当然のこと
「それで? そちらの報告は?」
「やっぱり気づいてた?」
「気づいたというより……貴女達ならば、特に頼まなくても動いてくれると思っただけよ」
「随分と信用してくれちゃって、光栄ね」
それからわたくしは、ピーテルからの報告を聞いた。
現地で発見した手紙といい、わたくしへの嫌がらせを兼ねた依頼といい、辻褄が合う。王子であれば過去に王家や国が放棄した依頼も、探し当てることは出来るだろう。
嫌がらせのためなのだとしたら、素材自体にはあまり意味はなさそうね。殿下の驚く顔を拝見して、素材はそのまま頂いてもいいかもしれない。
欲しいと言われたら差し上げるけれど、使えそうにもないマティアス殿下には勿体ない代物だ。渡すには少々惜しい。
「それと、聖女についても」
「ステファニー嬢がどうかされたの?」
「隠密魔法発動中にばったりと出くわしたんすけど、俺を見ても無視したんすよ」
「……変ね」
聖女ほどの力を持っていれば、発動されている魔法を見破ったり出来るはず。
特に神聖力というのは、光属性の上位互換でもあり、闇魔法の部類となる隠密魔法には有効だ。
聖女は癒し手と知られてきているが、一部の知識人は〝真実を見る者〟と呼ぶこともある。聖なる力が宿ったその瞳は、闇を纏った偽りの人間を暴くことが出来るという伝承から来ている。
そうなれば、ピーテルのことは敢えて無視をしたということになる。
「もしかして、わたくしのことも……」
「マスター?」
「あ、いえ。なんでもないわ」
彼女が何かを隠しているのは事実。種明かしをするのはまだ早い気がする。
依頼の完了報告はするとしても、わたくしの実力を教えるにはもう少し調査が必要ね。
「聖女の身辺調査も、今後の課題にしましょう」
「復讐っすか!」
「そんな幼稚なことはしないわよ。……それに、権力と地位を手に入れたあの少女が、何も考えずに貴方を見逃すとお思い?」
「うぐ……」
「ふぅん。何かの意図があって泳がされた、ってことね。動くにしても情報が足りないわ」
「そのとおりよ」
まぁあの間抜けな王子には、ちょっと小突くくらいはしてあげたいけれど。
今後も安心して活動するためにも、排除できる障害物は排除したほうが良い。……安全確認という意味で。
「そうそう。少しお願いしたいことがあるの。必要とあればわたくしのポケットマネーから出すから、ちょっと協力願えないかしら」
「なにかしら?」
「埋葬よ」
火山地帯の集落で見つけたことを、わたくしはこの場で話した。時折、ウルリク様も言葉を挟んで、人間の酷さとその場所での出来事を伝えた。
住民の殆どが虐殺され、町のそこら中に転がっている。一人二人の助っ人では、埋葬は終わりもしない。
ギルドの仕事を一旦止めて、全員で向かわなければならないほどだろう。
そうなれば彼らの損失は、ギルドマスターとして理解できる。だからここはわたくしが依頼者として、彼ら――ギルドへ依頼を出すのだ。
「ポケットマネーねぇ……」
「足りなければ今後のわたくしの給与から、引いてもらって構わないわ」
「はあ、全く。ちょっと待ってなさい」
「?」
ブレヒチェは珍しくどかどかと荒い足取りで、廊下に出た。すぅ、と息を大きく吸い込むと、彼女から発せられたとは思えないほどの大きな声が響き渡った。
「あなた達ーー!!」
ブレヒチェが叫ぶと、賑やかに騒いでいたバーが一気に静まり返る。皆がブレヒチェの声に耳を傾けている証拠だ。
グラスを合わせる音すらしない。まるで夜更けのように、シンとした空気が流れた。
わたくしの知らないブレヒチェだった。彼女はこうして強くあるからこそ、わたくしが不在の状態でもギルドを切り盛り出来ているのだろう。
「うちの可愛いギルドマスターは、遠方の滅んだ村で埋葬をしたいらしいわ。それもポケットマネーからの依頼ですって。大笑いよね!」
「そのとおりだ!」
「笑えるぜ! なめんじゃねぇ!!」
「それくらいタダで構わねぇ!」
「俺たちゃ、あんたに散々稼がせてもらったんだぜ!」
――全く、この方々は!
ギルドマスターとして、誇りに思うわ。
だとしてもタダ働きというものはいいものでは無いので、今回の王国からの依頼のお金をみんなで山分けにしましょう。
いつもの額に比べれば多くはないけれど、賃金としては十分のはず。
わたくしも廊下に出ると、ブレヒチェに続いて声を上げた。
「皆様、ありがとう。埋葬はすぐに終わる仕事では無いから、しばらくは普通の仕事はありませんわよ」
「もちろんだぜ」
「きちんと安らかに眠ってもらわねえとなぁ」
「なあ、マスター。俺ァ、受けた仕事があんだが、十日後くらいに合流してもいいかい?」
「俺もだ。あと二日はかかる。すぐにはやめられねえ」
「ブラッディ・ベアの名を掲げている以上、今の仕事が終わってからで構わないわ。ただ、とりあえず新規の依頼は受けないで頂戴ね」
さて、これからは忙しくなるわね。ギルドとして外部からの依頼は断るけれど、わたくし達はあちらこちらへ動くことになる。
メンバーの同意を得ると、わたくし達は執務室へと戻った。これからの計画を立てなければ。
「令嬢」
「ウルリク様、どうされました?」
「……ありがとう」
「当然のことをしたまでですわ」
わたくしがそう言うと、ウルリク様は微笑んだ。……初めて会ったときから、随分と表情が柔らかくなられた。
これは信頼してくれていると解釈してもいいのかしら。ならばこれから失望されないためにも、この仕事は頑張らないと。
さて、計画。まずは日程ね。いくら皆の同意があるからとはいえ、長い期間、依頼を断っていたら信用問題に関わる。
できる限り早く終わらせて、現場に復帰しないと。
「それで、どうすんだ。お嬢」
「まずは先遣隊を行かせます。主に向こうでの仮拠点の設営を頼むわ」
「はいよ。となればゴブリンズか」
「ゴブリンズって何だ?」
「我がギルドの建築家ですわ」
トントン、とタイミングよく部屋の扉が叩かれる。荒々しい我がギルドのメンバーからすれば、とても控えめなノック音だった。
普通のメンバーであれば、ノックをしたら即座に入室する。だがこの音の主は、我々の許可が無ければ開けることは無い。
それこそ、彼らが部族でやっていけなかった理由の一つだ。
「どうぞ」
「し、失礼します……」
おずおずというように入ってきたのは、背丈の低い五名のゴブリン。人らしい衣服を着ている点以外、見た目は普通のゴブリンだ。だがオロオロとしていて覇気がない。
ゴブリンによくある狡猾さも持ち合わせておらず、人見知りの小さな少女のように大人しい。
彼らこそがゴブリンズ。五つ子からなるその名の通り、ゴブリンだ。
それぞれが似たような見た目のため、彼ら自身で『識別のために腕にそれぞれバンダナをつける』という配慮までしてくれている。
ギルドメンバーは仲が良くなれば見分けがついていくだろうが、依頼をする客人はそうもいかない。
声をかけてきたのは、腕に赤いバンダナを巻いたゴブリン。ゴブリンズの中でのリーダー的存在・ファビオだ。彼は長男でもあり、建築作業で兄弟を引っ張っていく存在だ。
「あの、僕たち、先に行くべきだと思いまして……」
「ああ、ファビオか。ちょうど呼ぶところだった。移動の得意なギルドメンバーも連れて、早めに出立して欲しい」
「はい、分かりました」
「おそらく数ヶ月は向こうへ滞在するだろうから、それも考えて設営してくれよ」
「はい! みんな、いこう」
「わーい」
「ハーイ」
彼らにかかれば三日程度で十分でしょう。完成と同時に、こちらも何名かメンバーを送って作業開始しなければならない。
皆様はもう遠出の準備を始めていることだろうから、三日か四日後くらいには誰に声を掛けても問題なさそう。
一番力になるリュドを連れていきたいけれど、家を守るという点では置いていった方がいい。
「パウラ、リュド、ブレヒチェは残るのよね」
「おう。アタシは事務処理に追われるだろうからな」
「私とリュドで家を守るわ。何かと物騒だからね」
「ええ、お願い」
「マスターは? いつ出発するつもり?」
出来ればわたくしも先遣隊に――とは言いたい。ゴブリンズでも十二分に働いてくれるでしょうが、わたくしが入れば運搬作業などもよりスムーズに行く。
けれど長期で王都から不在になるのであれば、一度は家に顔を出すべきだ。既に一週間ほどは帰っていない。心配……は、していないだろうが、経過報告くらいしてもいいだろう。
これからギルドがより本格化すれば、家に顔を出す機会が減る。会えるうちに会っておくべきね。
問題があるとすれば、ウルリク様。出来れば家族を紹介したいけれど、無理強いはしたくない。人間に対しての嫌悪があるだろうから……。
「わたくしは実家に一度顔を出すつもりよ」
「おお、そうしな。じゃあオークの兄さんはアタシらで預かって――」
「あっ、その……ウルリク様は、家族に紹介したいというか……」
ブレヒチェとパウラは顔を見合せて、ニンマリと笑みを作った。
貴族社会で様々な感情を向けられてきたわたくしが、この二人の微笑みに背筋が凍った。そしてその笑みが何を意味しているかも理解した。
その瞬間、凍りついたはずなのに一気に体が火照り始める。
完全に選択を間違えたようだ。
「ほーう、そいつは良い。是非連れてってくれ」
「あのっ、そんなに深い意味はないわ! 素晴らしい魔法使いだと伝えるだけで!」
「言い訳が更に信憑性を高めているわよ」
「うぅうぅっ……!」




