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トーキョー魔人界隈  作者: キノコェ
2章 2022年3月
14/21

□2-5 店長


 ハルトがカフェバー『みちる』でのバイトを始めて数週間が経った。真昼にヨシノに呼ばれたハルトは、いつものファミレスで頭を抱えてうなだれていた。

 ちりちり、と鈴の音がして、ヨシノがテーブルに座ってくる。


「なんも食わねーの」


 ヨシノは上下とも濃い青のスーツ姿で、眼鏡も相まって普通のサラリーマンのような装いだった。ドリンクバーでオレンジジュースを注いできている。


「マジな二日酔いです」

「楽しんでるようで良いじゃねえか」

「変なノリで飲まされるのはヤバいです。魔人ってなんでみんな酒強いんすかね」

「みんなではない」


 ハルトはコップ一杯の水を一気飲みした。


「んで、ハルト的には進捗どうよ。これからクライアント様のとこに行くが、報告あげろってうるせえんだ」

「うーん……」

「あんまり進んでないと報酬の話も立ち消えるかもしれねー」


 重たい頭を揺らしながらハルトは考える。

 シフトに入ってきた様子をみる限りでは、『みちる』は近隣住民の客が中心の比較的普通の飲み屋だ。雰囲気はバーというよりスナックに近く、業務的にはカギリはカウンターから出ないし、キルカは座らずにウロウロしながら客と会話したり酒を勧めるので、業態としてはグレーかもしれない。

 ハルトは大抵、キッチンで洗い物や、店内で割れたグラスの回収やゴミをまとめたりの作業、簡単なつまみの準備や買い出し、出前の注文と受け取りをして、たまに接客をする程度。キルカが出っぱなしのほうが客の酒の回転が早くなるので、裏にバイトを入れる効果は高いと思われた。

 客に魔人は多い様子だが、多少アウトローな雰囲気が感じられる程度で、シンジュクとして考えれば普通。

 客は店員それぞれでうまくかわしているため、大きなトラブルの発生はない。


 先日のホストと女の件以外だと、髪の毛が主食だというおかしな魔人の女が、酔った勢いでハルトの髪を食べようとしたのが危なかったくらいだ。キルカが女を諌めた。

 他にはクズリと名乗る大柄な男が、仲間と数人で連れ立って馴れ馴れしくしてくるのが面倒なくらいだった。いつか中華料理屋で客が言っていた「遅い時間に来る怖い客」というのも、おそらくこのクズリ達だろうと踏んでいた。

 最近彼らは一応キルカへの詫びに菓子折りを持って来たが、キルカは詫びられるのに慣れているのかサラッと流し、菓子折りは客のお通しに添えて処分した。


「強いて言えば、前にいたバイトの子は結構不器用だったって聞きました。俺が便利ってことで周りに引き合いに出されますよ」

「例の娘だよな」

「名前はマリアですね。シフトはそんなに入れてなかった様子で、おとなしい子で写真が嫌いだったとか。あんまり追及するのも変なんで、そこそこに話は終わらせてますよ」

「あのナリで写真嫌いと。行方は誰か知らねえのか」

「店長に『来週には辞める』って言ったあと、次の日には来なくなったって。それから顔は見てないとか」

「それ、ハルトはどう思う」

「最後のムーブは不可解ですけど……個人的には、過去のバイトたちが長続きしなさそうな理由とかにも絡んでるのかなーと。理由は完全に想像ですけどね」


 なんだ。と言いたげな顔でヨシノが見てくる。


「いまの店長と店員、人当たりはいいんですけど」

「けど?」

「特に店長か。マイペースっていうか、人に干渉しない人? 店内で客同士が揉めてたり店員が絡まれてるの見てもスルーするし、俺も普通にスルーされてますね。雑談とトラブルのウェイトが同じというか」

「なるほど」

「話しててもあっさりしてますから、バックれてもいいやって気持ちになるやつはなりそうだなって想像です」


 ヨシノはしばらく腕を組んで、何か考えている様子を見せた。


「お前も気疲れしてんのかな?」

「俺はその生態に興味があるんで大丈夫」

「店員の子もそんな感じか」

「……どうだろ。ちゃんとしてるから仕事はやりやすいです」

「ちゃんとしてるなら、俺からの仕事はやりにくそうだな」


 彼女が強さの理由については、ハルトはあまり聞きたいと思っていなかった。なんとなく彼女は、自分が強いだとか頑丈なことについてあまりポジティブな思いを持っていない印象がある。

 ヨシノはスーツのポケットからスマートフォンを取り出した。


「こっちも一応話す。ざっと例の娘の前の家とか周辺の交友関係を洗ってるとこだが、目ぼしいのは二人くらいだ」

「ふたり居るんだ」

「一人目はマリアとよく居たらしい『クズリ』って呼ばれてる配送業の男。二人目は、マリアの母親の元カレ」

「あー……、え? マリアの父親ってこと?」

「そうじゃない。母親が昔付き合ってた、祖国の彼氏の魔人。最近移住してきてシンジュクに暮らしてるそうだ」

「へー」

「ソイツは例の娘……マリアだからマリちゃんって呼ぶか。マリちゃんが行方をくらませるすこし前から、こっちに魔人用の特別就労ビザで入国してる」


 魔人特別就労ビザは、ニッポンの税金で魔人を交通費も住居も用意した状態で受け入れて国内で働いてもらおうという、無期限延長可能な魔人専用のビザである。敗戦国の呪いとして現在も揶揄されながら継続しており、国内からの反発は継続的で過激だ。


「関連あるかは微妙だが、オレはそっちを調べる。バイト先にマリちゃんがいたのが確かなようなら、もうちょい深掘りしてもらいたいとこだな」

「ちょうどクズリって奴は店に出入りしてますから、そのへんからもいけると思います」

「おう。頼んだぜ助手よ」

「ジョシュアって誰すか」

「俺そんなに滑舌悪い? マジ?」

「すみません二日酔いのせいっす。ジョシュア頑張ります!」


 助手と呼ばれるのはどうにもむず痒かった。


 ◇


 数日後の一三時過ぎ。カフェバー『みちる』は休日だったが、ハルトは店長のカギリに呼び出されていた。

 店に通うのにも慣れ、そろそろマリア情報のとっかかりを考えていきたいところであったため、二つ返事でやってきた。


「こんにちは店長。仕事ってなんでしょうか」


 バックヤードから店に入ったところ、すぐそこにベージュのニットに薄手のコート、焦げ茶色のジーンズのカジュアルな服装のカギリがいた。挨拶もそこそこに赤い髪を振り乱しながら、黒いハンドバッグを漁っている。


「ちょっと焙煎所いくんだけど、豆とかの受け取り手伝ってもらおうかと思ってて」


 時給は出すと言われていたので特に異論はなかった。


「それでさっき車借りて……んー、鍵ない」

「カギリさんって意外とおっちょこちょいですよね」

「意外かな。……どこだー」


 ハルトは直感で場所がわかった。キッチンの奥の手洗い用の洗面台だ。探しに行ってみると、蛇口の横にレンタカーのキーがあった。すぐにカギリの元へ戻る。


「ありましたよ」

「うわ。さすが頼りになるー」

「カギリさん何かするたびしっかり手洗うから、何かするたび洗面台付近になんか落ちてます」


 カギリは大きな目を丸くしてから笑った。


「ハルトくん探偵?」

「探偵ではないなー」


 話しながら店から離れた駐車場にあるレンタカーまで歩く。軽自動車の運転席にカギリが乗り込み、ハルトも助手席に続いた。


「では行きまーす」

「ドライブっすね」

「……ちなみに車持ってる?」

「無いですけど。もしかして運転、自信ないんですか?」

「うん」


 カギリは困った笑顔を見せる。ハルトはシートベルトをしっかり締めた。


「行きましょうカギリさん」

「……行きまーす。えっと……おーとま、これはオートマだから……」

「それ。先にパーキング解除するとこ押さないと……」

「え? わかるの?」

「高校卒業する頃に免許は取ってます。車は持ってない」


 ふーん、とカギリは非常に冷たい目でハルトを見た。 


「うんてんかわれ」


「真顔こわ。ほんとのペーパードライバーなんで自信はないですよ」

「大丈夫大丈夫、万が一があっても事故らないようにはできるから。もーほんと代わって。運転苦手なの。なんなら文明が苦手。唐辛子くらい苦手」

「でた唐辛子」


 どうやって事故らないようにするんだろう。追及しても意味がなさそうなので、おとなしくハルトが運転することにした。


 ◇


 カナガワの焙煎所に行って挨拶をし、色々とコーヒーや豆の説明を受けたあと、店でいつも購入しているらしいコーヒー豆10キロ分の袋を受け取った。カギリの目的としては、時間の都合がつかないときはハルトに豆の受け取りを担当させるつもりのようだった。

 その後はレンタカーを利用したまま、量販店や百貨店を回って、業務用の食品関係の品物や物産展を見学した。カギリとしては、店に定期配送で仕入れているものとは違ったもののイメージを得たかったそうだ。

 結果的に豆の受け取りよりもかなり時間がかかり、結局夜になった。


「こんなに遅くなると思わなかった……。車に豆抱えてたのに失敗だー」

「まあまあ遠出でしたね」

「ごめんねー。ちゃんと人に付き合ってもらえたの久しぶりで」


 ハルトの運転でヨコハマ方面からトーキョーへ向かう高速道路を走る。助手席のカギリは、少し疲れた様子で首を傾けていた。


「結果めちゃくちゃ運転の練習になりましたから勝ちましたよ。車マジ便利」

「ねー便利だよ。買ったら?」

「維持費厳しいので。ていうか足として使う気ですよね」

「あたりー」

「あたったー」


 カギリの気の抜けた物言いにも慣れてきた。話すほどにハルトの肩の力が抜けるのは彼女の特殊能力かもしれない。

 一方、本日の活動で、懐に余裕があれば車が欲しいと思ったのは事実だった。車の所持に必要な費用をぼんやり計算してみると、バイトを増やしてヨシノの仕事をたくさん貰う、あるいは自分から請けないと無理だとすぐに結論が出るけれど。


「ハルトくんそこの分岐、左のほうにぐるっと」

「うわ。なんだこの道」

「このへん一回壊れちゃったから、迂回するのに変なところで上がったり下がったりするよ。高速道路だったはずだけど」


 来るときは違う経路の一般道だったのでわからなかった。カナガワ方面からトーキョーへの高架道路を通って、シブヤ近辺を走っていたが、途中で大きく左に向かって急に逸れていく。

 数年前。海外の魔人テロ組織が、ニッポン以外の各国の魔人の待遇改善を主張し、当時ニッポンに入国していた魔人の権利の縮小に燃える米国大統領を狙って引き起こした「首都高崩落事件」と呼ばれるテロがあった。

 その事件のためにシブヤの一部地域が崩壊し、周辺の地域にも影響が出たというのは、ハルトも事件当日含めテレビでよく見ていたので知っていた。

 その後に道路は復旧したが、魔素の不安定化が激しいその地域は、魔素汚染や地盤沈下、異常植物の発生により、各種インフラが復旧できていない通称『魔界』と呼ばれる区画があるため、一般人は近付けないという。


「あの事件ってこの辺だったんですね」

「うん。当時は大混乱が起きてたってうちのオーナーも言ってた。私もこのあたりに住んでたらしいんだよねー」


 ハルトは運転席から高速道路の下を覗けるか試みたが、道路はほとんどが高い遮音壁に囲まれていてほぼ見えない。道を走っているだけでは、他の高速道路と様子は変わらなかった。


「『らしい』って?」

「うん。私、そのへんより前の記憶が無いから」

「そんなにヌルっと言う話なんですか……」


 とはいえ正しい受け取り方もわからなかった。カギリは何とも思っていない表情である。


「今は今だからねー。私、昔は結構めちゃくちゃな人だったみたい。暴力的というか、家とか物とか壊したりで」

「めちゃくちゃな人て。全然そうは見えないですよ」

「ね。私も想像つかないよ。就職してからはちょっと落ち着いてたみたいだけど、そこでは働きすぎて倒れて、起きたら記憶もなくしちゃったみたい」

「前の仕事ってなにされてたんですか?」

「兄からは警護会社だって聞いてるだけかな。守秘義務の関係もあったりで、退職した今はつながりもないんだ」


 警護会社は警備会社とは違うのだろうか。ハルトには聞き慣れない単語だった。


「記憶なくした原因が単なる過労じゃないっていうのはわかってるから、いまは兄におんぶにだっこっていうやつだよ。持つべきものは親族」

「そうなんですね」


 カギリ自身があまり他人に興味がなさそうな素振りなのは、その記憶の関係があるためなのかもしれない。


「ちなみにその原因って……?」

「んー。花火かなー」

「?」


 カギリは走行する車の左側の中空に顔を向けていた。ハルトがそちらを見ても花火は見えなかった。その辺で購入できる一般人向けの花火であれば、打ち上げたところで一瞬で消える。

 カギリは左手の指先に真っ赤な花びらをつまんで、花びら越しに外を眺めていた。百貨店のどこかで拾ってきたのかもしれない。


「花火かぁ。このへん、治安悪そうだし多そうですね」

「え? 治安? ……あー、そうだね。敵がいそう」

「『敵』ってなかなか言わないですよ」

「そうかな? じゃあ『へんなの』がいそう」

「へんなのはいますね。絶対いる」


 それからは、ぽつぽつと取り留めのない話をした。

 カギリはとにかくコーヒー屋を続けたくて、バーの営業ではあまり疲れたくないそうだった。記憶喪失以前については本人が知らないからあまり知れることもなく、カギリ自身が自分の過去に興味を持っていない様子であったため、ハルトは特段の追及はしないことにした。

 一方でそれらを踏まえていくと、多少は普段の彼女の行動について理解できたかもしれなかった。記憶をなくした経験から、物事に深入りすることへのリスクを感じているのかもしれない。

 そのうちに、カギリは一度大きく息を吐く。


「やっぱりハルトくん、うちに来る人の中ではだいぶしっかりしてるね。今日の焙煎所の挨拶もちゃんとしてた」

「急に褒められてびっくりした。ありがとうございます」


 褒められ慣れているわけではなく、恥ずかしくなってアクセルをちょっと踏んでしまった。

 挨拶については、ヨシノと行動を共にするようになって様々な人種と関わるようになったため、下手に相手の印象に残らないように当たり障りのない立ち振る舞いを意識しているだけだった。


「なのでまだ早いかもだけど、色々よろしくするからヨロシク」

「色々すか。仕事は頑張りますよ」

「仕事以外も少し」


 ハルトはハンドルの感触を確かめた。


「……キルカですか?」

「あたり。ノーヒントなのに」


 現段階でよろしくされるようなことはそれほど多くない。


「俺は仕事でしか話さないんでよくわからないですけど、元々あんな感じでやってきてるんじゃ? なんか、『丁度いいレベルの愛想振りまいてうまくやってます』って感じの」

「ちょっと悪口に聞こえるなー」


 カギリは吹き出すように笑った。


「キルカちゃんは器用な子だとは思ってる。けど、こないだまでのアルバイトの子が辞めてからは、ちょっとまた様子変わってきてるかなーって」

「そうなんだ」

「あ。キルカちゃん、休みの日のあとにはいつも変わったお菓子とか買ってきてくれるし、関係が悪いとかではないんだけど。もう一年はうちにいるし、色々思うところがあるのかなって」


 意外だった。キルカのほうではなく、カギリはあまりそういうことを気にしない人間だと思っていた。先の記憶の話を踏まえると、カギリは敢えてそうしているのかもしれないため、一面的な話ではないのだろう。


「前から訊きたかったんですけど。カギリさんが店内の揉め事に関与しないのって、キルカが対応するからですか?」


 カギリは「うん」と頷いた。


「私は空気読めないし。怒ってるお客さまをもっと怒らせたり、揉めたら多分怪我するからっていうことで、そういうのはキルカちゃんが対応することに決めてるの。私が手を出したらキルカちゃんに叱られるんだ」

「だけど、それだとキルカがしんどいというか……」


 思わずハルトは呟いた。


「うん。だからハルトくんがフォローしてね。キルカちゃん、ハルトくんには遠慮しなさそう」

「そういうことなら全然しますよ。カギリさんは店長なのに頼りないからなー」

「いわれたー」


 カギリは困ったように笑った。

 内情はどうあれ、それくらいは言いたかった。


「あとそうだ。辞めたっていう前のバイトの子。たまに俺も常連さんから聞いてる感じだと、キルカとは仲良かったってことですかね」

「たぶん」


 微妙な物言いである。


「あんまり話したくなさそうだったから、私も話してないんだ」


 ハルトはぼんやりと高速道路を走るフロントガラスの風景を見つめる。いくらか話してもカギリの思考は読めなかったが、彼女がハルトに求めていることは理解することにした。


「そういうわけで私はこんな感じなので。ハルトくんはキルカちゃんと仲良くしてあげてね」

「ほどほどにやりますよ。そういうの、『してあげる』とかではないですから」


 はっ、とカギリが息を吸った音が聴こえた。


「うちの兄みたいなこと言われた」

「というかカギリさんだって仲良くしたらいいじゃないですか。今日なんて俺は普通に遊んでたつもりですから、そんな感じで」

「でも……、年齢もちょっと違うし……」


 ハルトとキルカはほぼ同じ年齢であり、カギリともそれほど離れてはいないはずだ。カギリは年齢にこだわりがなさそうで、ハルトとしてもそれほど年齢の壁は感じていない。


「たぶん私、人間と仲良くなる能力ないから」


 なんか店長が急に中学生みたいなことを言い放った。


 思い切りツッコミそうになった勢いをハルトはどうにかして飲み込み、運転しながらおもむろに服のポケットのスマートフォンを取り出した。


「……よし。じゃあみんなで俺の歓迎会やりましょ」

「歓迎会してないね」

「そうですよ。誰もやらないから俺が主催する。強制です。いますぐキルカに連絡してください。俺のスマホで」

「えぇっ……。あっ……、わぁー、いやぁ、やっぱりハルトくんは頼りになるなー……」

「絶対思ってないっすよね。ほらかけて。スピーカー。色々よろしくするんでしょ。しかたねーので俺はよろしくされますよ」

「ひぇー」


 カギリは髪を手で撫でつけながら、渋々といった様子でハルトのスマートフォンを受け取った。



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