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第一話 歴史の記憶

 右腕の包帯も取れた頃、俺は久し振りに仕事と訓練以外の用件で外出することになった。

 使う予定のない試練の書を部屋に置いて、街の中央広場へ向かう。広場の象徴といえるノルン像の前が待ち合わせ場所だ。少し早めに到着したつもりだったが、今日の相手は既に二人とも揃っていた。


「あ、ユーリ!」

「お待ちしておりましたわ」


 二人の王女がこちらに駆け寄る。セシリアは普段通りのお嬢様らしい格好をしていて、シルヴィは丈の長いフード付きの外套で顔と尻尾を隠している。


「腕に怪我をされたと聞きましたが……もうよろしいんですの?」

「えっ、ユーリ怪我しちゃったんですか!? 痛くない?」

「大丈夫。殆ど治ってるよ」


 俺は右手を開閉させたり腕を回したりしてみせた。実際はまだ戦闘などはしないよう注意されているのだが、血生臭い話は二人にすることではない。動かしても痛くないと教えるだけで充分だ。


「それにしても、今日は本当に三人だけなのか」


 広場を見渡しても、俺以外の同行者は見当たらない。マリアエレナの家に行ったときのように、写真撮影の名目で誰かがついて来るということもないようだ。

 セシリアは背を反らして薄い胸を張った。


「私以上の抑止力があると思いまして? 未来の女王の前で蛮行に及ぶ人間など、王弟の領地にいるはずがありませんわ」


 ……それは暗に、何か()()()()()輩はこの街から()()()()()ということではないだろうか。

 セシリアにそんな意図はないと思いたいが、他の人達……セシリアを支持する国民が()()()()行動を起こす可能性も否めない。


「それに、ユーリが優れた魔法師であることは既に広く知られています。私とユーリ、これ以上に強力な護衛は望めません」


 自覚はないが、世間的にはそういう認識をされているらしい。

 第三者から見れば、俺はアスプロ市に侵入した雲海蜘蛛(アラーネア・ヌービス)を倒し、ガラスの廃墟を襲った玻璃喰蛇ウィトレア・セルペンスを討伐した人間ということになる。

 どれも自分のためだけにやったことではあるが、やはり社会的な影響は大きかったようだ。


「評価してくれるのは嬉しいけど、俺は護衛じゃなくてシルヴィの友達として来てるんだ。万が一のときは全力でやるけどさ」


 フード越しに頭を撫でると、シルヴィは嬉しそうに笑った。

 名目上、シルヴィにはあからさまな護衛を付けられない。蜥蜴族(サウロス)の国からの言いがかりの余地をなくすためだ。不測の事態が起きたときは俺が何とかする必要がある。

 恐らくセシリアはもしもの時には加勢するつもりなのだろうが、流石にそれはさせられない。セシリアも守らなければならない対象だ。


「で、今日はどこに行く予定なんだっけ。ガラス工房とかか?」

「いいえ。ようやく改装の終わった施設がありますから、そちらへ行こうかと」







 セシリア達に連れられて向かった先は、市の外れにある王立博物館だった。

 ちょっとした宮殿くらいの大きさがあり、元の世界の博物館と比べても遜色ない規模の建物だ。


「博物館か。そういえばずっと工事中だったな」

「私達が訪問することは既に連絡済みですので。ゆっくり見学致しましょう」


 玄関ホールの案内板を見る限り、この博物館は元の世界でいう自然科学博物館と歴史博物館を足し合わせた内容の施設らしい。

 ホールの正面には『異国文化特別展』と垂れ幕が掲げられている。


「私、あれを見てみたかったんです」


 シルヴィは逸る気持ちを抑えきれない様子で垂れ幕を見上げていた。


「時間はたくさんありますわ。ゆっくり見て回りましょう」

「そうだな、まずは特別展から覗いてみるか」

「はいっ!」


 さっそく特別展の会場に足を運ぶ。展示内容は表題のとおり外国の品々を陳列したものだった。


 エクスマキナ議会国の展示には色々な機械装置が。

 ミトラス法国の展示には芸術的なレリーフが。

 ワルフラーン大王国の展示には色鮮やかな毛織物の数々が。

 アガルティ地底共同体の展示には光輝石で造られた光り輝く彫像が。

 ワークワークの展示には黄金の日用品が。


 どれもアステリア王国では見られないものばかりで、なおかつ知らない国の名前もたくさんあった。

 付き添いのつもりで来たにも関わらず、つい夢中になって展示品を眺めてしまう。こんなに興味を引く展示なのだから、シルヴィが目を輝かせて食い入るように見ているのも当然だ。


「シルヴィ。あちらにも面白いものがありましてよ」

「えっ、なんですか?」


 二人とも展示の間を元気に歩き回っている。それでも早歩き程度に留めて、むやみに走ったりしないあたり、育ちの良さが現れている気がした。

 来館者はみんな生活に余裕のありそうな服装をしているが、立ち振舞いの雰囲気はセシリアとシルヴィが郡を抜いて上品だ。さすがは王女様と言うべきか。


 俺は二人の姿が見える距離をキープしながら、少し違う場所を歩いてみることにした。


 特別展と常設展示の境界付近、二階まで吹き抜けになった高い壁に、大きな絵画が堂々と掲げられている。

 描かれているのは二人の男。鏡合わせのようにそっくりな外見だ。

 表題は『双王子騒乱の終焉』――これだけでは何のことか分からないが、何かの話し合いをしているように見える。


「おや、あの絵に興味がおありですかな」


 振り返ると、館員の制服を着た老人が目を細めて絵画を見上げていた。


「あれは何を描いた絵なんですか?」

「双王子騒乱……双子の王太子の王位を巡る争いが終わった瞬間が描かれております。右側の王冠を持った青年が後の先代国王陛下なのですよ」

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