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私を誰だと思っているの? すべてを奪われたので、婚約者の皇太子と共に、復讐相手の国ごと干上がらせることにしました  作者: 逆立ちハムスター


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世界の心臓を握る者

窓外に広がる王都の夜景は、人工の星海のように煌々と輝いている。

数年前まで、日が落ちれば泥棒と魔獣の天下だったこの街を、昼間と変わらぬ光で満たしているのは、等間隔に配置された魔導街灯だ。そして、その街灯のすべてにエネルギーを供給しているのは、我がメガギルド『フォルトゥーナ』が独占販売している『規格型マナ・クリスタル』である。


「……ふう。これで今月分の、アルカディア帝国向けの魔力結晶供給ロットの承認は終わりね」


私は羽ペンをインク壺に戻し、大きく椅子の背もたれに身を預けた。

私の名は……エレオノーラ。人々からは畏怖と敬意を込めて「フォルトゥーナの女帝」と呼ばれているが、中身は昔と同じ、ただの数字と効率を愛する平民の女だ。


当初は一介の冒険者支援組織に過ぎなかった我が新興ギルドは、私がトップに就任してからの十年間で、大陸のエネルギーインフラ、物流、そして金融を完全に掌握する巨大組織へと変貌を遂げた。

いまや、私が指先を一つ動かすだけで、一国の経済が文字通り「干上がる」ところまで来ている。


「お疲れ様です、エレオノーラ様。相変わらず、大国一つを動かす書類を処理するスピードではありませんね」


音もなく現れ、私のデスクに新しく淹れたハーブティーを置いたのは、秘書官のマルコだ。彼は元一流の隠密スカウトだが、今では私のスケジュールとギルドの機密情報を管理する、最も信頼できる右腕の一人である。


「お世辞はいいわ、マルコ。それより、例の『福利厚生』の改定案、現場の反応はどう?」


「最高、の一言に尽きます。特に前線部隊の傭兵たちからは、エレオノーラ様を聖女と崇める声すら上がっていますよ」


マルコが苦笑しながら差し出してきた報告書に目を通す。そこには、我がギルドが誇る私設傭兵軍――通称『フォルトゥーナ防衛軍』の最新のデータが記載されていた。


我がギルドが抱える傭兵軍は、この世界の既存の「軍隊」の常識を根底から覆している。

通常の国家が抱える兵士や、その日暮らしの荒くれ傭兵たちは、命を使い捨てにされるのが当たり前だ。ケガをすれば解雇され、死ねばそれまで。しかし、我がギルドの基準は違う。


【フォルトゥーナ防衛軍・福利厚生基準】

1.完全固定給+危険手当支給(一般的な騎士の3倍以上の水準)

2. 戦傷病時の全額ギルド負担医療(特級治癒魔導士および最新魔導治療器の無償利用)

3. 殉職時の遺族生涯年金支給、および子供のギルド内育成学校への無償入学権

4. 退職金制度完備(勤続10年で一生遊んで暮らせる額を支給)


「当然の処置よ。命を懸けてギルドのインフラを守る人間を、使い捨てにするなんて経営者として三流以下だわ。人間、後ろ髪を引かれる心配がないからこそ、戦場で最高のパフォーマンスを発揮できるの。裏切りのリスクを減らすためのコストとしても、これほど安いものはないわ」


私がそう言うと、マルコは深く感心したように頷いた。


さらに、彼らが身にまとう装備は、ギルドが潤沢な魔力結晶を湯水のように注ぎ込んで開発した、一級品の魔導強化鎧と遠隔魔導ライフルだ。他国の騎士団が「家宝の聖剣」と崇めるような業物を、我が軍の兵士は全員が『標準装備』として支給されている。

医療体制も万全だ。戦闘で手足を失おうが、後方に下がれば即座に高給で囲い込んだ聖属性ヒーラーと、超高級ポーションが待っている。翌日には五体満足で前線に戻れる「不死身の軍隊」。それが我がギルドの武力だった。


「ですが、この圧倒的な豊かさが、周囲の『持たざる国々』の嫉妬と焦りを生んでいるのも事実です」


マルコの言葉に、私の目が細くなった。酷く苦い思い出と共に……。


「レムル王国……ね?」


「はい。頑迷な国王と保守派の貴族どもが『平民のギルドごときに頭を下げられるか』と、我がギルドの魔力結晶の導入を拒絶し続けている国です。現在、あちらの国内経済は悲惨なことになっています。エネルギー不足による工場の停止、街灯の消灯による治安悪化、そして飢餓。……結果として、我がギルドと協定を結んで大繁栄を遂げているアルカディア帝国を、ひどく逆恨みしているようです」


「自業自得ね。時代遅れのプライドで民を飢えさせる指導者など、ただの無能よ」


冷淡に吐き捨てたその時、オフィスの重厚な扉がノックもなしに勢いよく開かれた。


「夜分遅くにすまないな、私の愛しい共同経営者よ」


入ってきたのは、夜の闇を溶かし込んだような黒髪に、鋭い琥珀色の瞳を持つ、長身の男だった。豪奢な軍服を完璧に着こなし、圧倒的な覇気を放つその人物――アルカディア帝国の若き最高統帥であり、皇太子であるジュリアス・ヴァン・アルカディア。

この大陸で最も「勝ち組」と呼ばれる国のトップが、なぜか夜中に私の執務室に忍び込んでいた。


「ジュリアス。何度も言っているけれど、ここは私のプライベートオフィスよ。帝国の皇太子が、窓から侵入するような真似はプロ(影護官)に任せなさい」


「ハハッ、マルコが私の気配を察知しながら通してくれたのだから、大目に見てくれ。それに、緊急の用事があってね」


ジュリアスは私のデスクの前に堂々と腰掛け、真剣な眼差しを私に向けた。その瞳には、私への深い信頼と、それ以上の「熱」が宿っている。


「レムル王国を筆頭とした、周辺の『拒絶国』五カ国が、秘密裏に軍事同盟を結んだ。名目は『反ギルド包囲網』。狙いは、君のギルドの本拠地と、魔力結晶の精製プラントの武力占領だ」


「……ついに動いたのね」


私は驚きもしなかった。窮鼠猫を噛む。干上がって死ぬくらいなら、一か八か、世界で最も富を持つ我がギルドを襲い、そのインフラを強奪しようとするのは、強盗の思考としては妥当だ。


「敵の総兵力は、連合軍合わせておよそ二十万。いくら君の傭兵軍が一人当り五十倍の戦闘力を持つとはいえ、拠点を分散配置している現状では、一斉に囲まれれば物理的に厳しい局面もあるだろう」


ジュリアスは身を乗り出し、私の手をそっと握った。その手は大きく、そして温かい。


「だからこそ、提案……いや、お願いに来た。エレオノーラ、私と結婚してくれ。そして、我がアルカディア帝国の全軍を、君の盾として使ってほしい」


私は思わず、小さくため息をついた。


「またその話? ジュリアス、あなたは帝国の至宝よ。平民の私と組む大義名分が欲しいのはわかるけれど、婚姻まで結ぶ必要はないわ」


「利害関係だけの話をしているのではないさ。私は、世界のすべてを敵に回しても冷徹に微笑んでいる君の、その『孤独』ごと愛していると言っているんだ」


ジュリアスは不敵に笑う。

彼の国は、我がギルドのインフラを受け入れたことで、他国を圧倒する経済成長を遂げた。しかしそれゆえに、今回の包囲網からは「ギルドの手先」として同時に宣戦布告される立場にある。

彼はビジネスパートナーとして、そして一人の男として、完璧に私と一蓮托生になる覚悟を決めていた。


「君の資金力とインフラ、そして我が国の正統な武力と政治的大義名分。これが合わされば、あの前時代的なクズどもの包囲網など、文字通り木っ端微塵にできる」


「……悪くない提案よね〜。平民のギルド長という立場だけでは、国際法を盾にされたときに少し面倒だと思っていたところよ」


私が彼の提案を前向きに検討しようとした、その瞬間。


ピピ、と私のデスクに設置された魔導通信機が、緊急のシグナルを鳴らした。


『総帥! 緊急事態です! 総本部の一階ロビーに、レムル王国の特使と名乗る者たちが、武装した兵を引き連れて強引に押し入ってきました! 「ギルド解散令」の書状を持参しているとのことです!』


通信の向こうで、受付の職員の焦った声が響く。

ジュリアスの瞳に冷酷な光が宿り、私の唇は自然と、冷ややかな弧を描いた。


「ふん……。噂をすれば、泥棒猫がさっそく玄関先までやってきたようね」


フォルトゥーナ総本部の広大な大理石のロビーは、異様な緊張感に包まれていた。

黄金の刺繍が施された贅沢なマントを羽織った男――レムル王国の全権特使であるバルド侯爵が、数十人の重装騎士を従えて、傲慢に胸を張っていた。


「おい! 平民の分際で我らを待たせるとは、どのような教育を受けている! さっさとあの小娘を連れてこい!」


バルド侯爵が怒鳴り散らし、大理石の床をブーツで激しく踏みつける。

彼らの装備は、一見すると派手で強そうだが、手入れが行き届いておらず、魔力の輝きも鈍い。何より、彼らの後ろに控える兵士たちの目は、長年の困窮と恐怖で飢えた狼のようにギラギラとしていた。


「お待たせいたしました、侯爵閣下」


中央の階段から、私がゆっくりと降りていく。私の斜め後ろには、あえて一歩引いた位置で、ジュリアスが面白そうに腕を組んで追随していた。


「ふん、やっと現れたか、エレオノーラ! 貴様がこの不届きなギルドの長だな!」


バルド侯爵は、私の姿を見るや否や、懐から羊皮紙の書状をこれみよがしに突きつけてきた。


「これは我がレムル国王、および周辺諸国が連名で発行した『大陸治安維持に基づくギルド解散令』、および『魔力結晶精製技術の公有化命令書』だ! 貴様ら平民が、世界のエネルギーを独占し、不当な利益を得ていることは大陸の平和を乱す大罪である! 直ちにすべての資産とプラントを我が連合に明け渡し、貴様は罪人として出頭しろ!」


ロビーにいたギルドの職員たちが、一瞬で顔を青ざめさせた。

国家の権威。貴族の絶対的なルール。それを平民に突きつければ、普通なら恐怖で平伏するはずの場面だ。


しかし私はただ、クスリと小さく笑った。


「……何がおかしい!」


「いえ。あまりの滑稽さに、お腹が痛くなりそうだわ。バルド侯爵、貴方たちは本当に、自分の置かれている状況が分かっていないのね」


私は階段の最下段で立ち止まり、冷徹な視線で侯爵を射抜いた。


「解散令? 公有化? 素晴らしい大義名分だわ。ですがね、侯爵閣下。その紙切れ一枚で、明日からの貴方たちの『命』が保証されるとでも思っているの?」


「な、何だと……!? 平民の分際で、国家の命令に逆らうというのか! 我らには二十万の連合軍があるのだぞ! 逆らえば、この建物ごと、お前たちの偽善とやら諸共、甘っちょろい傭兵どもを踏み潰してくれるわ!」


侯爵が気色ばんで叫ぶ。

その瞬間、私は一歩、前に踏み出した。


「――黙りなさい、無能が」


その一喝は、魔法による拡声など使っていないにもかかわらず、ロビー全体の空気を物理的に凍りつかせた。私の放つ圧倒的な「支配者」としてのプレッシャーに、侯爵の後ろの騎士たちが、思わずガタガタと甲冑を鳴らして一歩後退する。


「数ですか? 確かに貴方たちの連合軍は二十万もいるのでしょうね。ですが、その兵士たちの顔を見てごらんなさい。装備は型落ちのボロボロ、食料も行き届かず、ただ『お国のため』という安い言葉で命を使い捨てにされる哀れな消耗品です」


私は一歩ずつ、侯爵に近づいていく。私のヒールの音が、静まり返ったロビーに冷たく響く。


「対して、我がギルドの防衛軍は、一人頭の装備に貴方たちの騎士団の年間予算以上の国家級魔導具を標準装備している。さらに、我が軍は指一本失っても、即座に最高位の再生魔法で治療され、退職金まで保証されている。……命の、そして戦力の『価値』が違うのですよ」


「くっ、口先だけで……!」


「口先? いいえ、これは冷酷な数字と兵站の現実です。我が軍の兵士は、私の一言で喜んで地獄へ飛び込み、全員が最新兵器で貴方たちを蹂躙して生きて帰ってくる。今もあなた方を引き金に指を置いて狙っています。気が付いていない時点で……まあそれはいいとして。さあ、お望みなら戦を始めましょうか? 我がギルドの『総資産』、その身で味わう覚悟は、本当にできていて?」


私が微笑むと、侯爵の顔からは完全に血の気が引き、灰色に変わった。


「それに」


私は後ろで楽しそうに見物していたジュリアスの腕を、自らぐっと引き寄せた。


「我がフォルトゥーナは、たった今、アルカディア帝国との『軍事および婚姻協定』の締結を決定いたしました。貴方たちが我がギルドに大義名分なき侵略を行うことは、帝国への宣戦布告と同義です」


「な……ッ!? ア、アルカディア帝国が、たかが平民と組むというのか……!?」


ジュリアスは私の腰に手を回し、狂おしいほど凶悪な、そして美しい笑みを侯爵に向けた。


「その通りだ、バルド侯爵。我が帝国の最精鋭十万の軍勢は、明日からすべて、我が最愛の婚約者エレオノーラの弾除けとして機能するだろう。……君たちの二十万の烏合の衆、我が国とギルドの連合で、どちらが先に『壊滅』するか試してみようじゃないか」


「ひっ……、う、うわあああ!」


侯爵は、書類を床にぶちまけながら、腰を抜かして這うようにしてロビーから逃げ出して行った。武装していたはずの騎士たちも、完全に戦意を喪失し、主人の後を追って蜘蛛の子を散らすように退散していく。


静まり返ったロビーで、私は床に落ちた「解散令」をヒールで踏みにじり、ジュリアスを見上げた。


「勝手に婚約者にされたけれど、まぁ、今のパフォーマンスの分の貸しにしてあげるわ」


「はは、手厳しいな。だが、これで完全に賽は投げられたぞ」


ジュリアスの目が、戦いを前にした猛獣のように爛々と輝く。

大陸全土を巻き込む、高慢な者による「嫉妬の包囲網」と、世界を裏から牛耳る「黄金のインフラ」の戦い。その火蓋は、今、完全に切って落とされたのだ。

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