第二話 掴みどころのない獣
【報告概要】
玻璃喰蛇――
この危険生物についての情報は少ない。発見自体が今年に入ってからで、目撃例そのものが希少。第二級危険生物に指定されたのも、その『食害』が拡大することを懸念してのものである。
唯一にして最大の特徴は、建築物状硝子塊に穴を穿つこと。人間の腕で作った輪と同程度の大きさで、硝子塊の内部で奇妙に蛇行している。
直接の目撃例は二例。うち一例では管状の穴に留まっている姿が不鮮明ながら目撃されており、本生物を『蛇』とした根拠となっている。
もう一例は鉱夫が穴に引きずり込まれる瞬間が目撃されたもので、状況から本生物による捕食被害であると推定される。
【備考】
本生物が確認されて以降、鉱夫の原因不明の失踪が数例確認されている。
「……つまり、正体は全然分かってないってわけだな」
俺は書類の束をため息混じりにフィオナに返却した。
目撃証言は曖昧で被害状況も不明瞭。これでは危険生物というより未確認生物の類だ。
「それはそうなんだけどね。ガラスの街に虫食い穴を作る『何か』がいるのは間違いないの。そいつの『食害』が、いつかガラス産業に悪影響を与えるんじゃないかと心配されてるのも本当よ」
「けれど『食って』いるのかどうかも分からないと」
「本当にガラスを食料にしているのか、巣穴でも掘っているだけなのか。その辺は大した問題じゃないわ」
まぁ、それはそうだ。産業に被害を与えているのなら、食害だろうとそれ以外の被害だろうと、ソイツは害虫や害獣と呼ばれて駆除される。
「お客様。ご注文はお決まりになりましたか」
給仕の少女がトレーを抱えて部屋に入ってきた。
ここは鉱山町にある料理店の一つ。現地に暮らす鉱夫向けではなく、来訪者向けのやや高級なレストランだ。様々な商談に使われることを想定しているらしく、完全な個室が幾つか用意されている。
俺達四人は、オリンピアの勧めでその一室を借りて、昼食と今後の話し合いを一度に済ませることにしていた。
「注文はこちらに。飲み物にアルコールは不要です」
オリンピアが給仕に注文を伝えている間にも、俺達は玻璃喰蛇に関する情報の共有と精査を続けた。
「今度はこっちにも目を通しておいて」
リリィから渡された地図に目をやる。
アスプロ市に来てしばらくしてから気付いたことだが、俺はこの世界の文字を何の違和感もなく読めている。詳しい理屈は考えても分からないので、ノルンが何かしてくれたのだろうと勝手に納得している。
「地図……この辺りのか」
それによると、鉱山町の採掘エリアはガラスの街のおよそ東半分を占めている。そのうちアスプロ市に近い東側は第一鉱区と呼ばれ、鉱山町の各種施設もここに集まっている。
第一鉱区の北から反時計回りに、第二鉱区、第三鉱区、第四鉱区と名前が割り振られ、全体としては菱形に近い。
「赤い印が目撃地点ってことでいいのか?」
「ええ。目撃証言も原因不明の失踪も、全て第二鉱区に集中しているの」
「……黒い線は『虫食い穴』だな? それも全部第二鉱区か。探し出すのは骨が折れそうだな」
各鉱区はかなり広い。そこに潜む大蛇を探し出すのなら、どう考えても根気のいる作業になるだろう。
「ところが、ね。さっき町長から聞いたんだけど、第三鉱区のこの辺りで行方不明者と『虫食い穴』が発生したそうなの」
「移動した……? 餌場を変えたのか。だとしたら、捜索は新しい『虫食い穴』の辺りから重点的に、だな」
フィオナも俺の意見に賛同して頷いた。潜伏場所がある程度特定できたのはありがたい。広大な土地をシラミ潰しに探すよりもずっと楽になる。
「それにしても……」
俺はある事柄がどうしても気になっていた。
「こいつの仕業だと思われる行方不明者は、だいたい月に一度くらいの頻度だ。餌にしているなら、随分少食というか、食事の間隔が広すぎる気がするんだが」
「それは私も気になってた。けど逆に考えれば、人間一人分の養分で動ける程度しか動かない――あまり活発な生き物じゃないのかも。待ち伏せで人間を捕食して、消化が済んだら場所を変えて……」
「じゃあ、意外と弱いのか」
「そうとも限らないわね。魔法の力の根源は食料から得られる養分とは無関係だから。活動の大部分を魔法に頼っていて、捕食は生命維持のための最小限っていう可能性も有り得るわ。こんな生態は本当に珍しいんだけど」
「いや、待てよ。確か蛇とかの変温動物は餌を食べる間隔が長いって聞いたことがある。本当に蛇の怪物なら月イチで人間一人でも充分なのかも……」
フィオナとの話し合いに熱中していると、横に座っていたマリアエレナが俺の服を何度も引っ張った。
「……食事の、前……そういうの、やめて……」
「あ……悪い」
マリアエレナの暗い顔が普段以上に沈んでいる。これから食事にしようというところで、人間を捕食するだの何だのいう話題は流石にアウトだった。
「それと……蛇、ダメ……嫌い……」
「……ご愁傷様」
話し合いを中断して数分後、給仕の少女が注文の料理を持って来た。
「お待たせしました。当店名物のシロトリの燻製ランチです」
「シロトリ……」
確かヒューレ村にいた怖いニワトリのような生き物だ。アイツこんなに美味しそうな料理になったのか。鳥は見た目によらないものだ。
「さぁお嬢様。お召し上がりください」
「ちょ、ちょっと……自分で食べられるってば」
オリンピアはライスとスライス燻製肉を乗せたスプーンを、おもむろにフィオナの口元に近付けた。別にいつもこんなことをしているのではなく、いつものオリンピアの暴走なのだろうが……。
「か、勘違いしないでよ! こんなこと普段はしてな……むぐっ」
勘違いはしていないので安心してください。
それにしても食べさせることに成功したオリンピアの満足げな顔といったら。
「……ん?」
他人事なのでのんびり眺めていたら、またもや服の裾が引っ張られた。
振り向いてみると、そこにはマリアエレナが差し出したスプーンが。
「……あ……」
「……あ?」
「……あーん……し、て……」
「…………」
この瞬間、他人事ではなくなった。オリンピアはこちらに興味を示しておらず、フィオナは『逃げるなよ』と言いたげな怖い笑顔を向けてきている。
四方八方逃げ場なし。
俺は猛烈な恥ずかしさを堪えながら、覚悟を決めて一口目を頬張った。




