第21話 第一村人『発見』
迷宮を攻略してから2日が経っていた。
本来なら徒歩1日で着くはずのアイテム交換所だが、道草を食いすぎたせいで予定がずいぶんと押している。
途中で野営をしたり、珍しい植物を観察したり。
初めてゴブリンやスライムに遭遇した時には、思わずテンションが上がってしまった。
「うお、本当にいるのかよ!」と興奮気味に叫びながらスマホを構え、しっかり写真を撮った。
そのあと、きっちり倒したけど。
そんなこんなで時間はかかったが、
目的地はすぐそこだ。
「それっぽいの、ありそうかー?」
俺が地上から声をかけると、上空を飛んでいたルナリアがくるりと旋回して降りてきた。
「うん、なんか村らしきものが見えたよ」
「村、か……」
俺は少し意外に思った。
『アイテム交換所』なんて名前だから、てっきり、何もない平原にぽつんと建てられたコンビニみたいな施設を想像していたのだ。
まさか村があるとは。
だが、ちょうど良い。
村があるということは、人がいるということだ。
「じゃあ、そこに行ってみようか」
「うん」
ルナリアが笑顔でうなずく。
俺たちは再び歩き出した。
「――あ、そういえば」
俺は重要なことを思い出した。
「俺の名前は今日から『田中』だ。
『佐藤』じゃないからな。
よろしく頼む」
「え、なに、急にどうしたの?」
「俺が『佐藤太一』であることを隠すために、これからは偽名を使っていく。
俺のことは『田中』と呼んでくれ。
ルナリアもエルフであることは隠したほうがいい。
何があるか分からないからな。
とりあえず、フードをかぶって耳を隠すんだ」
「よく分からないけど、分かったわ。
よろしくね、『タナカ』」
こうして俺は、『田中汰一』になった。
ちなみに、『田中』は母の旧姓である。
==========
「……村というより、難民キャンプだな」
思わずそう口にしていた。
目の前に広がる光景は、
まさに“仮の暮らし”そのものだ。
キャンプ用の簡素なテントがあちこちに張られ、焚き火の煙が風に乗って漂っている。
テントの間では、鍋を囲む者、壊れた道具を直す者、そしてただ虚ろな目で遠くを見つめる者――それぞれが、ぎりぎりの生活をしているのが分かる。
「……これが、外の世界か」
迷宮の中とは違う、生々しい“人間の匂い”がした。
そんな中、少し離れた場所に青年が立っていた。
革の胸当てをつけ、腰に短剣を帯刀している。
顔の彫りが深く、日焼けした肌に短く刈った黒髪。
地中海系の顔立ち――そう直感した。
彼は、俺たちに気づくと鋭い視線を向けてきた。
あからさまによそ者を警戒している。
そして、彼は低い声で言った。
「お前ら、どこから来た?」
日本語だった。
しかも、発音が妙に自然だ。
(日本語、うまっ)
心の中でつぶやきながら、ふとルナリアを見る。
そういえば、この子も日本語を使ってるんだよな。
なんで、みんな普通に日本語が通じるんだ?
神が言語を統一したのだろうか?
まあいい。
とりあえず青年の質問に答える。
「どこからって聞かれたら、日本だな。
そんで、この子は……ノルウェー出身」
そういえば、ルナリアの設定を考えていなかった。
北欧系の顔立ちだから、ノルウェーにしておこう。
ロシアは人口が多すぎてダメだ。
「え、わたしもロシア!あんたどこ中?」って会話が発生する確率がぐんと上がってしまう。
ルナリアがうまく嘘をつけるとは思えない。
ルナリアは「ノルウェー?」と首を傾げる。
後で教えてあげよう。
俺の適当な回答を聞いた青年は、眉をひそめたまま、さらに問いを重ねてきた。
「どこからって、そういうことじゃないんだが。
まぁいい。
それで、お前らここへ何しに来た?
入植希望か?
それとも、ただ立ち寄っただけか?」
入植、つまりは『ここに定住する』ってことか。
そのつもりは一切ないな。
「いや、アイテム交換所に立ち寄っただけだ」
俺がそう答えると、青年は一瞬だけ落胆したような表情を見せた。
だがその目はすぐに鋭く細められる。
そして青年は、
「なら、2人合わせて40万G払え」
法外な額の金銭を要求した。
40万G。
『マロネの実』の換金額は100Gだった。
つまり、マロネの実4000個分。
うん、高すぎるな。
俺は今、1万ちょっとしかお金をもっていない。
絶対に払えない。
「すまんが、そんなにお金を持っていない。
なんとかならないか?」
「なら、手持ちの金ぜんぶ出せ。
もっとも、金がなくなったらアイテムを買うことはできないから、交換所に行くだけムダだけどな」
フンッと鼻で笑われた。
(クソッ、殴りたいこの嘲笑!
だが、落ち着け。
俺は(元)社会人。
悪意をスマートに受け流してこそ一流だ!)
社畜時代の心優しき俺(天使)が語りかけてくる。
『落ち着け太一くん。
ここで殴ったら、懲戒解雇だよ』
――うるせぇ、もう会社ねぇんだよ。
ちなみに、今の俺(悪魔)は殴れと言ってくる。
その声を必死に聞き流し、
俺はひとまず、所持金を確認することにした。
40万は無理だが、5千くらいなら払える。
それでなんとか手を打ってもらおう。
スマホの『i bank』をタップ。
所持金を見た。
==========
《所持金》
・280,015,300G
==========
――は?
一度見ただけでは何ケタか分からないほどの大金。
1、10、100、1000……億!?
一瞬、脳がフリーズする。
そしてすぐに、今度は心臓が早鐘を打ち始めた。
落ち着け、落ち着け。
きっと、疲れて幻覚が見えているんだ。
落ち着けば、ちゃんと元の額に戻るはず。
目を閉じて、深呼吸をしよう。
すぅ、はぁ、すぅ、はぁ。
そしてもう一度目を開けば、ほら――。
==========
《所持金》
・280,015,300G
==========
な、変わってないだろ?
俺はこの大金をどこで手に入れたのだろうか?
神か魔王に、臓器でも売られたか?
いや、それはないか。
慌てて金の出所を探す。
その答えは、『新着通知』にあった。
==========
☆2ダンジョン・中ボス撃破報酬
・80,000,000G
☆2ダンジョン・攻略報酬
・200,000,000G
==========
なるほど、どうやらボスモンスターを倒すと神が大金をくれるらしい。
知らぬ間に、俺は大金持ちになっていた。
これなら、40万くらい簡単に払える。
争うのも面倒だし、金で解決しよう。
そう思って顔を上げた次の瞬間、
「あんた、また旅の人を困らせてるでしょ!」
――ガツンッ!
青年の頭上に、拳骨が降り注いだ。
「いてぇよ、姉貴!」
「うるさいバカ弟!
ほら、謝んな!」
知らない女性が、青年の頭を小突く。
どことなく青年に似た顔立ちをしている。
というか、この青年の姉だ。
「ごめんなさいね。
弟がほんとにバカで。
初対面の人に金をせびるとか、
恥ずかしいにもほどがあるわ」
「こいつら交換所に用があるだけのよそ者だぜ?
搾り取れるだけ搾り取ったほうがいいだろ」
「口答えしないの!」
ガツンッ、ともう一発。
青年は頭を押さえながら、しぶしぶ俺たちから視線を逸らした。
「交換所ならこっちにあるわよ。
案内してあげる」
「金を取らなくていいのか?」
「交換所は私たちの物じゃないしね。
みんな自由に使えるべきでしょ?」
この人、絶対いい人だ。
ルナリアと俺は顔を見合わせ、小さくうなずいてから彼女の後ろをついて行った。




