ごちそうと決意
「気味が悪いと言わないのだな……」
「はい。別に今に始まったことではありませんから」
「……」
今晩の食事は、火山地帯に生息する巨大なトカゲを頂くことになった。
ウルリク様が慣れた様子で捕獲してくださったお陰で、特に苦労もなく仕留めることが出来た。肉の処理も手慣れていたことから、きっと長い間この火山地帯で過ごしてきたのだろう。
肉をカットして石の上に置けば、じゅわりと耳が嬉しい音がする。魔力を纏って常に体を守っているから気付かなかったが、ここも火山が近くて温度が高いのだ。
長い間、マナーだのなんだの、息が詰まる食事ばかりだったから余計によだれが滴る。
それにこういった食事を取るのは、初めてのことではない。
后教育が本格化して、殿下のサポートに回るまでは、よく一人で依頼をこなしていた。野宿をすることもあれば、最悪の場合だと虫を食べることすらあった。
虫って結構な栄養源なんですのよ。……って、そんな話はどうでもいいわね。
「お前は人間の貴族令嬢、なんだろう」
「ええ。一応はそうですわ」
「…………俺の知らない間に、人間の貴族の価値観は変わったのか」
「あ、いいえ。今も昔も同じかと思いますわ。わたくしがおかしいだけですのよ」
もちろん、自分がおかしい自覚はある。自覚があるからこそ、こうして隠せていたのだ。
それにどうせ家族以外は、わたくしに関心はなかった。
わたくしが〝魔法を使えない〟とわかってからは、まるで飾り物のような扱いだった。いるだけの公爵令嬢だ。
わたくしの魔力量すらわからない底辺の連中に馬鹿にされていた。
「焼けたぞ」
「まあ、頂きます」
この環境でも燃えない木の枝。植物も火山活動に合わせて変化していったのだろう。そんな枝に突き刺して、ワイルドなスタイルで頂く。
ぱくりと一口含めば、少々スモーキーな味が口の中に広がる。この地域の特性の風味といったところかしら。いいスパイスになっていて、独特な味わいが美味しい。
見た目こそ悪いものの、味は悪くない。寧ろ美味しい部類。魔力を使って疲れと空腹で、わたくしはパクパクとお肉を頬張る。
「美味いか」
「はい、とっても! ウルリク様が焼いてくださったから、とても美味しいですわ」
「……ごほんっ。その、隠さなくなったな」
「それは勿論です。もうあれだけのことを吐き出してしまったら、愛を隠しても無駄な足掻きですわ」
まさか照れてくださっているのかしら。
あの男爵令嬢みたいな下品さは嫌だったけれど、真っ直ぐに感情を伝えたら好きな殿方がこんな表情をしてくださるなら、悪くないわ。
まあ勿論言った通り、あんな恥ずかしい言葉を吐露してしまったこともあって、隠しようもなくなってしまったのも大きな理由の一つだけれど。
それにしても、先程よりもウルリク様との距離が縮まった気がする。
これは街との関係性や、何があったかについて聞いても大丈夫かしら。――いえ、詰めすぎるのもよくないわね。
住民が死んでいるのだから、そのあたりは敏感な話題だ。安易に踏み込んで怒りを買ってもよくない。
好いている殿方以前に、一人の人物として。
「討伐依頼は誰からの依頼だ」
「申し訳ありません。それが匿名依頼でして。帰りましたら、ギルドに調べさせるつもりです」
「匿名……」
「はい。推測ですが、王家が関わっているとわたくしは思います」
「それはあの手紙を読んで、か?」
「うっ……」
一体どこから見ていたのだろう。不法侵入に機密文書の盗み見、上げたらきりがない。彼がこの国の関係者や住人だったとして、問い詰められたら何も言い返せない。
軽率な行動だったとも思っているし、興味が勝ってしまったことを恥じている。
申し訳なくて顔もあげられず、わたくしは俯いていた。ウルリク様からは溜め息の声が聞こえて、びくりと肩を揺らした。
あの殿下に散々言われてもなんとも思わなかったわたくしが、ウルリク様の機嫌を損ねたくないなんて。心がぐちゃぐちゃになる。
「……俺は、オークの落ちこぼれなんだ」
「え……?」
突然話し出すウルリク様に驚いて、わたくしは顔を上げた。
寂しそうな笑顔でわたくしを見つめたと思えば、淡々と彼の今までの人生を語ってくださった。
ウルリク様はわたくしの予想通り、森林地帯に拠点を置くオーク族の出身だった。
オーク族の平均では、もっと身長も筋肉もあるらしい。彼は同族の中で最も小さく、オークが得意とする肉体での戦闘が苦手だった。
代わりに彼は、類稀なる高純度の魔力と、それを完璧に操る技術を持っていた。
だがオークにとって、魔法というものは〝野蛮〟に値する。己の肉体で語ってこそ、オークとしての強い存在を示せた。
ウルリク様はそんなオーク族から逃げて、たった一人で彷徨っていたらしい。
同族には見捨てられ、人間には見つけ次第に攻撃を受け、心も体もボロボロになっていた彼を救ったのが、この街の住人だった。
ボリバルというオーク族での名前を捨て、この街の王子が名付けてくれた〝ウルリク・ハグバリ〟という新たな名前を名乗ることにした。
ウルリク様はここにいれば、〝魔法使いのオーク〟というおかしな自分を否定されなかった。
幸せな日々がずっと続くと思っていた矢先――ドラゴンの討伐依頼がやってきた。
「長は心配させまいと俺に黙っていたが、たまたま聞こえてしまってな。確かにあのドラゴンは、この街に災いをもたらしてきた。だがそれを知っていたからこそ、災いを呼び起こさせたくなくて、彼らは討伐を拒否していたんだ」
「……我慢できなくなった人間が、見せしめに?」
「ああ」
なんて愚かな。なんて酷い。
ただ平和に過ごしていたかっただけなのに、どうしてその場所をわざわざ奪うようなことをするのだろう。
わたくしの中には、ふつふつと怒りがわき起こる。今にでも戻って、王宮に殴り込みたいほどに。
「でもどうしてウルリク様は無事なんですの?」
「……俺は……、……つい数日前に、ここに戻ってきたばかりだ」
「あ……」
そう。そういうこと。〝二度も助けられた〟のね。
なんて優しい方々なのだろう。きっと全てを見越していたに違いない。
ウルリク様ほどの実力者であれば、襲ってきた人間を迎撃する。そこで勝てれば万々歳だが、敗北した場合に奴隷のように酷使される可能性だってある。
先程も火口に行けると仰っていたから、間違いなくこき使われる未来を想像していたのだろう。
だから何か時間のかかる仕事を頼んだ。
きっとここの偉い方は、手紙から人間が攻めてくることは推測していたのでしょう。
住民からすればウルリク様を助けたことになる。
だけど、ウルリク様は二回もひとりぼっちになってしまったことにもなる。
長い長い仕事を終えて戻ってきたとき、皆が笑っていたはずの広場が凄惨な状態になっていればどう思うだろう。問わずとも分かる。
「ウルリク様。大変申し訳御座いませんでした」
「なっ、何をしている!」
謝罪ですとも。土に頭をこすりつけて、両手を地につけて。
広場で捧げた祈りといい、自分の都合の良いことをしているのは分かっている。でも何もしないよりかは良いとも思っている。
お金で何とか出来る問題ではない。わたくしの命で満足するなら差し上げても良い。だけれどわたくしの命は、ギルドの命。無責任に捧げられるものではない。
わたくしが出来ることは――
「復讐です」
「は?」
「丁度わたくしも、懲らしめたい王族がおりますの」
わたくしは手を差し出した。この短時間で信頼が構築できているとは言い難いが、利害が一致しているのは間違いないこと。
わたくしも腑抜けた殿下に一発お見舞いしてやりたりところでしたし。
腐りきった王族が王国を潰さぬようにするのも、公爵令嬢の努めだと思ったのです。
「…………へんな令嬢だ」
ウルリク様は笑いながら、わたくしの手を取った。会ってから初めて見る、柔らかい笑顔だった。




