゃんと呼ぶ。
――あんまり嬉しい愛称じゃないんだけどね
イリスはつい心の中でぼやいてしまう。
出会った当初は気に入らない愛称をアランに呼ばれて反発していたイリスだったが、見たままの通り自分の背が同世代の令嬢達より低かったことと、アランが親しみを込めて呼んでいると気づき、今はしょうがないと諦めている。
「 そう? おチビちゃんにとっては私たちは全員お兄様なんだからいいじゃん! 」
「 イリスはいいんだよ!お前は駄目だろ―― 」
「 ――まぁまぁ、メル兄様そんなにアランを怒らないで? 折角遠くから来てくれているんですから、ね? 」
二人の仲裁に入っていると、さりげなく隣にやってきたのはいつもイリスを全面的に味方してくれるザッシュウェル・ヘルスベート。
メイロードの側近なのにも拘わらず、会っている時は当たり前のようにイリスを助けてくれている。 そんな彼をイリスはザッシュと愛称で呼び心を許していた。 ――居るだけで心が落ちつく存在だからこそ、イリスにとって手放せない友人の一人だ。
「 イリス……今日もとても愛らしいね。 そのドレスもとてもよく似合っている 」
花がふわりと舞うかのように柔らかい笑みを浮かべてザッシュウェルはイリスを見つめ、イリスはそんな彼の言葉で今日の装いが最高なのだと自信を持つ事が出来た。
普段は表情筋が全く仕事をしないのに、イリスの前でだけは柔らかい笑みを惜しげもなく見せてくれる。 お世辞抜きの言葉なのだとわかるからこそ、彼の言葉が嬉しくて堪らなくなるし、イリスは自分の装いに自信を持つことができるのだ。
ふふっ。
嬉しさで堪えきれず笑みが零れてしまう。 ザッシュウェルと一緒にいると、イリスの表情筋も自然と緩くなるようで、二人の間にはいつも木漏れ日のような温かな空気が漂っていた。
幼馴染三人とイリスが集まると途端にわいわい騒がしいが、これが彼等の心許せるひとときだ。 だが、今夜の夜会はイリスの人生で最も重要な日である。
何故なら、この世界はとある小説の世界であり、その始まりが『 今夜 』だからだ。
――なんで小説の世界なのかですって? ……それは、私が前世で読んでいた小説、『愛の奇石』とこの国の人物や状況が全て同じだったからよ!!
そう、ロワイトス王国第一王女イリスは、何を隠そう転生者なのである。
◇◇◇
合流したイリスは、メイロードたちと共に王宮の大広間へと足を運んでいた。 ――アランは部外者なので夜会には参加しないが、どうやら数か月前から緊張していたイリスを心配して激励しに来てくれたらしく、イリスと挨拶をした後はサッサと帰ってしまった。
――幼馴染の絆の深さって最高だわ! アラン大好きっ!!
つい気持ちが昂ぶり、心の中でアランへの感謝の気持ちを叫びながら、イリスは胸もとで祈りの姿勢を取った。
今夜はただの夜会ではない。 王家主催の『 聖女お披露目 』が目的の夜会なのだ。
半年以上前に王国の『 悪意 』である『 ゲシュール 』の活性化が発覚し、その後すぐに聖女が発見されて教会に保護された。
今後の重要な役割を果たしてくれる聖女を、国の高位貴族たちに紹介するのが目的なのだ。 ――そして、ここで聖女と男主人公であるメイロードが出会い、恋に堕ちる大事な場面でもある。
――私は聖女様が嫌ではないけど……応援できない理由があるのよね……ごめんなさい!
少しだけ聖女に申し訳なさを感じ、イリスは祈りの姿勢のまま天井を仰ぐ。――すると、凛とした声が入場を待つ廊下に響いた。
「 ――お待たせいたしました! 」
大広間の王族入場扉の前に姿を現したのは、小説の悪役令嬢ロードハイム公爵家のヘレインだった。
彼女はメイロードの婚約者だ。 聖女とメイロードが出会った後、聖女を虐げて最終的に婚約破棄されてしまう悪役令嬢である。 ――しかし、今のヘレインはイリスの大親友であり、王太子の愛する人でもある。
「 ヘレイン! 会いたかったよ! 迎えに行けなくて悪かったね 」
「 いいえ、メル様はお忙しいのですから、お気になさらないで下さい 」
私のすぐ傍に立っていたメイロードは、いつの間にか顔を綻ばせヘレインの許へ足早に向かいエスコートしていた。 ヘレインも嬉しそうに美しい笑みを浮かべてメイロードに応えている。 ――とてもこれから婚約破棄をするような関係には見えない仲睦まじさだ。
ヘレインは小説同様、高位貴族令嬢然な考え方で自分にも周りにも厳しく接するところはある。しかし、他者や弱者を思いやる心優しい令嬢だ。 幼い頃から交流してきたからこそわかる、心の通じ合った大親友なのだ。 ――だからこそ、ヘレインにはメイロードと結ばれて幸せになって欲しいと強く願ってしまう。
メイロードはヘレインをエスコートすると、イリスの後ろへ控えた。
ロワイトス王家は、入場は立場の上の者が最後に入場することになっている。 ザッシュウェルがイリスをエスコートして立つ後ろに、メイロードがヘレインをエスコートして控えた。入場が終わった後、最後に登場するのが国王夫妻なのだ。
メイロードのおかげで王権の地盤も揺るぎないものになってはいるものの、現国王は突飛するような功績は築いていない。 ――それを本人も理解していたからか、子供たちが幼い頃から国政の表舞台にメイロードだけでなくイリスも立たせた。 彼はまるで見守っているかの如く殆ど口出しをすることはなかった。
自分の力量を理解したからこその采配は、潔いと言えば潔いのかもしれない。 しかし、学園にすらまだ通っていなかった当時十三歳のメイロードに、国政のほぼ全てを一任した彼が賢王か愚王かと問われたなら、愚王寄りと答えざるを負えないだろう。
衛兵に導かれザッシュウェルと共に王広間へ足を踏み入れると、煌びやかな衣装に身を包んだ高位貴族の紳士淑女が一斉にイリス達に視線を向けた。
しかし、異様な視線を感じたイリスがその方向へ視線を向けると、そこには不信感を露にして歪んだ表情を隠しもしない少女が佇んでいた。
くりっとした大きな碧眼、ツンと上向く愛らしい鼻、薄く艶のある唇。 そして、柔らかそうなフワフワとした緩いウェーブのかかった肩につくくらいのダークブロンドの髪。 ――少し幼さを感じたが、今向けられているような歪んだ表情でなければ『 可愛らしい 』と、好印象を抱けたかもしれない。 ――あくまであの表情を見ていなければ、の話だが。
しかし、そんな印象はほんの一時の事だった。少し遅れてメイロードがヘレインと共に入場すると、彼女の顔は途端に熱を持った眼差しに変わり、可愛らしい顔で惜しみない微笑みをメイロードに向けていた。
――⁉ こわっ!!
変わり身の早さに唖然としたイリスは、声には辛うじて出さなかったものの、心の中で叫んでしまった。
あまりの出来事に緊張していた思考が緩んだのか、少女の両脇に佇む人物を見てイリスは察した。 少女の両脇を固めていたのは、レクシュトル神を崇める教会の教皇ジェイシス・オルフェルクと枢機卿ローシェス・オルフェルク。 彼らに連れられているのならば、彼女こそが『 聖女 』で間違いないだろう。
なぜ自分が歪んだ眼差しを向けられたのか分からなかったが、間違いなく良い意味ではない。という事だけはイリスは直感で感じたのだった。




