第一話 ガラスの街
「申し訳ありません。馬車の乗り入れはここまでです。皆様ご降車ください」
オリンピアに促され、俺達は検問所の中で馬車を降りた。
検問所の左右には背の高い柵が伸び広がっていて、ここから先の一帯をぐるりと取り囲んでいる。まさに立ち入り禁止区域という様相だ。
「すごいな……本当にガラスだ」
俺は検問所の向こう側に広がる光景に目を奪われた。
ガラスの街。アスプロ市から程近い平野にある、女神の怒りを受けてガラス化した街とされる遺跡。
遠くから眺めたことはあったが、これほど近くから見たのは初めてだ。
三階建てや四階建ての建物も含めて、全てがガラスになっている。色つきガラスになっている部分もあるらしく、通り抜けた日光が神秘的な色合いを帯びていた。これは確かに神話として扱われてもおかしくない光景だ。
ガラスの街方からガラス塊を満載した荷馬車が走ってきて、俺達と同じように検問所で停車する。
「ここで採掘したガラスがアスプロ市に運び込まれて、色々なガラス製品に加工されるの。大袈裟な防柵と検問所は盗掘防止のためで、出入りできる馬車は認可を受けたものだけ。王弟陛下の御召馬車だろうと例外じゃない徹底ぶりね」
簡単な手続きを済ませてきたフィオナが、この鉱脈のシステムについて説明してくれた。
「わざわざ運び出さなくても、柵の内側で全部済ませればいいのに」
「昔は辺り一帯が森に覆われていて、炉の燃料にも事欠かなかったから、遺跡の周りに全施設があったんだけどね」
フィオナは遮るもののない平野をぐるりと見渡した。
「森を使い潰してからは、遠くから木材を運ばないといけなくなったんだけど。よく計算してみたら、わざわざここまで山ほどの丸太を運ぶよりも、途中にあるアスプロ市に材料と燃料を集めた方が安くなるって分かって、今に至るってわけ」
聞いてみれば至って現実的な理由であった。燃料調達による森林破壊はどこの世界でも同じように起こる問題のようだ。
「燃料のせいなのか。てっきり、運ぶ途中で割れるから売り場の近くで作るようにしたのかと思った」
「あはは。それも理由の一つかもね」
自動車に乗り慣れているせいかもしれないが、馬車はとてもよく揺れるように感じる。ガラス製品を運搬させたら何パーセントかは割れてしまうに違いない。
「フィオナお嬢様、入場許可が降りました。ところでマリアエレナ様はどこに」
「あれ? そういえば」
きょろきょろと辺りを見渡すフィオナ。
俺はおもむろに馬車に戻り、座席の奥で外套に包まっているマリアエレナを揺さぶった。四人一緒に降りたはずなのに、マリアエレナはいつの間にか馬車に戻って引きこもりモードに入っていた。
「おーい、留守番でもするつもりか?」
「知らない、人が……いっぱい……」
「そりゃ検問所なんだから番兵くらいいるだろ……」
ぐずるマリアエレナを力尽くで引っ張り出し、改めてガラスの街へ向かう。ここから先は徒歩移動だ。
「すぐに着きますので」
オリンピアの言うとおり、ガラスの街には数分と掛からず到着する。
そして俺は、ガラスの街の中に広がる予想外の光景を目の当たりにした。
「こんなに人がいるのか……」
ガラスの街は数え切れないほどの人でごった返していた。入口付近にはガラス製でないごく普通の建物が建ち並び、作業員と思しき男達が大勢出入りしている。
この賑わいようはアスプロ市のメインストリートにも匹敵するだろう。
「当然です。ガラス鉱夫とその家族の住居だけでなく、小料理屋や雑貨屋、療養所から酒屋まで、必要なものは何もかも揃っておりますので」
「なるほど……要するにここはガラス鉱山の鉱山町なんだな」
そう考えれば確かに自然な光景だ。元の世界でも鉱山には人が集まって町ができる。ガラスの建物にはとても住めないだろうから、新しく普通の建物を建てることになる。そうして出来上がったのがこの風景なのだ。
鉱夫達は不思議なものを見るような視線を俺達に向けている。
少女の集団が現れたら注目を浴びて当然、と思ったのだが、どうやら視線の殆どは俺に向けられているらしかった。
「……見られてるよな、俺」
「狭い世間ですから、新顔が注目を浴びるのも当然でしょう」
オリンピアのメイド服は異様に目立つはずなのだが、どういうわけか鉱夫達はメイド服を気にも留めていない。
「その点、フィオナお嬢様は領主の娘ですので広く顔を知られておられますし、私も専任の従者として東奔西走しておりますから、意外と有名人なのです」
後半、少し自慢気だったのは気のせいだろうか。
「だったらマリアエレナも注目されてるはずじゃないか?」
「マリアエレナ様は女性ですから。どちらかと言うとユーリ殿は『敬愛すべきフィオナ様に馴れ馴れしく接する悪い虫』と警戒されているのでしょう」
「うっ……」
物凄く嫌なことを言われてしまった。そんなことを言われると、周囲の視線が殺気立ったもののように感じられてしまう。
俺とオリンピアがそんなことを話している間に、フィオナが鉱山町の責任者とのやり取りを終えて戻ってきた。
「標的の出現場所、幾つか証言してもらったわ。現場に行ってみましょう」
「そ、そうですねフィオナさん」
「何よ急に敬語なんて。変な感じするから止めてよね」
フィオナは俺の配慮をあっさり受け流し、危険生物の討伐依頼書を広げた。
「さてと。第二級危険生物玻璃喰蛇――この国で最悪の害獣退治といきましょうか」




