第15話 星を焼き尽くす『大魔法』
――ギイィィィィィ。
見た目以上に重たい扉を、
俺とルナリアの2人でこじ開ける。
「よし、開いたな」
両開きの扉を全開にすると、しっかりと中の様子を確認することができた。
「見たところ、階層主(中ボス)がいた場所と同じような構造になっているわね」
ルナリアの言う通り、
扉の向こうには、俺が龍と戦った場所と同じような『宇宙空間』が広がっていた。
ただ、1つだけ違う点があるとすれば、
「……アイツが、このダンジョンの主なのか」
金銀宝石の煌めく豪奢な額縁に収められた、二階建て住宅の外壁くらい巨大な絵画が宙に浮いている。
描かれているのは、ただの人物画だ。
小高い丘の上で、星を眺める女性。
ただ、肝心の顔はまだ描かれていない。
そんな巨大な絵画を描いていたのは、
赤、青、黄――まるで虹を雑巾で拭ったような、鮮やかで、けれどどこか薄汚れた色合いの翼を持つ、全長3メートルを超える死神だった。
インクで汚れた朽ちかけの外套からは、20を超える骨ばった腕が伸び、絵画を完成させようと筆を走らせている。
死神は俺たちの存在に気がついていないのか、脇目も振らずに絵を描き続けていた。
「いくぞ」
「うん」
敵を視認した俺たちは、扉の中へ足を踏み入れる。
その瞬間、
――バタンッ!
扉が勢いよく閉まる。
もう、後戻りはできないようだ。
そして、
『コーホヴィーム・プルー。
《我がすべての星達よ、堕ちろ》』
死神が謎の言葉を発した瞬間、
――キラキラキラキラキラキラキラキラ。
天を埋め尽くすほど大量の妖精たちが、ゆっくりと流れ星のように降り注いだ。
「……この数はさすがにやばいな」
100どころではない。
300を超える数の妖精が現れた。
こいつらは殴れば簡単に倒せるほど脆いモンスターだが、使ってくるスキルはとても強力だ。
この物量で押されたら、流石にすべての攻撃を避け切ることはできないだろう。
だが、それでもやるしかない。
300体だろうが1000体だろうが、
立ちはだかる敵は必ず倒す。
俺は覚悟を決めて、鞘から漆黒の剣を抜いた。
――しかし、
「わたしがやるわ」
ルナリアが杖を構えながら、一歩前へ出る。
そして、初めて耳にする未知のスキルを発動した。
『ソル・ネメシス』
彼女がスキルを唱えると、降り注ぐ妖精たちの前に小さな火球がポッと現れた。
煌々と輝く、太陽のような火の玉だ。
非常に大きなエネルギーを持っていることは見て分かるものの、火球は野球ボールくらいの大きさしかなく、迫り来る数多の妖精たちを相手にするには、さすがに役不足が過ぎた。
(え、そんな小さな火球でどうする――)
そう思った次の瞬間、
――バアァァァァァァァァァァァンッ!
火球が目にも止まらぬ速さで膨張、大爆発した。
強烈な閃光と爆風が、周囲に撒き散らされる。
炎に飲み込まれた妖精たちは言わずもがな。
爆風を受けただけの妖精たちも、その強力な衝撃波によって、ガラスが吹き飛ぶように塵と化した。
生き残った妖精は、1匹もいない。
「いや、強すぎるだろ!
これ俺、必要か!?」
ルナリアの放った強力な一撃を目撃し、俺は自身の存在意義に疑問を覚えた。
彼女は1人でこの迷宮を攻略できるだろう。
(……そうか、今回は出番なしか)
俺はそっと、剣を鞘に収めようとしたが、
「ごめん、今ので8割以上、魔力を使っちゃった。
あとはお願いできるかな?
わたしもできるだけ補助するから」
「マジか」
強力な一撃ゆえに、魔力の消費量は絶大。
そう易々と必殺技は連発できない。
「分かった、あとは任せとけ」
ルナリアのおかげで、邪魔者はいなくなった。
であれば、俺が狙うのは『迷宮主』だ。
(そうだ、この昂りを待っていた)
再び、あの闘争心が湧き上がってくる。
魂が、早く殺りたいと声高らかに叫ぶ。
――色とりどりに穢れた、巨大な有翼の死神。
眷属である妖精たちが1匹残らず駆逐されてしまったというのに、死神は脇目も触らず、絵を完成させることに集中していた。
俺たちには、なんの興味もないらしい。
「つれないじゃないか。
俺はこんなにもお前と戦いたいと思っているのに」
来ないのであれば、こちらから行かせて頂く。
俺は一直線に、死神の首を狙って走り出した。
『アニ・ツァイェール。
《我は、描く》』
だが、死神とて何もしないわけではない。
自身の邪魔をするならば、容赦なく排除する。
死神が謎の呪文を唱えると、人間の等身大サイズのキャンバスがシュッと現れた。
まだ何も描かれていない真っ白なキャンバス。
そこに、死神の筆が加えられる。
『シュマー・ハエカル・シェリ。
《我が神殿を守りし三日月の戦士よ、来たれ》』
死神が瞬時に描いたのは、
三日月型の刀を持った、白銀の鎧をまとう戦士。
死神が戦士を描き終わると、
絵の具がじわりとにじみ、形がうねった。
やがて絵から銀色の光が漏れ出し、
中から“それ”が一歩、現実に足を踏み出した。
――ガシャン!
俺の行手を阻むように、三日月の戦士が地上に降り立つ。
(なるほどな。
こいつは、モンスターを召喚するタイプのボスだ。
面倒なことは全部、眷属に任せているんだろうな)
「お前の武器はその剣だろ?
俺もそうだ、この剣で戦う。
手に入れたばかりだから、早く使いたくてしょうがないんだ。
悪いが、試し切りの相手になってもらう」
――ギィィンッ!
俺の持つ漆黒の剣と、戦士の持つ白銀の剣が、音を立てて勢いよくぶつかる。
――ググググググ。
力の押し合いは、どうやら互角。
であるならば勝敗は、力以外の秤りがたい力量差によって決まるのだろう。
「さぁ、思う存分やろうじゃないか」
『ケ・ヘレヴ・ラアドーニ・エケー・バハ
《主人の剣として、貴様を切り伏せる》』
両者ともに、一歩も引かない。
熾烈な剣戟が火花を散らした。
「わたしも加勢しないと――」
サトーと戦士が斬り合っているのを見て、ルナリアは杖を握りしめながらそう言いかける。
だが、次の瞬間、空気が変わった。
死神はまだ、筆を止めてはいなかったのだ。
『ボー・コヘン・ハヤレーアハ。
《我が神殿で祈りし望月の聖母よ、来たれ》』
新たに現れたのは、
まるで彫刻のように真っ白な聖女だった。
石のように冷たく滑らかな白い肌。
我が子を抱く母親のような、優しい微笑み。
聖女は胸の前で静かに手を合わせて祈っている。
そしてその背後には、まるで聖女を守るように大きな満月が浮かんでいた。
息をのむような神々しさ。
だが、同時にどこか不気味でもあった。
ルナリアの表情がぴたりと固まる。
すでに尽きかけた魔力で、このモンスターの相手をすることは可能だろうか?
おそらく、無理だろう。
「……でも、やるしかないわ」
自分がこいつを引きつけなければ、サトーに大きな負担がかかってしまう。
サトーは、たしかに強い。
魔法使いとして十分すぎるくらいの魔力を有していながら、闘気の総量もケタ違いに多い。
あまりにも、力に恵まれすぎている。
戦いの才ある者をこれまで幾度か見てきたが、これほどの存在は初めてだ。
しかしそれでも、この強敵2体を同時に相手するのは流石にきついだろう。
このモンスターたちは、明らかに格が違う。
きっと、迷宮主の切り札なのだろう。
サトーは良い人間だ。
絶対に死なせない。
「あなたは、わたしが相手よ」
ルナリアはそう言うと素早く身を翻し、高貴なる聖母に杖を向けた。
次回 : ラスボスを倒します。テンポよく行きます。
気軽にブクマいただけると、作者の励みになります!
ぜひよろしくお願いいたします!




