第十二話 『友達』のお誘い
あまりに緊張していたせいか、授与式の内容は全くといっていいほど覚えていない。辛うじて記憶にあるのは、ゼノビオスさんからメダルやら証明証やらを受け取ったことくらいだ。
なにはともあれ、これで俺は正式にアスプロ市の市民ということになったわけだ。
書類上のことなのだから、急に何かが変わることもないだろう。授与式から一夜明ければ騒ぎも静まっているはずだ――そう高を括っていたのだが、どうやら俺の希望的観測に過ぎなかったらしい。
「……見られてるよな、やっぱり」
ちょっとした買い物のために出かけただけなのに、四方八方から視線を感じる。
俺の自意識過剰でなければだが、悪感情から視線を向けているのではなく、話題の人物がいたのでちょっと見てみようといった程度の関心のようだ。
まぁ、嫌われたり嫌がられたりしていないならいいだろう。視線についてはとりあえず気にしないことにした。
「そういえば、あそこはもう片付いたのかな」
ふと思い立って、例の時計塔に足を運んでみる。
時計塔は警備隊の兵士によって厳重に警備されていて、市民が勝手に立ち入れないようにされていた。それでも大勢の市民が時計塔の前で立ち止まっている。やはり皆ガラス化した塔の内部に関心があるらしい。
遠巻きに時計塔を眺めて満足したので、そろそろ部屋に戻ることにする。
ちょうどそのとき、塔の入り口のところで何やら押し問答が始まった。
「少しくらい構わないでしょう! 見るだけでいいんです!」
「駄目だ駄目だ。例外は認められない」
神官と思しき青年と警備の兵が揉めている。どうにも厄介事の気配しかしなかったので、巻き込まれないうちに立ち去ろうとしたのだが、面倒なことに厄介事の方が駆け足で近付いてきた。
「そこのあなた! ユーリ・マカベ氏ですね!」
「……いえ、人違いです」
「見間違えるはずなどありません! 記憶力には自信がありますので!」
神官らしき男が興奮気味にまくし立てる。涼しげな見た目に似合わず暑苦しい男だ。
「大蜘蛛を神の御力でガラスに変えたとお聞きしました。どのような修行を積んだことでその域に至れたのか、同じ神に仕える者としてお聞かせ願いたい!」
「いや、だから記憶がなくってさ……」
「では共に修行を!」
「記憶が戻るまでは、そういう宗教的なことは控えることにしたんで……」
こいつはきっと話を聞かないタイプだ。いっそ呪文を使って遠くへ逃げてしまおうかと考えていると、骨ばった手が男の肩をガッシリと掴んだ。
「いかんなぁ。迷惑がっているじゃないか」
丸太のような腕が男を強引に引き剥がす。男は警備の兵に両腕を捕まれ、そのままどこかへ連れて行かれてしまった。
「やれやれ、厄介な奴に捕まっていたみだいだな。ああいう手合には本当に苦労させられる」
「ありがとうございます。えっと、ディアマンテスさん」
神官の男を追い払ったのは、蜥蜴族のシルヴィの一件で顔を合わせたこともある、アスプロ市の警備責任者のディアマンテスだった。いや、シルヴィの滞在場所の警備責任者かつ市の警備部門の一員だったか。細かいところの記憶が曖昧だ。
「そんな固くならんでもいいだろう。俺とお前の仲だからな」
一体いつの間に仲良くなったことにされたのだろう。こちらもこちらで見た目通りに暑苦しく、距離感が妙に近いタイプだった。
「いきなりで悪いが、少し時間をくれんか」
「……何かさっきのと変わらないような」
「ははは! すまんすまん。だがあの娘の件でどうしても相談があってな」
――シルヴィのことだ。
俺はすぐにディアマンテスの提案を了承して、彼の行きつけだという露天の茶屋、要するにカフェのような店に向かった。
「紅茶を二つ頼む。ミルクは先入れで砂糖は要らん」
注文の仕方が妙にこなれている。大柄で筋肉質な男には似合わない洒落たカフェだったが、どうやら本当に行きつけのようだ。
「実は、お偉方の子女を預けられていてな。子守なんぞ柄でもないんだが、外に遊びに連れて行ってやらねばならんのだ」
「……その子なら、俺も会ったことがありますね」
ディアマンテスに合わせて白々しい話し方をする。公衆の面前で蜥蜴族の王女がどうだの護衛がどうだのと話すわけにはいかないので、あえて遠回しな表現になっているようだ。
それなら最初から部外者に見られない場所に行けばよかったのでは、と思わなくもないが。きっと露骨な密談になるのを避けたかったのだろう。
「知っての通り、俺も部下もいい年の上に強面揃いだ。女子と遊べるような面でもない。だから代わりの遊び相手を探してやると言ったんだが、それなら一緒に遊びたい相手がいると言い出してな」
なるほど、そういう流れで持って来たか。
ディアマンテスはこれ以上言わなくても分かるだろうと言いたげな顔で笑っていた。言われなくても分かることには分かるのだが、そこははっきり言い切って欲しかった。
何となくこうなるような気はしていたのだ。友人という解釈で押し通すよう提案したのは自分なのだから、シルヴィの同意さえあるのなら、俺にお鉢が回ってくるのは当然である。
とは言ったものの、まさか本当にシルヴィからの要請があるとは思っていなかったのだが。
「本当にあの子がそう言ったんですか? 俺に押し付けたいとかそういうわけではなく?」
「本当だとも。うちに来て直接聞いてみるといい。あの子も喜ぶ」
……暗に、シルヴィに会いに行けと言われてしまった。
気にかかるのは、これが単なる『たまには顔を見せてやれ』という程度のものなのか、外出の計画を練る打ち合わせなのか、それともまた別の理由なのかということだ。
「あの子の様子はどんな感じですか?」
「もちろん元気だとも。ただ遊び相手がいないのは寂しそうだな」
うん、ただの打ち合わせ目的でないことは理解した。
「明後日は予定が入ってます。なので明日か三日後以降か……」
「ならば明日で頼めるか。こういうのは早ければ早いほどいい」
トントン拍子で話が進んでしまった。
明日はシルヴィに会いに行き、明後日はフィオナに紹介された魔法師に会いに行く――いつの間にか随分と予定が埋まっている。
ノルン曰く、戦争が激化するまでに力をつけられなければ俺の命は無いという。それなのにこんな悠長にしていていいのだろうか、という疑問がないわけではない。
魔法師と面会するのは間違いなく有益だ。俺に欠けている知識を補えるのはもちろん、課題の一つである【十二種類の呪文を習得せよ】をクリアする足がかりになるかもしれない。
だからきっと、シルヴィに会いに行くことにもきっと意味があるはずだ。俺は心の中でそう言い聞かせて、自分の中の理屈っぽい感情を納得させることにした。




