第十三話 竜女のお茶会-前半戦
結局、俺は約束通りにシルヴィのところへ遊びに行くことにした。
場所は警備隊の庁舎から程近い屋敷。周囲を高い塀に囲まれていて、侵入も脱出も困難そうに思える建物だ。
入り口の番兵は殆ど顔パスで俺を通してくれた。どうやらディアマンテスから話が行っていたようだ。
案内された先は、屋敷の最上階にある豪華な一室だった。
「ユーリ!」
部屋の中で退屈そうにしていたシルヴィが、俺を見つけるなり満面の笑みで飛び込んできた。またもや強烈なタックルかと身構える。だがシルヴィは数歩手前で急停止し、そこからぴょんとジャンプした。
見た目よりも尻尾の分だけ重い体をしっかりと受け止める。もちろん『重い』と口走ったりはしない。重さよりも柔らかさの方がずっと印象的だ。
「相変わらず元気だな」
「元気がとりえですから!」
シルヴィはつるりとした尻尾をパタパタさせている。隠したりしていないのは人の目がないからだろう。
俺はシルヴィを手近なソファーに座らせ、その隣に腰を降ろした。
さて――これからどうしたものか。
ディアマンテスは「子守なんぞ柄でもない」と言っていたが、俺だって同じだ。小さな女の子と話すスキルなんて持ち合わせちゃいない。
一体どんな話題を振れば退屈させずに済むのだろうか。遊びに行きたい場所? 食べてみたいもの? まるで見当がつかなかった。
シルヴィは脚をぷらぷら揺らしながら、両手の指をもじもじと絡ませている。
そういえば、俺はシルヴィのことをよく知らない。シルヴィの故郷の国のこともだ。何を話すか悩む前に、シルヴィについてもっとよく知っておいた方がいいかもしれない。
「なぁ、シルヴィ」
「は、はい! なんでしょう!」
「まずはシルヴィのことについて聞かせてくれないか? どんなものが好きなのかとか、どんな国で育ったのかとか、色々知りたいんだ」
緊張を解きほぐす意味も込めて、そんな提案をしてみる。シルヴィは意外そうに目を瞬かせていたが、すぐに張り切ってたくさんの話をしてくれた。
シルヴィの話は順番が前後していたり、表現がところどころ抽象的だったりしていたが、内容をまとめるとおおよそ次のようになる。
第一に、蜥蜴族には七つの王国があり、かつてはそれぞれ敵対して戦争を繰り返していた。
やがて人間との戦いを優先すべきという風潮が高まって、七つの国が手を組んだ『諸王国連合』という枠組みを作った。
七国の中で最大の軍事国家、双牙国。最も広い国土を持つ鉄脚国。経済力に優れる竜爪国。穏健派で、アステリア王国と国境を接する天鱗国。連合の設立に最後まで反発した角灯国。常に有利な方に付いてきた風見鶏国家、翼賛国と驥尾国。
……訂正。戦争は五つの国でやっていて、残り二国はコウモリ状態だったらしい。
それはともかく、シルヴィは諸王国連合の序列第四位、天鱗国の出身なのだそうだ。シルヴィの父親が連合を代表して和平会談に出席したのも、天鱗国とアステリア王国が実質的に隣国だからなのだろう。
第二に、蜥蜴族には身分制度がある。というよりもむしろ、上と下で種族レベルの違いがあるのかもしれない。
シルヴィが言うところの『働く人たち』――つまり下層階級は本当にトカゲのような顔をしている。俺とフィオナがヒューレ村で会った奴がこれに当たる。
対する上層階級は、普段から人間と近い姿に擬態していて、本当の姿に戻ることは滅多にない。少なくとも下層階級のような典型的トカゲ人間とは別物らしいのだが、シルヴィも詳しくは教えてくれなかった。
それと関係があるのかどうか分からないが、蜥蜴族の上層階級は『竜族』を自称している。人間は両方とも引っくるめて蜥蜴族と呼ぶが、彼ら自身は下層階級だけを蜥蜴族と呼び分けているのだ。
第三に、天鱗国は気候的にアステリア王国と似ているが、宝石や貴金属、ガラスなどの装飾品になる資源があまり採れない。
これは蜥蜴族のどの国にも言える特徴のようだ。しかし、いわゆる光り物を綺麗だと思う価値観は人間と同じなので、人間国家との戦いで得られた戦利品が珍重される。
まさかそれ目当てで戦争をしていたのでは?と思ったが、口には出さなかった。
シルヴィも宝石やガラス細工に興味津々らしいのだが、例の外出禁止方策のせいでまだ殆ど見に行けていないそうだ。
これで一つ外出先が決まった。綺麗な装飾品の店に連れていこう。オリンピアならちょうどいい店を知っているだろうか。
第四に、蜥蜴族は大勢の子供を儲ける。そのうえ王族は一夫多妻制が当たり前なので、シルヴィには両手で数え切れないほどの兄弟姉妹がいるそうだ。
親の片方が違っても区別をしない。二十人を超える兄弟姉妹の誰もが兄姉であり弟妹である。一人っ子の俺には想像もできない環境だ。
いつも遊び相手には事欠かなかったので、こんな風に独りで過ごす経験はなかったらしい。きっと一人きりで軟禁生活を送るのは酷く寂しかったことだろう。
「……なんだか凄いところなんだな」
「そうですか? こちらの方がもっと凄いところだと思いますよ」
不覚にも好奇心が大いに揺さぶられてしまった。異種族が暮らす独特の文化の国なんて、ファンタジー好きからすれば垂涎モノである。
ちょうどいいタイミングでメイドがお茶を持ってきてくれたので、シルヴィと一緒に飲むことにする。俺は砂糖とミルクを少しだけで、シルヴィはたくさん。お茶請けはたっぷりのジャムが乗せられたスコーンのようなお菓子だ。
「んー……すっごく美味しいです!」
シルヴィはお菓子の甘さに目を輝かせた。尻尾の先がピコピコと揺れている。
「やっぱり、甘い物とか好きなのか?」
「はい! 独り占めできるのも初めてで……あっ、ユーリと一緒ですけど、それもすっごく楽しいです……えへへ」
兄弟が多いならそうもなるだろう。俺はシルヴィと兄弟達の食事風景をぼんやりと思い浮かべた。
俺も甘い物は割りと好きな方なので、久々の甘味を有難く堪能する。
贅沢なほどの甘さだ。甘味料を惜しげもなく使っている。それでいてしつこくない仕上がりになっているのは、ジャムに使われている果物の酸味おかげだろうか。
「あの……ユーリ。明日も遊んでくれますか……?」
「明日か……」
まだ帰る時間でもないのに気の早い話だ。それほどまでに遊び相手に餓えていたということだろうか。
既に予定があるから無理だと切って捨てるのは簡単である。けれど、縋るような目で見上げられると拒絶の言葉がどうしても出てこなくなってしまう。
「……明日は、午後から魔法師に会いに行く予定なんだ。だから遊べるとしても……」
「魔法師さんですか!?」
まさかの食いつき具合に思わず気圧されてしまう。そんなに関心を引くことを言っただろうか。
「会いに行きたいです! 一緒に行きたいです!」
「そう来たかぁ……」
外に出るための口実なのか、それとも本当に興味津々なのか。このはしゃぎっぷりを見るに後者のような気がする。
どう答えればいいのか考えに考えた挙句、俺は「フィオナとディアマンテスが良いと言ったら」という逃げの一手を打つことにした。
――ちなみに、後でフィオナとディアマンテスにこの件を伝えたところ、二人とも同じように考えに考えた末に首を縦に振ってくれた。どちらも非常に頭が痛そうな顔をしていたのは本当に申し訳ないと思っている。
だけど、あの場面ではっきり拒絶するのは本当に無理だったんだ。酷い丸投げなのは分かっているけれど、それだけは分かって欲しい。切実に。




