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第二十話 秘密を明かすとき

 マリアエレナの家に行った翌日、俺は例の件について話すためフィオナと会うことになった。


 話したいことも、話さなければならないこともたくさんある。

 ……のだが、どうしても気になることが一つだけあった。


「俺の部屋でよかったのか? もっとこう……屋敷のどこかとかさ」

「今日は面倒なお客が来てるのよ。それより私も聞きたいことがあるんだけど……あなた達、昨日何かあったの?」

「あー、それについても話そうと話そうと思ってるんだ」


 俺とフィオナがこんなことを言い合っている理由は、部屋に集まっている面子の内訳にある。


 一人用の部屋に集まったのは全部で五人。俺とフィオナとオリンピアに加え、セシリアとマリアエレナまでもが居合わせている。


 俺が気にしているのは、当然セシリアがこんなところに来ていることだ。

 所詮ここは住宅街の一画である。ろくな護衛もなしに来ていい場所ではないと思うのだが。


 フィオナが不可解に思っているのは、きっとマリアエレナの態度のことだろう。どういうわけか、マリアエレナは俺の腕にしがみついたまま離れようとしないのだ。何かあったの?という問いかけの裏に深読みの気配が感じられた。


 あの夜、俺は決して『過ち』なんか犯していない。それだけは全力で断言させて欲しい。

 そしてオリンピア。教育に悪いから見てはなりませんみたいな顔で、セシリアに目隠しをするのは止めて欲しい。本当に濡れ衣なんです。


「マリナが人間に懐いてるの初めてみたわ……」

「性別がどうとかじゃなくて、そういうレベルなのか……」


 男嫌いではなく人間嫌いが正解だったか。シルヴィの相手をしてくれたあたり、ひょっとしたら子供はノーカウントなのかもしれない。


「……わた、し……一生……離れられない」

「誤解を招く言い方やめて!」


「セシリア様。爛れた男女関係に接するのは少々お早くございます」

「火に油を注がないで!」


「こ、これが大人の遊びですのね……」

「ほら誤解しちゃったじゃない!」


「ユーリ。マリナは誤解されやすいけど良い子だから。大事にしてあげてね」

「あんたが一番誤解してどうすんだ!」





 セシリア以外は本気かどうか全く分からないコント的やり取りの末、ようやく本題へ入ることができた。


 ――神の呪いについて教えられたこと。

 ――マリアエレナも呪いを受けていると知ったこと。

 ――いつも使っている呪文が呪いの作用を打ち消せたこと。


 全てを包み隠さずフィオナに伝える。セシリアにも聞かせてしまうことになるが、それについては同意が得られた。セシリア本人も、王になる者として知っておきたいと乗り気だった。

 そしてフィオナも、俺をマリアエレナに会わせた理由を教えてくれた。


 ――ガラス化の呪文が神域の魔法だと知っていたこと。

 ――マリアエレナとの交流から、神の呪いを受けた者なら使えるかもしれないという予備知識があったこと。


 情報の交換を終えて、俺はある決意を固めた。

 もうそろそろアレのことを隠しておくのも限界だ。そもそも他人に喋ってはいけないルールはないのだから、いっそ情報を共有しておいた方がいい。


「……実は」


 試練の書を全員から見える位置に置く。


「これは普通の試練の書じゃないらしいんだ。教会で作られたものではなくて、俺を誘導するような内容が『試練』の名目で浮かんでくる。アスプロ市に向かえだとか、六脚地竜(エクシポディア)を倒せだとか、とにかく具体的だ」


 フィオナとマリアエレナの表情が変わる。二人はこれだけで俺が言おうとしていることを察したらしい。


「おかしいのはそれだけじゃない。俺が使ってきた呪文は全部、この本に浮かび上がったものなんだ。雲海蜘蛛(アラーネア・ヌービス)をガラスに変えた呪文もそうだ。つまり……」

「記憶にないだけで、神の呪いを受けているのかもしれない。そういうことね。一番当たって欲しくない予想が当たるなんて……」


 呪われた者が神を裏切ると報いを受けるのなら、最も恐ろしいのは呪いを受けた事実に気付かないことだ。自分が地雷原にいることすら分からず、不用意に地雷を踏みつけて爆死する破目に陥りかねない。


「マリナ。こういう場合はどう対処すればいい?」

「……契約、の……条件次第……」

「けどユーリは記憶が」


 仮に『実は記憶喪失ではない』と告白したところで、現状は何も変わらない。契約の条件なんてものは全く記憶に無いからだ。


「分かって……る。想像、だけど、きっと……」


 マリアエレナが契約の書の表紙に触れる。


「……これ……に従う、間は……大丈夫」

「俺もそう思う。呪文を十二種類習得しろだの、第二級の危険生物を十体討伐しろだの、明らかに戦力として期待されてるような試練ばかりだからな。期待通りに動いている間は問題ないんじゃないか?」


 ――女神ノルンと実際に会っていることは、まだ明かさない。

 信じては貰えないかもしれないし、それを口にしたらアウト判定を受けるのではという不安もあった。

 もちろん、俺の件は神の呪いとは無関係でページが増える以外のペナルティが存在しないという場合も有り得る。それでも念には念を入れておきたかった。


「でも危険生物を十体なんて物凄く大変なのよ? 危険なのは当たり前としても、どこにいるか探すだけでも一苦労で……」

「ああ、それについては問題ないよ」


 俺は今朝届いたばかりの封書の中身を皆に見せた。

 一週間ほど前に、俺はゼノビオスさんに自力で稼げる手段を探して欲しいと頼んでいた。その結果がこの封書である。


 リストには幾つかの安全で安定した職の他に、危険生物の駆除作業という仕事も記載されていた。対象は第三級と第二級。一回あたりの収入も他と比べてかなり高額に設定されている。


「この仕事を受けてみようと思う。他の仕事と並立もできるし、自分を鍛えるいい機会だと思うんだ」

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