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死神の鎌

 サー・デデの滞在は2週間にも及び、その間ありとあらゆる刑が執行された。この監獄で俺が死刑執行人になってから行われなくなった残酷な刑も幾つかも含め、悪事を未然に防ぐためという極めて真っ当な理由のもと執行された。要するに見せしめだ。

 そのあまりに凄惨な様子に群衆は静まり返り、倒れるご婦人があとを立たなかった。


 もうすぐ王都へ帰還するだろうという頃。

 俺はサー・デデに呼び出しをくらった。


「率直にいう。俺に『死神の鎌』を譲ってくれ」


 こいつは、どこでそんなことを知ったのだろう?

『死神の鎌』とはこの監獄で勤めた執行人が代々受け継いでいる戦斧の事だ。大きな矛の付け根に斧と鎌が背中合わせに付いたバルハードで、今は俺が所有している。

 この前、咄嗟にミゲル相手に振り回してしまったが、あれだ。


 扱いなれたものが振れば、人間を一刃両断に出来る業物だ。だが、これはただの武器ではない。

 これを譲るということは、執行人の引退を意味する。俺も前任者が引退する時に譲られた。しかし、処刑執行人は色々な闇を覗いていることが多いため、監獄を去ってすんなり田舎暮らしというわけには行かない。『引退=死』という事になる。

 事実、前任者の首をはねたのは俺だ。


「申し訳ありませんが、こちらをお譲りすることはできません。それとも『死神の鎌』をお譲りする意味をご存知なので?」


 引退するのは構わない。だが、死ぬのはごめんだ。

 強要するのであれば、ただで譲ると思うなよ。


「まぁ、待ってくれ。何もあんたに死んでくれと言っているわけじゃない」

「引退を迫ること自体、そういうことになりますが?」

「俺はあんたを殺さない」

「他に頼むのですか? 賢明だな」


 見届け人とはいえ、形上手にしていた斧を手元に引き寄せる。引きずられた刃が石畳を削るのを見て、サー・デデが慌てるなと抑える様に手のひらを見せる。


「あんたは俺に仕事を譲ってくれるだけていい。金も屋敷も用意する。信用出来ないなら金を持って居なくなってくれればそれでいい」

「強盗の上、職務放棄で消すつもりか」


 そんなに簡単なことではない。この男がどう言うつもりかは知らない。だが、一度執行人に任命されたら、引退後の末路は逃れることができないことをこいつは知らないのだろう。


「話のわからねぇ野郎だな。命は助けてやるし、楽隠居させてやるから仕事を変われって言ってるんだよ」

「それを、ハイソウデスカと聞けるほど素直じゃないんでね」


 思った通りにならず苛立ってきたのかサー・デデの言葉遣いがグッと悪くなる。火花が散るようなにらみ合いのなか、お互いに殺気を漂わせ沈黙が続いた。


「まぁ、いい。今に交代することになるさ」


 サー・デデは穏やかならぬ笑みを浮かべて去っていった。

 前王の転覆を図る争いで貢を上げ、没落した貴族の身から単身騎士の称号を得るまでになったと聞いている。

 晩餐会へ姿を見せれば、女に騒がれるような姿をしている割に性格は残忍だ。戦争に加担したのは、咎めを受けずに人が殺せるからと言ったとさえ噂されている。だが、奴のこの2週間の行動を見ればおおよそ真実だろう。

 人間の悲鳴を搾り取って喜ぶ姿は、俺でさえ嫌悪を覚えた。


 しかし、まぁ。ああ言う人物こそが執行人には向いているのかもしれない。譲ってやらなければならない謂れはないがな。


 *


 その後、俺は新たなリストを受け取りに監獄長の部屋に寄った。

 以前とは比べ物にならないリストの長さに唖然とする。王都から送られてくる囚人の多さときたら。

 一体何を考えているのか。王都の民を半分にでもしたいのだろうか? 向こうでは今何が起きているのだろうと、俺ですら思わずにはいられなかった。


 忌々しいが、そのせいでサー・デデの滞在が伸びてしまった。金を払って仕事を片付けてくれるのだ。上の人間には都合がいいのだろう。

 その代わり、俺は見届け人から外されることになった。捌く人間が増えたので、俺を遊ばせておけなくなったらしい。これで通常通りの仕事に戻るようだ。


 それなのに、何故か空虚な……。


 監獄のホールを足速に横切ろうとすると、何かが落ちてきて俺の肩に当たった。見れば足元に小さな匂い袋が落ちている。拾いあげて仰ぎみると、鎖の音を響かせて鳥籠と呼ばれる囚人用の昇降機が降りてくるところだった。


 驚いた事に、乗っていたのはマリー・アンだ。

 女の付き添い人に促され、俺が今出てきた監獄長の部屋に入っていった。彼女の落とし物だろうか?

 何か言いたげな視線を投げられるも、意味までは汲み取れない。

 どうせこの後、また教会へ呼び出されている。その時にでも返すとしよう。


 *


 ところが、教会にマリー・アンは現れなかった。

 言伝もなく来ないなどありえない。不意に、最後に彼女を見た時の視線を思い出す。もしかしたら、あれに伝言がされていたのかもしれない。華奢なレースの匂い袋を取り出した。リボンを解き、中を検めて俺は凍りつく。

 乾燥した花びらに埋れるように、カメオのネックレスと指輪が出てきたのだ。


 こんな大切な物を落とすだろうか?

 偶然俺の足元に?


 俺はネックレスを袋へ戻すと、秘密の隠し場所へ突っ込んだ。

 教会の小僧に馬車を出させて監獄へとって返す。遠目からも松明の数が多い。何か良くないことが起きてる証拠だ。いつもの倍の見張りの多さに不安がよぎる。


 まさか、マリー・アンの素生がバレてしまったのでは?


 慌ただしく行き交う人の中から、マリー・アンの食事係――確か名前はサム――を捕まえた。


「何があった?」

「大変だ! 囚人が攫われた!」

「攫われた? 逃げたんじゃないのか?」

「確かだ! 付き添いのメグが泣きながら逃げてきたんだ!」

「……メグ?」


 その名を聞きたくはなかった。

 だが、やはり俺は神とやらに見放されているらしい。


「攫われたのはマリー・アンだ! あの子、脱獄囚にされちまう!」

「そんな事にはならん。逃げたならまだしも攫われたんだろう?」

「分かるもんか!」


 彼が焦るのも無理はない。

 ここで脱獄を働いた者の運命は一つだ。


「ゾルバッ! 監獄長がお呼びだ!」


 兵士のひとりに呼ばれ、サムの元を離れた。

 彼はまだ何か言いたげな不安な瞳で俺を見ていたが、それを振り切るように早足に監獄長の元へ急ぐ。


 俺が部屋に入るとともに重い扉が閉ざされる。

 それと同時に、外の喧騒が完全に締め出され静寂がおとずれた。

 囚人が攫われた割には監獄長は落ち着いている。まぁ、この男が何かに慌てることはないのだろうが。今ちょうど何かの書類へサインを入れ終えたばかりだったらしく、吸い取り紙で書類を抑えながら羽ペンを戻していた。


「囚人が一人逃げた。お前も知っておろう? 塔の上の姫君だ」

「お言葉ですが閣下、マリー・アン嬢は攫われたと聞き及んでおります」


 ここを間違えられては困る。

 囚われて攫われたのと、自主的に逃げたのとでは雲泥の差なのだから。

 監獄長、ヴァンフォーゲン伯は今は灰色に変わった髪をかき、疲れたように椅子の背にもたれた。足を組み、神経質そうな細い指を腹の上に組む。モノクルのせいで左右対称に見えない瞳が、俺を探るようにさ迷った。


「逃げた囚人の娘だが、処分は通例の通りとする」


 俺の報告を全く無視する発言に、顔が一瞬険しくなったのだろう。監獄長は悪趣味な笑を浮かべる。


「そう言えば、彼の令嬢とは親しく語らう間柄だったようだな? お前にまだ心が残っていたとは嬉しい限りだよ。マリー・アン嬢の話し相手に、お前を選んだかいがあったというものだ」


 残念ながら、俺はこの男に気に入られている。

 前任者に次の執行人として連れてこられた時に、目が綺麗だったからだそうだ。このサディストは、人の心の破れる音が何より好きだという。まだガキだった俺はこいつにとって格好の餌食だったんだろう。そして、未だ執着されている。


 満足そうなため息をついて身を起こすと、乾いたばかりの羊皮紙を丸めて立ち上がる。俺の目の前まで歩みを進めると顔を覗き込んだ。


「マリー・アン嬢は運がなかったな。この国で最も権力のあるお方が彼女の死を望んだのだから」


 要するに、国王がマリー・アンの素生に気がついて暗殺を依頼してきたということか。最悪の事態に心が翳って行く。表情には表さない。だが、暗い瞳を覗いていた監獄長は嬉しそうに俺の手をとると羊皮紙を握らせた。辺りには人がいなかったが、それでもなお声を潜めるように耳元へ顔を寄せ囁く。


「よろこべ。彼女はお前の心へ永遠に残る。マーガレットのようにな」


 踵を返し、怒り任せに扉を開いて去る俺の背を、ヴァンフォーゲン伯の忍び笑いが追いかけてきた。


 *


 脱獄囚 マリー・アン の捜索及び死刑執行を


 ゾルバ・コンスタンティン に命ずるものとする。



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