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第十二話 強くなるために

 守ってやると大見得を切ったはいいが、今の俺は実力不足もいいところだ。試練の書が教える都合のいい呪文に頼るばかりでは、この先どうなるか分かったものではない。


 俺自身は『試練』をクリアし続ける限り安全だろう。

 明らかに、ノルンは何かしらの目的があって俺を誘導している。試練とはその目的を果たすための道標だ。それに従っている限り、いわば俺の身の安全をノルンが保証してくれることになる。


 しかし、俺以外の安全まで保証される根拠はない。試練に関わりない人間はどうなってもおかしくないと考えるべきだ。

 恐らくノルンはフィオナ達を守ってはくれないに違いない。ならば、自分自身が力をつけるのが最も確実な手段だ。


「……というわけで、魔法を教えて欲しいんだ」

「……別に、いい……けど……」


 強くなろうと決意して早々に、俺はマリアエレナのところに頭を下げに行った。俺が知る人の中で、本人の実力と教えるスキルの両方に最も長けているのがマリアエレナだ。


 マリアエレナが魔法を使ったところを見たのはたったの二回だが、どちらも目を疑うほどに強力だった。空間を曲げたかのような防御に、灼熱兜(カプトイグニス)を一瞬で穴だらけにした攻撃。どちらも今の俺には到底できない芸当だ。


「試練の書には『十二種類の呪文を習得せよ』って書かれていて、今のところ使えるのは四種類だけだから、あと八種類は覚えたいんだけど……やれそうか?」


 閲覧(カルタ・ウィーサ)

 輝ける(スプレンデンス・)拘束の鎖(ウィンクルム)

 光の如く(シークト・ルークス)

 光よ(ルーミナ)

 光輝によりて(スプレンデンス・)消え果てよ(ダムナーティオ)


 一度に出す数を増やす派生系はカウントされていないので、俺が使える呪文はこれら()()()ということになる。そのうち閲覧(カルタ・ウィーサ)は使えることを隠しておきたいので、マリアエレナには伏せている。


 こうして思い返すと、素直に攻撃したり防御したりできる呪文が一つもない。これまでは転移と光鎖を駆使した曲芸じみたやり方で戦ってきたが、その結果が右腕(これ)だ。そろそろ限界が来ていると言わざるをえない。


「ま、まずは……これ……で……」


 マリアエレナは棚から四角い板を持って来た。木製で、それぞれの頂点に色違いの宝石があしらわれている。


「これは?」

「……属性、を……確かめ……る……」

「属性? 赤い宝石が火属性で、青い宝石が水属性ってことか」

「そ……う……。ここに……手を……」


 促されるままに、板の中心に手を置く。マリアエレナが囁くように呪文を唱えると、板に触れた掌が次第に熱を帯び始めた。


「これは……!」


 何かが起こりそうな気配に息を呑む。

 だが、期待とは裏腹に、びっくりするくらいに何も起こらなかった。


「……あれ?」

「…………壊れ、た……? そんな、こと……」


 掌が熱くなっただけで他には何の変化も起こらない。マリアエレナは不思議そうに首を傾げながら、俺と同じように板の中心に手を置いた。

 ぼうっと熱気が溢れ、土属性と水属性を示す宝石が光り輝く。


「壊れて、ない……それ、なら……どうして……。属性が……ない……?」

「あー……」


 マリアエレナは物凄く悩んでいるようだが、当の俺には心当たりがあった。何ということはない。この世界の人間でない俺には、最初から『属性』なんてものが存在しないだけなのだ。


「なぁ、マリアエレナ。自分が持ってない属性の呪文って覚えられるのか?」

「可能……だけど、修行に……時間、かかる。凄く」

「てことは、俺が呪文を覚えようと思ったら……」

「……凄く……時間が……」


 それはまずい。非常にまずい。フィオナの窮地に間に合わないかもしれないだけじゃない。俺自身のタイムリミットにも間に合わなくなるかもしれない。


 ノルンが言うには、隣国との戦争が激化する前に実力を身に着けなければ、俺は惨たらしく死んでしまうのだという。具体的な期限は不明だが、のんびりと修行をしている余裕はないだろう。


 だが不可能だとは思えない。ノルンは課題を全てクリアすれば間に合うように設定していると言っていた。ならば必ず達成手段があるはずだ。ノルンが計算違いを起こしたのでない限り。


「――マリアエレナ。()()()はどうなんだ?」


 試練の書が俺に与えた呪文はどれも光属性に属している。つまり光属性の魔法を問題なく使えているわけだ。

 それなら、自力で習得する適性もあるのではないか。


「……可能性、は……あると、思う。それに、私も……使え、る、から……」

「だったらそれを教えてくれ」

「けど」


 マリアエレナにしては明確な発声で遮られる。


「私、の……光属性の、呪文は、ミトラスから……ノルン、とは、違う神から……与え……られた。ノルンが、裏切りと、思う……かも……」

「違う神様の呪文を覚えたら、女神がヘソを曲げるかもってことか」


 俺は頭の中でノルンの思考回路をシミュレートしてみることにした。女神の考えなんて人間には理解できないと言われたらそれまでだが、思考停止するよりはずっとマシである。


 ノルンは俺に七種類以上の呪文を追加で習得させたがっている。しかし、一万アルギスを稼ぐ課題をクリアしても、試練の書に新たな呪文が浮かんでこない。これはつまり、自力での習得が推奨されている可能性が高いと考えるべきだ。


 次に、俺をこの世界に連れてきたのはノルンだ。俺に四属性への適性がないと知らなかったのだとしたら、いくらなんでも迂闊過ぎる。

 ノルンの計画に根本的な破綻はないと仮定すると、光属性の呪文の習得を想定した試練であると推測できる。

 ひょっとしたら、四属性の魔法を楽に習得できる裏技があるのかもしれないが、今のところそんなものは見当たらないし、仮に存在するのならヒントとして試練の書に表示しているだろう。


 残る問題は、一体どんな習得手段を想定していたのか、である。


「私、より……神殿に、相談……したほうが……」


 すぐに思いつく手段はそれだ。光の属性は神に仕える神官のみが習得できる呪文とされる。光属性の呪文を身に付けたければ、神官に師事するのが最も確実なのは明白だ。


 しかし、ノルンがそう考えていると仮定すると、どうしても違和感がある。

 これまでの間、ノルンは試練という形で俺の行動を制御してきた。アスプロ市に行けと言ったりゼノビオスさんに会えと指示したり、どこに行って誰と会うのかも細かくコントロールしようとしてきた。


 ところが、ノルンが「神殿に行け」「神殿の人間と会え」と指示したことはこれまでに一度もない。


 他国の神から光の呪文を教わった魔法師がいる街に送り込み、フィオナを通じて知り合いになる可能性が充分あるにも関わらず、その魔法師から他の神の呪文を学ぶ可能性を潰す助言をしてこないのには、きっと何かしらの意味があるはずだ。

 嫌なら『神殿で学べ』の一言を浮かび上がらせるだけで終わりなのだから。


 恐らくは、その魔法師――マリアエレナから光の呪文を教わることすらも計算のうち――


「いや、俺はマリアエレナから教わりたい。知っている呪文を教えてくれ」


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