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第16話 ダンジョン『攻略』

――キンキンキンキンッ!


 金属のぶつかる音が、息つく間もなく響き渡る。


【右下からの切り上げ】


【フェイント】


【心臓を狙った一突き】


 危険を察知する第六感が、敵の攻撃を予見する。

 『先を見る』力はとても強力だ。

 反射神経だけでは対応しきれない攻撃も、先に見ることで余裕を持って迎え撃つことができる。


――そのはずなのに。


 その力をもってしてもなお、互角の勝負が続く。


(こいつ、見た目に反して動きが速い!)


 重厚な白銀の鎧を身に纏っているはずなのに、騎士の放つ一撃は鋭く、的確に人体の急所を狙ってくる。


 さすがは、迷宮主《ラスボス》の懐刀《ふところがたな》。

 大きさは派手さでは、中ボスの龍が勝つ。

 だが、やりにくさや強さは、こちらが断然上だ。


 気を抜いたら、一撃でやられる。

 俺は第六感をフルに使い、ギリギリのせめぎ合いを繰り広げる。


(――そういえば、

 ルナリアは大丈夫だろうか?)


 不意に心配になり、ほんの一瞬の隙を見て、彼女がいる方へ視線を向けた。


(あっちはあっちでヤベェ――うお!)


『アル・タビット・ハツィダ。

 《よそ見するな》』


 頬に鋭い痛みが走る。

 なんとか剣で受け切れたが、本当に危なかった。

 よそ見している暇などなかった。


 彼女も大変そうだったが、こちらも手一杯。

 自分の戦いに集中せねば。


 ちなみに、

 目の端に映ったルナリアは、飛んでいた。


 謎の女型モンスターが連発するレーザーを、空中を自由自在に飛び回って華麗に避け続けている。


 残り僅かな魔力を温存するために、攻撃はせずに回避に集中しているようだ。

 逆に言えば、

 魔力が尽きたら格好の的になってしまう。


(つまり、ルナリアの魔力が尽きたら終わりか。

 早くこの戦士を倒して、かつ、新たなモンスターを召喚される前に、ラスボスを仕止める必要があるな)


 緊迫感が、闘争心にさらに火をつけた。

 己のすべてが、剣戟に集約されていくのを感じる。


――より速く、より鋭く、より的確に!


 剣なんてまともに振ったことがないのに、俺はこの十数分のうちに、達人級の剣捌きを会得《えとく》していた。

 命のやり取りを通して、体が勝手に答えを導く。


 まさに、修羅そのものだ。


 いつの間にか、互角だった剣撃の応酬が少しずつこちら優勢に傾いていた。


――もっと俺は強くなれる!


 そして、それから数分もしないうちに、こちらが一方的に攻撃を仕掛ける展開になっていた。


(鎧は硬そうだから、隙間を狙った方がいいな)


 絶対に、致命傷を与える。

 その一撃を確実に決めるために、敵を徹底的に追い詰める。


 押して、押して、押して!


 敵がこちらの攻撃に対応できなくなるまで。

 ひたすら剣を振り続ける。


(ここだ!)


 そしてついに、

 俺の剣が、敵の兜のすき間に深く突き刺さった。


 兜の中はよく見えないが、確実に頭を貫いたはず。


「やったか――」


 俺は一瞬だけ、気を抜いてしまった。


――ザシュ。


 剣を持っていた方の肩に激痛が走る。

 俺は驚きと痛みで、剣を手放してしまった。


(こいつ、死んでない!)


 頭を貫かれたはずの戦士が、立ち止まることなく突きを繰り出してきたのだ。

 俺はその攻撃を、見事に受けてしまった。


 よくよく考えてみれば、

 こいつは『生物』ではない。

 迷宮主が描いた『絵』だ。

 頭を貫いたからといって、動かなくなる保証はどこにもない。


 後ろへ飛び退いた俺を追撃するように、戦士は床を強く蹴って、俺に再接近する。


 振りかぶられた大きな剣。

 剣を落としてしまった俺は受けることができない。


 やられたらやり返すと言わんばかりに、

 今度は戦士が、俺の頭めがけて剣を振り下ろした。


(クソ、やっちまった)


 終わったと思った次の瞬間、


『シェル・ベール!』


――ガキンッ!


 謎のオーロラが体を包み込み、敵の剣を弾く。


 ルナリアの防御魔法。

 彼女は聖女の攻撃を避け続けながら、こちらにも気を配ってくれていたのだ。


「借り1つだな!」


 俺は駆け出し、剣を回収する。


「ダセェところ見せちまった。

 だが、もう、間違えない」


 再び、戦士に切りかかる。


 肩の怪我で利き手は使えなくなったが、戦いの最中に成長を続ける俺にとって、そんなことは微々たる問題だ。


 数回の斬り合いの後、

 俺はもう一度、兜の隙間に剣を突き刺した。

 もちろん、これだけでは戦士を倒せない。


 だから俺は、剣に魔力を込めた。


「燃え尽きろ」


 ナイト=ペイン。

 多様な属性スキルを操る龍から落ちた漆黒の剣。

 この剣は、魔力を込めるだけで任意の属性を付与できる、属性攻撃特化の武器だ。


 俺の魔力を吸った剣は、敵の兜に突き刺さったまま、特大の炎を吹き上げた。


――ボオォォォォォッ!


 『絵』から飛び出してきた白銀の戦士は、なすすべもなく、瞬く間に灰となって燃え尽きる。


【このままラスボスを倒す】


 俺は勝利の余韻に浸ることなく、ラスボスめがけてすぐに駆け出した。


『ロー・ティトカレヴ・レアドーニ。

 《主に近づくことは赦《ゆる》さない》』


 仲間を失い、さらには主人に危機が迫っている。

 純白の聖女は、標的をルナリアから俺に変えた。

 渾身のレーザーを打つ準備をする。


「あなたの相手はわたし。

 そう言ったでしょ」

『グラヴィトン・フォール』


 だが、ルナリアがそれをさせない。

 残りの魔力をすべて使い、重力を操作して聖女を地面に拘束した。


(おいおい、どんだけ借りを作らせるんだ)


 これほど頼りになる女性はいない。

 あとで絶対、恩返しをしなければ。


 ルナリアに感謝しながら、俺は大きく跳躍した。

 空飛ぶ死神、ラスボスを切り伏せるためだ。


『アル・タアモド・リ・ドゥラキ!

 《我の邪魔をするな!》』


 死神は新たな眷属を生み出そうと、ふたたび真っ白なキャンバスを召喚する。


――だが、判断が遅かった。


「もっと戦っていたかったが、終わりだ」


 死神が眷属を描き終わらぬうちに、

 爆炎をまとった剣が、死神を一刀両断した。



==========



 迷宮主は、嘆く。


 真っ赤に燃える視界。

 そこには、完成させられなかった絵が映っている。


『ロ・ヤハラティ・リズコール。

 《どうしても、思い出せなかった》』


 あの日の夜空は鮮明に覚えているのに、

 彼女の顔だけが、どうしても思い出せない。


 描かれているのは、ただの人物画。

 小高い丘の上で、星を眺める女性。


 夜空は完璧に描けたのに、

 彼女の顔には一筆も入れられず、真っ白のままだ。


 この絵を完成させることができないまま、

 自分はこの世界から消えていく。


 迷宮主は、嘆く。


 そして最後に、自身を打ち倒した者たちの姿を見ようと、未完の絵画から初めて目を逸らし、彼らに視線を向けた。


 彼らは、一組の男女だった。


 男の方は漆黒の剣を片手に、どこか残念そうな、物足りなそうな表情で自分を見つめていた。

 この男のせいで、絵を完成させられなかった。

 実に、腹立たしい。


 そして女の方は、そんな男を見つめながら、


――とても嬉しそうに微笑んでいた。


 どこか懐かしい、心揺さぶる表情だ。


 私は過去に、この女ではない別の女性から、この笑顔を向けられたことがある。


『アーハ、スォフ・ザカルティ。

 《あぁ――やっと思い出した》』


 再び、未完の絵画に向き直る。


 灰となって消えゆく最中、

 迷宮主は最後に、筆を走らせた。


『ゼー・フナフ・ゼー・ハパニーム!

 《これだ、この顔、この表情だ!》』


 ついに、絵画が完成した。


 眼球のない真っ暗な眼窩《がんか》から、一筋の涙が流れる。

 肉体なんて、とうの昔に捨てたはずなのに。

 不思議と、涙が出た。


『ニフガシュヌ・シューブ。

 《また、会えたな》』


 迷宮主は最後に、

 絵画の中で微笑む女性に笑いかけた。




 長らく続いた夜が終わりを迎え、


――空が青く、晴れ渡る。

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