幕間 動く外交
王都アステリオン北方区域。
蜥蜴族諸王国連合との和平会談が行われた会館に、また新たな緊張が走っていた。
議場を取り仕切るのは、王弟ゼノビオスの代理として王都に残る長子ゼノン。政治外交に携わる者としては未だに若輩だが、若き日の父親を思い起こさせる威容を身に着けつつある。
対するは、機械仕掛けの片眼鏡を掛けた小兵の男。正装に身を包んではいるが、外交官というよりは機会職人のような空気を漂わせている。
「本日はお呼び立てして申し訳ない。ペトルス大使に直接お尋ねしたいことがありましてな」
「いえ、私に答えられることでしたら何なりと」
王都には休戦中の国の大使と外交官が駐留している。ペトルスもまたその一人であり、北方で国境を接するエクスマキナ議会国から派遣された大使である。
機械仕掛けから出ずるの名の通り、かの国は機械技術によって立国する国家である。先日破壊されたというアスプロ市の時計塔の機械部品も、ゼノンの義母アルテミシアが議会国から輸入したものだ。
魔力ではなく機械を重んじる異質な国――当然ながら、ゼノンがそのような国の大使を呼び寄せたのには理由がある。
「こちらを見て頂きたい」
「ふむ……なんでしょう」
ゼノンは掌大の機械を卓上に置いた。ペトルスはそれを手に取ると、機械仕掛けの片眼鏡の歯車を弄ってまじまじと観察し始めた。
「どのような装置か判別できますか」
「なるほどこれは……魔法力強化装置ですな。脳髄の特定部位に埋め込み、神経系に直接刺激を与えることで、本来の能力よりも一段階上の力を行使できるようにするものです」
ペトルスは即座に用途を判別し、装置をゼノンに返却した。
「まァ身体にいいワケもありませんし、そもそも物理的に人間の脳には収まりきりませんから、大型生物の頭に突っ込んで使い捨ての動物兵器にするのが関の山ですな。まだまだ発展途上にある技術です」
「貴国の……エクスマキナ議会国製の装置で間違いは?」
「ありませんな」
即答に近い断言だった。これほど高度な機械装置を製造できる国が他にあるわけがない。
「専門家ではないので仕組みは理解しかねますが、具体的にはどのような強化が可能なので?」
「単純に効果を増強したり、高位の個体しか使えない能力を引き出したり……そんなところです」
「なるほど……。実はですな、こちらの装置は我が父の領内に現れた六脚地竜の頭蓋内で発見されたものなのですよ」
ゼノンは装置を脇に除けて、今度は書類の束を三つ卓上に滑らせた。アスプロ市周辺に現れた三体の危険生物に関する報告書だ。いずれも、ゼノンの妹であるフィオナが保護している少年によって討伐されたものである。
幸いにも被害は最小限に食い留められたが、一歩間違えば人命と財物に多大な被害が出ていたことだろう。
「六脚地竜だけではありません。市内に流れ着いた危険生物の体内にも類似の物体が確認され、つい先日ガラス鉱脈を襲った危険生物にも埋め込まれていました」
厳密には、雲海蜘蛛の場合はガラス化した肉体の内部に似たような構造体があったというだけで、完全に同一の装置かどうかは確認されていない。なにせ、装置までもしっかりガラスに変えられていたので、確かめようがなかったのだ。
「我々としては、これらの事件に貴国の関与があるのではと懸念せざるを得ないというわけです。仮に停戦協定違反となれば、取り決めたとおりの『差し押さえ』を実行しなければなりませんな」
「ふむ……」
これらの危険生物を議会国が差し向けたのであれば、停戦協定の違反は明白だ。相応の報いを受けさせなければならない。
威圧するゼノンだったが、ペトルスは微塵も焦る様子を見せなかった。
「本国の関与があったとは断定できないでしょう。何せその装置は輸出仕様ですからね」
「なに……?」
「そちらが交戦中のワルフラーン大王国への武器輸出は禁則ですが、それ以外の国への輸出は禁じられておりません。輸出品が巡り巡って貴国に損害を与えたとしても、こちらとしては遺憾を表明する以外にありますまい」
この反論によって、ゼノンは積極的な追求の足掛かりを失った。
本当にこの装置が輸出品なのだとしたら、悪意を持って危険生物を送り込んだ者は他にいるわけで、議会国を責めるのは筋違いということになってしまう。仮にそうでなかったとしても、議会国は『輸出品であり無関係』と言い張るだろう。
当然ながら、ゼノンは装置が本当に輸出仕様なのかどうか判断する知識を持っていない。ゼノンだけでなく、この国の誰であっても判断は不可能だ。
ゼノンの追求には些細なミスがあった。装置の発見経緯を明かすのが早すぎたのだ。結果論ではあるが、まずペトルスから『他国が使用する可能性はあるか』を聞き出して、言質を取ってからにするべきであった。
「一応、本国に確認は取っておきますが……」
「……ときに大使。貴国は機械装置だけでなく、危険生物の輸出やその仲介を行っているのでは?」
「はぁ? ありえませんな。それは国内の法で厳しく禁じられております」
ゼノンはニィっと口の端を上げて笑った。反撃の糸口を強引に掴み取った。
「六脚地竜以外の二体の危険生物ですが、そのうち一体は貴国の山岳地帯のみに生息する雲海蜘蛛なのですよ」
それを聞いたペトルスの表情から余裕の色が消えた。
「雲海蜘蛛は貴国でしか捕獲できない。貴国が危険生物の密輸に関与していないのなら、我らに危険生物をけしかけた『何者か』は、一体どうやってそれらを調達したのでしょうな」
「……それも本国に確認を……」
「現地調査をさせて頂きたい」
ゼノンは強い口調でペトルスを圧倒し始める。恐らくペトルスは何も知らないのだ。母国であるエクスマキナ議会国が陰謀に関わっているのか、それとも本当に輸出品が悪用されただけなのか、判断する材料を持ち合わせていないのだ。
「我々は、三体の危険生物がどのように国内へ持ち込まれたのかについて、綿密な調査を続けております。その一環として、エクスマキナ議会国への調査隊の派遣を計画しています。調査許可を出すよう本国に働きかけて貰えませぬか」
ペトルスは雲海蜘蛛の件が記された書類に無言で目を通し、小さく首を横に振った。拒絶の意味ではない。諦めの表れだ。
最初の追求は輸出品の可能性を持ち出してごまかしたが、母国の固有種が陰謀に使われたと知って反論に窮してしまったのだろう。
「我らが国土に生息する大型生物が、議会国製の装置を埋め込まれて隣国に被害を与えた……調査に協力するには充分な理由でしょう。本国に要請します」
「よろしくお願いしますよ」
全て計画通りとはいかなかったものの、予定通りの着地点には持ち込めた。
機械装置が見つかっただけでは、議会国がこちらに陰謀を仕掛けた証拠としては弱い。なので今回の会合は、最初から調査隊を送り込む許可を得ることを目的としていた。勝ちか負けかで言えばゼノンが勝利したと言えるだろう。
すぐにでも調査隊の編成を始めたいところだが、ひとつだけ問題がある。
「フィオナの奴……これを知ったら真っ先に志願するだろうな」
兄として非常に気が重い。勇敢な姫として領民受けはいいのだが、嫁入り前の身体に何かあっては大変だ。ゼノンは政治家としての悩みと兄としての悩みを同時に背負ったまま、会合の場を後にした。




