面談
ウルリク様はお優しい方なので、わたくしの我儘をすんなりと了承してくださった。
「人間は嫌いだが、令嬢の家族ならば大丈夫だろう」と微笑むものだから、またわたくしの思考が停止したのは言うまでもない。
なんならそれをブレヒチェとパウラのいる前で言うものだから、暫くの間はそのことで二人にからかわれるのでしょうね……。
わたくしはウルリク様を連れて、自宅へと戻ってきていた。使用人達は明るく出迎えてくれて、安心する第一の我が家だと実感する。
幼少の頃からお転婆なわたくしを見ていたので、オーク族であるウルリク様が隣にいても何も言うことはない。彼らも慣れきっている。
ウルリク様は人間に会えば罵詈雑言を受けていたらしく、ギルドといい公爵邸といい、驚くことばかりだそうだ。
「両親が来るまでここで待ちましょう」
「ああ……」
「失礼致します。紅茶と茶菓子をお持ちしました」
「ありがとう」
我が家のメイドは優秀だ。玄関にて、わたくしが客人を連れてきたと知ると、即座にもてなしの準備へと移った。
わたくしとウルリク様が客間につく頃には、メイド数名がすでに待機。ソファーに座るタイミングで、茶菓子を運んでくる。
おそらくここまでのタイミングの良さを考えると、わたくしが屋敷の敷地内に入った頃に、誰かが気づいて共有したのでしょう。よく出来た使用人達だ。
ウルリク様は自分にも用意されるとは思っていなかったようで、自分の前のテーブルに並べられた紅茶と茶菓子に驚いている。
わたくしと紅茶をチラチラと確認する動きが、今まで見てきた中でも子どものように可愛らしい。また愛しい一面を見つけてしまったわ。
ウルリク様の微笑ましい姿に顔をほころばせていると、メイドはそんなわたくしに気付いたようだ。
恥ずかしいかな、わたくしのウルリク様を見る甘い視線にも気付いたのでしょう。わたくしが来訪した際のあの伝達速度だ、きっとこの恋心も屋敷中にすぐに広がる。
そしてウルリク様を最大限のおもてなしで、迎え入れようと画策するに違いない。
嬉しいのだけれど……。
「……こほん、どうぞお食べになって」
「俺もいいのか……?」
「ええ。わたくしの客人ですもの。それを拒む人間など、我が屋敷にはおりませんわ」
「……では遠慮なく」
彼は紅茶を取ると、まず匂いを堪能した。そして美しい所作で一口。――まるで貴族のような、洗練された動きだった。
オークの集落でも、そういったマナーがあるのかしら……?
以前にオークと対峙したときには、そんな文化があるようには思えなかった。洞窟に住んでいたり、木で出来た簡素な家に住んでいたり、服ですらただの皮を纏っているだけのことが多かった。
わたくしがポカンとして見ていると、ウルリク様は「ああ」といってティーカップを置いた。
「前に俺の名前の話をしただろう」
「え、ええ。獣人の王子がつけてくださった、と……」
「あの王子とはそれだけじゃなく、家族で世話をしてくれたんだ。マナーや様々な知識、魔法に関しての訓練もな」
「ほーう。ならヘルディナの婿として丁度いいじゃないか」
いきなり現れた声の主。いつの間にかわたくしとウルリク様の前のソファーに座っていたのは、父によく似た悪戯好きな兄――ランベルトお兄様。
その顔はお父様と瓜二つ、とよく言われる。濃いブラウンの髪に、母譲りのヘーゼルアイ。
普段は〝騎士団の仮面〟と言われるほどに表情がないお兄様だが、家に帰ると本性を表す。ニタニタとした笑みを貼り付けて、どう〝サプライズ〟を与えようかと考えている男だ。
「ウルリク様、こちらはランベルトお兄様ですわ」
「どーも~。いつもは王国騎士団の団長をやってる。仕事中に会っても驚かないでくれよな」
「驚く?」
「お兄様は家以外では鉄の仮面のように無表情なのです。愛想が悪いはずなのに、どうしてだかご令嬢が寄ってくるんですのよ」
「俺が遊んでるような言い方はやめてくれよ」
地位や所属に関わらず、お兄様は女性からとても人気がある。わたくしは普段から見慣れているせいで麻痺しているけれど、傍目からすれば整った顔立ちらしい。
それにお兄様の本性を知っていれば、この男がいい男だとは思うまい。未だに使用人やわたくし達家族に対して、男児のような悪戯を仕掛けている男だ。
急に角から飛び出してきて、驚いたメイドが皿を割るという話はまだまだ聞く。まあ、それを見て笑いつつも、一緒に皿を片付けてくれるのだから悪い兄ではない。
そんな兄も、家の外で会えば仮面を被った状態だ。いくら家族であったとしても、外にいればその仮面を外すことはない。
わたくしも両親も、他の使用人らも知っていることだから、それに対して驚かない。
ただウルリク様はそれをご存知ないから、言っておく必要があった。
「それにしてもとんでもない魔力だな。酒樽からワインを飲み干してる気分だぜ」
「お兄様。下品な例えはやめてくださいませ」
「それはどうも。ランベルト殿も十分に〝とんでもない〟と思うが」
「そりゃな。騎士団を率いるにはそれなりの力が必要だ。父上を引きずり下ろすのは苦労したんだぜ?」
「それは悪かったな」
丁度良く部屋に入ってきたのは、お父様とお母様だ。
お父様の言葉を聞いたお兄様は、げぇっと貴族らしからぬ声を漏らす。決して二人の仲が悪いというわけではなく、どちらかと言えば仲よりも〝相性〟が悪いと言える。
それもそのはず。〝同じタイプの悪ガキ〟が二人も揃えば、お互いに争い合う。
お父様の悪戯好きをしっかりと受け継いだお兄様は、ことあるごとにお父様の悪戯と被ってしまうことが多々ある。お互いにライバルとして意識し始めるのは時間の問題だった。
今となってはお母様に一緒に叱られているのも、よく見る光景だ。
「お二人共。ヘルディナのお客様がいるのですからね」
「はい」
「すみません」
向かいのソファーに、お父様、お母様、お兄様が座る。もしかしなくても面談だわ。
挨拶をしに来ただけだというのに、何かしらこの空気感……。公爵家というだけあって、ふざけていたお兄様からも隠せない強者の雰囲気が出ている。
仲良くなるためにフランクに接したのだろうけれど、それがよりピリついた空気を生み出している。
なんならウルリク様も背筋を少し伸ばしているほど。
やめてください。発表することも何も無いのですわよ。
「それで、式はいつ?」
「はい?」
「んぐっ、ゲホッゲホッ! もう、お母様! わたくしが勝手にお慕いしているだけで、結婚の予定はありませんわ」
出来ればしたいけれど! ギルドや家族に見守られながら、一生の誓いを立てたいけれど!
でも政略結婚でもなく相手の同意もなしに、結婚なんてできるはずも無いし――そもそも出会ったばかりですし! お互いを知りませんし! ウルリク様がわたくしをどう思ってるかも、知りませんし……。
「あら、そうなの? 淋しいわ」
「あの、いや……。俺の種族を見て、嫌悪感を抱かれないのですか?」
「いいえ」
「全く有り得ないな」
「ぜんぜん」
三人揃って否定をする。貼り付けた演技の面ではなくて、『何を言っているんだ』という疑問の顔。
ウルリク様、心配するところはそこでは御座いませんわ。わたくしの母はただ紹介しただけの殿方に対して、既に挙式の話を持ちかけていますのよ。
常識を考えれば頭のおかしい親です。
確かに人間と様々なことがあったウルリク様のことだから、嫌悪感を抱くかどうかが肝心だろう。
これからの立ち回りに関わってくる。
それが全くないと、三人が断言しているのだ。拍子抜けというか、驚愕というか。
悪いことでは無いはずなのに、頭が追いつかないのだろう。
「ヘルディナの選んだ方が、悪い方のはずありません」
「ああ、コルネリアの言う通り。それに君から感じる魔力。清らかで洗練されている。ヘルディナに相応しい男だ」
「も、もうっ! お父様まで、やめてくださいませ!」
「あらあら、ごめんなさいね。私もテオドールの影響かしら」
「お母様っ!」
ああ、もう恥ずかしい。全くみんな揃ってわたくしをからかうのだから、困ったものだわ。
早く用事を済ませて、仕事に戻りましょう。
わたくしは気持ちを切り替えて、三人へこれからの予定の説明を始めた。
「……こほん。わたくしはこれから長期の仕事で、王都を離れることになります。早くて二ヶ月、掛かって数ヶ月を予定しております」
「へえ、随分だな。どんな仕事なんだよ?」
「火山地帯に亜人の町がありまして、そこで虐殺された遺体の埋葬です。街を軽く調査致しましたが、王の紋章や封蝋のなされた書物が多く見られましたの」
ピクリ、とお父様の眉が動く。何か心当たりがあるのだろう。流石はお父様。やはり屋敷へ顔を出して正解だった。
わたくしが挨拶しに来たのは、ウルリク様の紹介のためであり、長期不在の報告であり――お父様達へのお願いのためだ。
ピーテルには探りを入れてもらったが、それも限りがあった。だが公爵家の人間だとすれば。
もっと広い範囲で、堂々と探すことが出来る。
少なくともコソコソと隠密魔法を使ってまで、隠れる必要はないということ。城に出入りしたところで、別におかしいことではない。
「なるほどな、可愛い娘の頼みだ」
「私もお茶会仲間のご夫人達に尋ねてみるわね」
「俺もそれとなく探ってみるよ」
「感謝致しますわ」
「……助かる」
この三人の人脈であれば、ピーテルも完敗するほどの情報を得られるでしょう。
我がギルドの情報通には申し訳ないけれど、ここは貴族の権力を使わせてもらいましょう。




