第十八話 暗がりの声
「あら、もう用事は終わりましたの?」
マリアエレナとの話を終え、俺はセシリア達と合流した。
セシリアとシルヴィ、そしてオリンピアの三人は、家の前に生えていた野草の花を使って指輪や腕輪を編んでいた。
よく見るとサイズの大きな失敗作もある。きっと大きなものを作ろうとして失敗し、小さなものから練習することにしたのだろう。
「ユーリ。これ付けてみてください」
シルヴィが小さな花の指輪をくれた。
付けようとしてみたが人差し指ではサイズが合わない。中指でもダメだ。どうやらシルヴィの指にぴったりな大きさで作られているらしい。結局、どうにか入ったのは一番細い左手の小指だけだった。
「ありがとな」
「えへへ……」
二人ともいい笑顔だ。こうしていると、政治の世界で命を脅かされている子達とはとても思えない。
だが、シルヴィの命が和平を壊す火種として利用されていることも、セシリアの命が王位争いを求める第三王子によって狙われていることも、覆すことのできない現実である。
だからこそ、こんな風に過ごせる時間はとても大切なのだろう。
「皆様、じきに日が暮れます。日没までには戻らなければなりませんので、そろそろ帰りましょう」
「そうだな。挨拶でもして帰ろうか」
「いえ、マリアエレナ様は必要以上の交流を好まれません。いつも『用件が済んだらすぐ帰るように』と仰られています」
それはもう人見知りを通り越して人間嫌いの域に片足を突っ込んでいるのではないだろうか。
礼も言わずに帰るのは少し気が引けるが、本人が希望しているなら仕方ない。人知れず撮影を続けていたアルギリスにも声を掛け、街に戻ることにした。
来たときとは逆に、セシリアとシルヴィは仲良く肩を並べて歩いている。俺とオリンピアはそれを後ろから眺めていて、アルギリスは更にその後ろから気配を消してついてきていた。
「いい写真は撮れた?」
「もちろんです。期待以上の資料が得られました」
アルギリスは俺の問いかけに自信を持って頷いた。どうやらこちらも上手く行ったようだ。
本当に有意義な訪問だったと心から思う。セシリアとシルヴィが仲良くなれて、他の国への宣伝に使う写真も手に入ったようだ。授業の内容を全部聞くことはできなかったが、あれだけでも俺にとっては新鮮な知識だった。
オリンピアから貴重な情報を聞けたのもありがたい。王族の内情やセシリアが置かれている情報なんて、こんな機会でもなければ聞けなかっただろう。
そして何よりも――
「――神の呪い、か」
力を得る代わりに神の手駒にされる一方的契約。それに従う限り問題はなく、更なる恩恵を得られる可能性もあるが、裏切れば必ず破滅する。そして人として生きていけなくなるという呪い。
ノルンが本当にそんな代物を押し付けたのか、まだ分からない。結論を下すには証拠が少なすぎる。だが、その可能性は充分あると考えて動くべきだろう。
当面の間は、これまでどおり試練の書の指示に従って行動する――それが最善の安全策だ。
「それにしても……」
今更ながら一つの疑問が浮かんでくる。
マリアエレナは何を根拠に俺が神の呪いに侵されていると判断したのだろうか。そしてそれ以前に、一体どうやって神の呪いの存在を知ったのだろうか。
前者についてはある程度の推測ができる。仮に『光輝によりて消え果てよ』の呪文が神の呪いを受けなければ習得できないものだとして、マリアエレナがそれを知っていたのなら、即座に判断することができたはずだ。
しかし、後者については想像することもできなかった。
「セシリア様。いつもの髪飾りはどうなされたのですか?」
「あっ……!」
オリンピアに指摘されて、セシリアは慌てて髪に手をやった。言われてみれば、この前も付けていた髪飾りが無くなっている。
「落としてしまったんですわ。取りに戻らないと」
「なりません。もう夜になってしまいます」
既に太陽は地平線の向こうに消え、空は紺色に染まりつつある。市街まであと少しのところまで来てしまったのに、今更引き返したらすっかり夜になってしまうだろう。
「けどあの髪飾りは……」
「分かっています。明日すぐに取りに行きますので」
本当に大事な品なのだろう。セシリアはすっかり落ち込んでしまった。
それを見たシルヴィが、俺の服の裾を引っ張って訴えかけるような眼差しで見上げてくる。
止めてくれ。そういうのには弱いんだ。
「分かった。じゃあ俺が取ってくる。例の呪文なら一瞬だろ?」
オリンピアに止められる前に呪文を唱え上げる。
「光の如く!」
平坦な地形のおかげで、ここからマリアエレナの家までは完全に視線が通っている。玄関先に戻るまでの時間は文字通り一瞬だ。
「さてと、どこに落としたのやら」
授業を受けている最中か、それとも庭で遊んでいるときか。ひょっとしたらマリアエレナが拾ってくれているかもしれない。
とりあえず、落とし物の件をマリアエレナに伝えよう。そう考えてドアノッカーに手を伸ばした矢先、俺は扉が半開きになっていることに気が付いた。帰るときにはちゃんと閉まっていたはずだ。
そういえば家の窓に明かりが灯っていない。俺達が帰った後で、戸締まりが不十分なまま外出してしまったのだろうか。
まだ近くにいるかもしれないと思い耳を澄ます。そのとき、半開きの扉の奥から女の呻き声が聞こえてきた。
「う、うぐ……」
「……!」
どう考えても只事ではない。俺は迷うことなく家の中へ足を踏み入れた。




