□2-7 レクチャー
「つまり順調ってことだな」
ある日。
報告内容を考慮し、ハルトはヨシノの元で状況報告を行った。事務所とは名ばかりの、ヨシノの住む賃貸マンションの一室である。
各部屋のサイズが大きい1LDKのリビングでは、ヨシノのいる大きな作業机を中心に、新聞や書類、鞄やスーツがところ狭しと置かれて乱雑に散らかっており、寝床にしているらしいソファベッドにはスマートフォンとタブレットが複数まとめて放逐されていた。
この部屋で飲食はしないというのが唯一のマシな要素だったが、なんとなく汚そうなのでハルトはソファベッドの脇に立っていた。
「少なくともマリアは元気なようで、足取りは掴めそうです」
ヨシノは机のそばの回転椅子に座っており、ハルトの報告に頷いた。
「その店員とマリちゃんが会う日。ちゃんと押さえておけよ」
「店員がマリちゃんと会うように焚きつけたの俺なんで、そこは上手くやりますよ」
キルカのあの様子なら、彼女が隠すようなことはない気はしていた。
「……となると、何かしらマリちゃんの居場所がわかるようにはしておきてえな。お前のほうでなんか準備してんのか」
「そこらへんはヨシノさんに相談すんのが早いと思いました。探偵でしょ」
「おう。まあ正しい」
ヨシノは椅子から立ち上がって、ハルトを隣の部屋に呼んだ。そちらの部屋は寝室ではなく、天井までの高さがあるアルミラックが壁沿いと部屋の真ん中に立ち並び、ラック内に段ボールや樹脂製の箱が格納された物置となっていた。カメラなどの機材やパソコン、マイクにスピーカー、スマートフォンやタブレットなどの電子機器関係、散らかった配線類、小型のドローンも見られ、ヨシノの仕事用の道具が準備されている。
うち一つに、ヨシノが持ち歩いている黒い鈴が大量に入った箱があった。
「鈴マニアすか」
「信心深いんだよ俺は」
「まじで? カミとか信じてんすか?」
「都合のいいときだけな」
ヨシノは一番奥の棚に向かい、段ボールの中を漁り始めた。
「小型カメラとか盗聴器とかエアタグなんかは余分にある。ちなみにスタンガンも手錠もあるし、ロープも太い結束バンドも完備。ちゃんと使い捨ての手袋もある」
「ゴリゴリの犯罪者じゃないすか」
「道具はあるに越したことはねーだろ」
ヨシノは笑いながら言った。ある意味でそうなのかもしれないが、犯罪グッズ感があり余るのでハルトも言わずにはいられない。
「まあ、こんなもん使って身柄を押さえるなんてのは俺らの領分じゃねえ。依頼人も政治家なんだ、居場所さえわかってりゃ、あとは他の経路で対応すんだろ」
「……あれ、というかそこで費用って変わるもんなんですか? 例えば探して捕まえるまでをワンセットにしたほうが依頼するほうも楽なんじゃ?」
ふと思ったことを訊ねただけだったが、ヨシノはハルトをじっと見つめた。
「ちょい疑問だよな」
ヨシノはアルミラックに積まれた剥き出しの段ボールを背中にして腕を組む。
「もともと、依頼してきた相手は例の政治家の秘書だった。電話とメールでのやりとりでその時に俺も一度確認したが、マリアについては『連れ戻す』とか『拘束する』って条件ではなくて、あくまで『娘の所在の調査』だ。こっちもただの調査業務だって言い切られたら、人数も道具もかからねえから大した見積にはならねえ。つまり比較的リーズナブルな出費になるわけだな」
「はー、なるほど」
ハルトはそもそも見積を作っていることを知らなかった。
「だから親父は金をケチってるか……、あるいは娘を手放したくないけれども、無理に捕まえるとか、関係した人間を拷問して回るみてえな手荒なマネはしたくないんだろうよ。あくまで生存確認で、娘に嫌われるような手は使いたくないのかもしれない」
「家を出る時点でいい関係ではないような」
「そうか? お前の独り暮らしも『円満な家出』って自分で言ってただろ」
「そういえばそうでした」
その点では、家出にも色々なパターンがあることに納得した。
「つーことで。おそらくマリちゃんの件そのものは大した事件性はないと踏んでた。月謝までもらってのんびりバイトしてるお前を、この俺が咎めない理由」
「げ。遅せぇと思うなら言ってくださいよ」
ヨシノは鼻で笑った。
「そのへんは先に言ってたろ? 店員の魔人の子と、出入りしてるやつらも見とけって話。お前をあそこのバイトに送り込んだ理由は何もマリちゃん一人の話じゃねえ。多少報酬が出てるうちに、ああいう盛り場使って自前の伝手でも作れるようになっとけってことだよ、助手」
ヨシノの言うように、マリアはキルカとは普通に連絡が取れる状態であり、少なくとも致命的な行方不明というわけではない。ただ実家と連絡を取っていないだけのようである。
そこでふいに、ハルトのズボンのポケットにあるスマートフォンが振動した。画面をちらりと見ると、ハルトの父からの新着メッセージが入っている。一旦無視した。
「もしかしてヨシノさんって面倒見良いの?」
「結構付き合い長いのにそれ言われんのかよ」
ヨシノは身を翻し、段ボールに手を突っ込んだ。彼のポケットの中の鈴が、ちりちり、と鳴る。
助手になる気は特になかったが、ハルトに対して彼なりの考えはあるようで、なんとも気恥ずかしいような気になる。
「つーわけでせっかく面倒見の良いおっさんやれてるヨシノさんだ」
ヨシノは段ボールの中から、手のひらサイズの薄い缶のケースを取り出した。
「ついでではねえが。魔業についても一つ教えてやる」
ヨシノと部屋に戻って、彼は手にした缶ケースをあけた。
「これは魔人用の糸電話」
彼の手には銀色のイヤーカフが二つ。耳の外側の縁にはめるだけのもので、作りは非常に簡素だった。
「糸電話とは」
「このイヤーカフな。魔人が一人一つずつつけて、そのままそいつが指で触って話せば、連携されてるイヤーカフに向けて無線と同じように会話できる。音漏れは骨伝導と同じでほぼない。話す側だけ気をつければいい」
「バッテリーなし?」
「なし。距離はモノによるが、半径数百メートルくらいならいける」
「地味に便利だなー魔業」
「コレはおもちゃみてえなもんだが、こんなんでも本来は所持申請が必要だ。未申請のものを持ってるのがバレれば罪に問われる。申請が全く通らねえのは別の話として……銃刀法違反と同等くらいの魔業規制法違反になるな。汎人にはろくに使えねえし、ただ持ってても捕まる可能性があるから、汎人社会では出回らないわけ」
「相変わらず不憫だなー魔業」
「戦争の経過とか、近年でもテロが起きてんだし、そんなのを防止するためだろ。マリアの父親は、その規制をさらに厳罰化したいっつーわけ」
このような魔業は、魔人からすればわかりやすく便利なものである。東トーキョーに出回っている魔業には色々と種類があり、無限ライター、勝手に冷えるビールグラスなどは、観光スポットの出店などでこっそり売られているのをハルトも知っている。
しかし簡単な構造の魔業は、体内に魔素のある魔人にしか使用できないという話もある。言うなれば、魔人の身体がバッテリーであり、魔業は汎人に使用できるものではなく、東トーキョー以外の汎人社会ではあまり巡り合わない。
「教えてくれるってなにをですか」
「ハルトお前汎人だろ?」
「はい」
「汎人でも使う方法を教えてやるよ」
「え。汎人でそういうの使うのって、戦争で使われたような非人道的なやり方じゃなきゃ無理なんじゃないんですか」
「ああ。魔人に使わせるとか色々のやつな」
インターネットでは魔人の血肉を使うとも言われているが、真偽は定かではない。戦争当時の魔業兵器の詳細は原則秘匿され、確認できるものはせいぜい、当事者の証言や日記などでしかまともに見られないとされている。
ハルトは一般人なので、それらの情報に触れる機会も、わざわざ掘り下げて真偽不明の情報を調べることもなかった。
「でもそういう方法じゃないんすね」
「おう。簡単だ」
ヨシノはイヤーカフの一つを付け、一つをハルトに渡した。ハルトも黙って右耳に装着する。
「あとこれも持て」
ヨシノはポケットからおもむろに長い毛を2本取り出した。なんとなく気持ち悪かったが、ハルトは抵抗せずにその毛を手に取って握った。
するとヨシノは右手で口元を隠し、左手の指でイヤーカフに触れて、ハルトに目を合わせた。
『マリアの所在が確認完了できたときの追加報酬は六〇万円だ』
「うわっ意外と高い! しかも耳元で聴こえた!」
「でけえよ声。お前もその毛を持ったまま魔業に触って、話してみろ」
ハルトもヨシノを真似て、イヤーカフに触れながら呟いてみる。
「……月一〇万っていつまで貰えるんですか?」
『お前マジでいい度胸してんな』
口元を隠しているがわりと睨まれたので、ハルトは軽く頭を下げた。
「つい」
「いいけどよ。この髪の毛の魔素量にもよるから、高頻度で使うのは無理だけどな」
つまりこの髪の毛が魔業の起動バッテリーになるということだ。
「てなわけでこういうめちゃくちゃ簡単な構造の魔業は大抵こんな感じで、搭載された『魔法陣』を起動できる。覚えとけ」
急に知らないワードが出てきて、ハルトは首を捻った。
「なんすか『魔法陣』って。数字パズル?」
「字がちげえ。つうか、それくらいはネットにも書いてると思うんだけど?」
「俺、魔業にはあんま興味ないし」
ヨシノは目を丸くした。
「意外すぎるわ。おまえ……」
「意味ないでしょ。そんなの理解したって」
腕を組み、ハルトは拒絶の意思を表明した。
「……『魔法陣』ってのは。魔素の混在する物質が特定の配列で組まれているとき、その配列に由来する特定の現象を、魔素同士の衝突によって励起させて発生させるモノだ。たとえば無限ライターみたいな、魔素を介した『エネルギーの移動』がメジャーだな。多分イヤーカフも同じ原理だ」
「えっ……ちょっとまって、マジで何言ってるかわかんない」
ヨシノは鼻で笑った。
「俺もあんまわかってねえよ。魔人のもつ魔素で起動するプログラムってことで覚えとけばいい。どうせ普通の汎人や魔人にはいじれるもんじゃねえし。……あれだ、普通、スマホ持ってても半導体とか中身のもんいじれねえだろ」
「はー了解っす。とりあえず、俺がこの手の魔業を使いたいときは、例えば魔人に協力してもらって、毛とかに触っていれば使えるってことですね」
「そういうことだな」
「毛以外でも?」
「魔人の身体の一部ならなんでもいい」
使用できるツールの幅が拡がるのは大きい。ハルトは魔業についての情報を頭のなかに入れておいた。
「コイツはスマホとかの予備に使えるから、一応お前に渡しておく。店員とうまくやれてるなら使い所もあんだろ」
「ありがとうございます、使わせてもらいます」
ヨシノはイヤーカフをハンカチで拭き、小さな缶詰に入れてハルトへ差し出した。ハルトはそれを受け取り、自分につけていたイヤーカフと共に缶詰に入れてポケットに収納した。
そこでヨシノと目が合い、一つ違和感に気付いた。
「なんだその顔」
「ヨシノさんって魔人なんですか? いま普通に魔業使ってましたよね」
今の彼の行動をみる限り、ハルトのように髪の毛を握ったりはしていなかった。
「言ってなかったか。俺は爺さんが魔人だよ。戦争のとき、大日本魔帝国の為に戦って死んだみてえだわ。成人するまで普通に知らなかったけどな」
「じゃあクォーターとか?」
「まーそうなる」
意外だった。ハルトがシンジュクで眺めている魔人は、髪色や瞳の色などの容姿や、服装が個性的だったりするので、一目見れば「たぶん魔人だ」とわかる者が多い。ヨシノは普通のおっさんなので魔人感があまりないように感じたが、単独行動を好むのは魔人に近い習性なのかもしれない。
とはいえハルトからすれば、魔人や汎人である以前に、ヨシノはヨシノでしかない。
「じゃあさっきの毛って?」
「服についてたやつ」
なるほどさきほどの毛はヨシノのもののようだ。年齢もそこそこのはずなので、確かにツヤがあるようには感じない、その辺のおっさんの毛。
ここはそのおっさんの部屋なので、ハルトはその場で、毛を持っていた手を叩くように払った。
「なに今日一番キモがってる顔してんだよ」
「キモがってないっすよ。ヨシノさんの毛だし、勿体ないから返してやろうと思って」
「若い奴って他人の体毛事情に厳しくねえ?」
ヨシノはこれから別件の打ち合わせがあるとのことで、ハルトはとりあえずその魔業を受け取り、部屋を出ようとした。
「あーハルト」
「はい?」
「魔業も含めて、他の道具もいつでも貸すから、必要な道具のイメージが付いたら言え」
「ありがとうございます」
「だから例の店員……顔見知りが対象になるなら、直接尾行するのはやめろ」
「何故すか」
「知ってる顔がうろついてたら確実にバレる。人間の直感舐めんなよ」
◇
マンションの通路に出て、歩きながらさきほど受信した父親のメッセージを確認した。たまに健康についての確認が来るので、その類だろうと考えていた。
『ご無沙汰です。ハルトも知ってると思うけど、トウコの四歳の誕生日が近いんだ。久々に顔出してくれたらヘレナもトウコも喜んでくれると思う。来れそうか連絡ほしい』
ハルトは身体が硬直するような感覚になり、しばらく息をするのを忘れ、やがて深いため息が漏れた。
ヘレナは父親の再婚相手で、ハルトの継母。
トウコは父親とヘレナの娘で、ハルトの妹にあたる。
ハルトの父は中学校の国語教師で、ヘレナはその学校の英語の非常勤講師だったと聞いていた。ヘレナはトウコが生まれてからは基本的に専業主婦で、トウコが大きくなったらまた教職か塾講師を改めてやるつもりだという話だ。また父もヘレナも、教職のためか真面目で落ち着いている。
妹のトウコは心身共に健康な魔人のハーフ。特異な能力の発現はみられておらず、父にもハルトにも懐いていた。会えば多分、遊んでやる必要がある。
父が再婚して家族のかたちは変わったが、現在のハイジマ家は比較的円満な家庭だった。
ハルトにとってもその居心地が悪いということはない。ヘレナの気遣いぶりにはハルトも恐縮するほどで、けれど彼女なりに母親としてハルトへ接触しようという線引きもしっかり感じていた。家を出るときも、一番反対したのはヘレナだった。
けれどその円満さのために、ハルトこそがその「現在のハイジマ家」の異物であるような感覚が拭えないのも事実だった。
父とヘレナとトウコは、なんの違和感もなく家族として一つのまとまりになれている。しかしハルトはといえば、それとは違う形の家族の中で育ってきたという認識をもってしまっていて、それは紛うことなき事実だった。
ハルトが小学生の頃まで、母と妹は他に居たのだから。
なによりハルトは、そんなことを考えてしまう自分が嫌だった。どこかその円満さに対し、勝手に斜に構えてしまう自分が気持ち悪くて、ハルトは家を出ることにした。父もハルト自身が感じている感覚を察知していたのか、独り暮らしについてはほとんど止める様子はなかった。
『円満な家出』。
ハルトは自分の言葉を今更にして反芻した。
家出に理由があったとして、それを自分のなかで折り合いがつかない状況で家に帰されても、釈然としないものが湧き上がるのは想像がついた。
ハルト自身、現状のまま無理矢理実家に帰され、そのままその家に居続けろと言われても同じようなことを繰り返してしまいそうだった。
家を出ているマリアについても、何かしらの理由があるのかもしれない。
政治家の隠し子。魔人のハーフ。『みちる』でのキルカやクズリとの関係や、彼女自身の目的が何かしらあるのだとするならば。マリアは現在何を思って、何をしようと考えているのか。
スマートフォンを操作して、父へのメッセージには「都合つけるよ」と返信する。
ハルトは、キルカやマリアについてもう少し知るべきだと考えた。
マリアの居場所を掴むことができたとして。それを依頼主に伝えてしまうことを、迷いたくなかったから。




