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〇□ 首都高崩落事件

 

 〇


 2016年5月28日


 キルカ・ヴァルカンはマイハマ駅の混雑に呑まれながら、母の手を握ってディズニーランドへ向かう行列に流されてゆく。

 園の入場前にあるショップ『ボン・ヴォヤージュ』で買うカチューシャを何にしようかと母と話しあった。


「あたしが決めていいよね? お父さんもあとで合流だし」

「いいよ。キルカのセンス試したげる」


 母は笑った。キルカは自分のセンスはないほうだと自負していたけれど、たぶん何を買っても笑ってくれる。

 母に似合うのは派手な色。赤いリボン付きのやつで間違いない。母はわかりやすく綺麗だから、わかりやすいものとの相性がいい。

 父には何が似合うだろう。

 体形がプロレスラーみたいだから、ファンシーなものなら逆になんでも似合うかもしれない。どんなカチューシャをつけても悪ふざけみたいで可愛くなる気がしたので、キルカは自分の気に入ったものにしてしまおうと画策した。そうすれば、どれを選んでもお気に入りにできてしまう。


 入場ゲート付近で待ち、昼を過ぎた。


 出張先からやってくる父との合流を予定していた時刻から一時間以上が経ち、さすがにキルカも待ち疲れていた。

 父は忙しいから時間通りでないことも覚悟はしていたけれど、ランドに突入していくたくさんの笑顔の人達を見ていると、自分も早く『そっち側』に切り替えたいと、気持ちがどんどん逸ってしまっている。


「お父さんまだかな……」

「なんにも連絡ないのは珍しいんだよね」


 母は怒っている様子はなく、不思議そうな顔だった。

 キルカもそう思った。父は連絡だけはちゃんと入れる人だったから。

 そして今日はキルカがせがんだ家族でのディズニーランド。さらに園内ホテルまで予約している状況。ひと言も連絡がないというのはどうにも変な感じだった。


 昼の太陽は高い。ぼんやりと待っているうち、母の携帯電話が鳴った。


「はいはーい」


 電話を取る母。


「はい。そうですけど…………」


 母は電話を耳に当てたままキルカを見た。


「……どういう……」


 母は目を見開いた。


「一旦、わかりました」


 電話を切った。


「どうしたのお母さん」


 なにも返事がなかった。


 只事ではなさそうだ。キルカは入場ゲートを眺めつつも、真っ黒な瞳をわずかにひらいている母の手を掴んだ。

 その肌の温度は低くて、ひんやりとしていた。


「事故」


 母は無表情のまま。


「お父さん、首都高で事故に巻き込まれたって」


「え……」


 だったらディズニー行けないじゃん。


 キルカは反射的にそう思って、持っていたプラスチック製のカチューシャを粉々に握り潰してしまった。


 □


 2016年5月28日


 ハイジマ・ハルトが中学校をサボって昼に入ったラーメン屋では、民放のテレビ局のワイドショーが緊急のライブ中継を行っていた。

 ハルトはその中継に集中するあまり、割り箸でつまんでいたチャーシューを、脂ぎったテーブルの上に取り落とした。

 店内の全員が同じように硬直して、その視線のすべては店内上部のテレビに釘付けになっていた。


『こちらシブヤ周辺、上空からの映像です! スタジオの皆様! 全国のみなさま見えておりますでしょうか!』


 画面にはトーキョーの街の上空。

 そこでは、火災によるオレンジの光と黒い煙がそこかしこであがっていた。


『私のヘリコプターよりも低い場所ですが、なんらかの事故なのでしょうか……破損した高速道路が、それに走行中であったであろう自動車も、私の肉眼では浮遊しているように見受けられます! また、周辺の地面からは巨大な植物が現れ、分断された首都高に絡みついているかのような状況です!』


 慌てた様子の若い男性アナウンサー。彼の話す通りの景色がそのテレビには映っていた。


 首都高速道路が割れ、数十メートルほどの塊となってバラバラになり、漂うように首都高の上を浮遊していた。

 その浮かぶ首都高よりも下では、巨大な緑色の植物がアスファルトの地面を割り、数カ所からツルを伸ばして湧き出てきている。

 ツルは宙に浮いている高架道路に絡みつき、一部は支えるように、あるいは締め付けて捩じ切るように這い回っている。

 首都高を走行していたらしい自動車は、乗用車もトラックも同様に浮遊して、そのいくつかは植物に絡め取られていた。

 一部の道路はコンクリート塊となって首都高の外側に落下し、周辺の家に落ちて炎上していた。

 首都高に人の姿はほとんど見えなかった。しかしこの状況であそこに人がいるとしたら、とても無事では済みそうにない。

 ハルトは画面に目を凝らし、あんぐりと口があいた。


「怪獣映画かよ……」


『ここで重大な情報が入りました!』


 ヘリコプターの窓越しにしばらく街を見下ろしていたカメラは、アナウンサーを撮るようズームアウトする。

 小さなメモを渡されていたアナウンサーは青白い顔色になっており、それを見ていたラーメン店内の客もざわついた。


『先日までの国内でのサミットを終えた米国大統領が、現在ちょうどこの近辺を通行していた可能性があるとのことです。来日当日の際とは異なり、最小限の人員で非公開ルートにて移動をされていたとのこと、ですが……』


 アナウンサーの声が小さくなり、ワイドショーのスタジオ側の声を拾った。


『これもしかして【魔業】じゃないですか? 場合によっては国際問題に……』


 不穏な呟きが聴こえると同時に、ワイドショーのスタジオ画面に戻った。

 メインMCの男性は一瞬固まり、カメラの横のカンニングペーパーを見ているようだった。


『……えー、中継トラブルがあったそうで、現在の映像は届けられそうにないようです。中継ヘリ自体には問題はないようなので、皆様ご心配なさらぬよう、よろしくお願いします』


 MCの男性は一度目を丸くしたあと、深く呼吸をして両手を握り込んだ。


『では首都高の件は続報を待つということで。次のニュースですね』


 まるで何事もなかったかのように、すぐに軽快な効果音と共にスポーツニュースが始まった。


 ハルトも気を取りなおしてラーメンを啜り直した。まだ伸びておらずしっかり美味しい。


「……おわった」


 ハルトの正面に座っていた同行者の男性は、右手に持った黒い携帯電話を見つめ、苦々しげに表情をゆがめていた。


「ね。あれマジでヤバそうですね。魔業なんすか? ヨシノさんなら知ってんじゃないの」

「知らんけどやべーだろうな。ハルトお前、それ食ったら帰れよ。チビのままだから舐められんだ。とりあえず食え。さっさと食ってデカくなれ」


 ちりちりちりん。彼はハルトに向け、手に持った真っ黒な鈴を激しく鳴らした。相変わらずの犬扱いだ。

 ハルトはちょっと腹が立ったので、いいだけ腹いっぱい食べてびっくりさせてやろうと思った。



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