第十一話 敬意と警意
想像以上に大事になってしまった。
俺は市庁舎の大ホールの片隅で簡素な椅子に腰掛けたまま、他人事のようにそう思った。
あの夜、俺は異変に気付いて駆けつけた警邏隊に身柄を確保された。その時点では塔が壊れたりガラスになったりした理由が分からなかったらしく、警邏隊は俺のことを加害者なのか被害者なのか判別できなかったようだ。
幸いすぐに領主館に連絡が行ったのと、ガラス化した大蜘蛛の死体が本物だと確認されたことで、塔を壊した犯人ではなく『街に侵入した危険生物を退治した人物』として扱われるようになった。
俺が身体に刺さったガラスの除去をされている間にも、事態はどんどん大袈裟な方向に進んでいった。
夜中にも関わらず様々な専門家が呼び集められ、事後処理と今後の対応について話し合ったそうなのだが、今回の件は彼らにとって割ととんでもない出来事だったらしい。
『北方の高山帯にしか生息しないはずの危険生物の侵入』
――頭を抱える危険生物の専門家。
――予算増を訴える警備部門。具体的にはディアマンテスが。
『それを即座に察知し単身で討伐した記憶喪失の神官』
――神殿の人間も見知らぬ神官に首を捻った。
『伝説上の神罰を思わせるガラス化現象』
――理由は分からないが、これが一番の問題だったそうだ。
三日に渡って続いた喧々囂々の議論の末、何がどうしてそうなったのかは知らないが、とりあえず俺のことを表彰しようという運びになったらしい。
贈られるのは『三等貢献褒章』と『特別市民権』で、前者はいわゆる勲章でメダルと金一封、後者は他所の人間でも市民としての恩恵を受けられる権利とのことだ。
さっきから「らしい」「ようだ」と曖昧な表現ばかりになっているのは、俺自身を完全に蚊帳の外に置いて議論が進められていたからだ。表彰されることが決まったのも今日になって初めて聞かされたくらいである。
というわけで、市庁舎の大ホールでは表彰式だか授与式だかの準備が急ピッチで進められていた。
「……どうしてこうなった」
俺からしてみれば、怪我の手当をしてもらって三日ほどゆっくり休んでいたら、いきなり「今日の午後から表彰式だ」と伝えられたという、あまりにも急過ぎる展開である。心の準備も何もあったものではない。
がっくりと項垂れていると、フィオナが冷たい水の入ったコップを持って来てくれた。
「ごめんね。こちらとしても事情があって」
乾いた喉の隅々まで冷水が染み渡る。自分でも思った以上に緊張していたようだ。
「正直に言うと、ユーリの立場ってかなり危うかったんだ。未だに身元も記憶もはっきりしてないから」
「身元不明で正体不明なんだから疑われて当然だよな」
「しかも第二級以上の危険生物を二体も討伐。所領内外の各所から『いい加減身柄をはっきりさせろ』とか『うちに連れて来て調べさせろ』とか突き上げが厳しくなってきちゃって」
自分の立場が不安定なのは自覚している。これまで好きに行動できたのは、フィオナやゼノビオスさんという後ろ盾、つまりは領主の後光があったからこそだ。
「んーっと、何て言ったらいいのかな……」
「不審な身元不明者に首輪を付けて、行動の責任を負わせられるようにしろってことだろ。どこの馬の骨とも知れない自称神官じゃなくて、王弟領アスプロ市のユーリ・マカベという『市民』にすれば管理もしやすくなる」
「うう……自分のことだからってズバッと言うなぁ」
「今回の功績で特別市民権を授与します!なんていきなり言われたら、それくらいの裏は考えるよ」
身元不明で正体不明、そのくせ危険な呪文――物体と生物のガラス化なんて真似ができる。こんな代物が根無し草のままウロウロしているなんて、無関係の他人からしてみれば空恐ろしいことこの上ないに違いない。
なので、市民権と一緒に社会的地位を与えて、不安に思う人々を安心させたいのだろう。当然の対応だと思う。俺が役人の立場でも同じことをしていたはずだ。
「でも、正直ありがたいかな。これまでの俺って、ゼノビオスさんやフィオナに保護して貰ってたようなものだろ? 身元保証人っていうのかな。だから、そろそろ独り立ちしなきゃいけないって思ってたところなんだ」
寝泊まりしている宿だってそうだ。身元保証も金銭的なあれこれも彼らに依存し続けている。
「前にも言ったでしょう。ヒューレ村の一件で助けてもらったお礼だって」
「いつまでも好意に甘えっぱなしなんて格好つかないだろ」
俺がそう言うと、フィオナは目を丸くした。
「ゼノビオスさんから働き口を紹介して貰うのを最後にしようと思ってる。それだって本当は自分で探すべきなのかもしれないけど、人脈も社会常識もないんじゃ難しいからさ」
「……驚いた。普通は領主に恩を売ったら年単位で好意に甘えるものなのに」
これも一種のカルチャーギャップか。フィオナの反応を見るに、俺の判断は本当に珍しいことのようだ。
「さて、と」
フィオナは俺の隣の椅子に腰を下ろすと、折り畳まれた小さな紙をこっそり渡してきた。
「これは?」
「私が知る範囲で、一番優秀な魔法師の住所。三日後に約束を取り付けてあるから、必ず行って。必ずよ」
「……どうしてまた、そんな」
当然の疑問を口にする。フィオナは声を潜め、真剣な面持ちで理由を説明し始めた。
「時計塔と大蜘蛛をガラスに変えた呪文、ユーリが唱えたってことで間違いないのよね」
「ああ……そうだけど」
「そんな呪文、お父様に仕える魔法師も知らなかった。女神ノルンの御力じゃないのかって真顔で言うくらい」
「……嘘だろ?」
驚きながらも、内心でノルンに恨み言をぶつける。確かにあの呪文には助けられたが、これでは身を守るために核爆弾を渡されたようなものだ。持っているだけで警戒されることになるし、手放すこともできやしない。
「君に市民権を贈る最大の理由はね。君をお父様の領民ということにして、他の領主や過激な神殿の人間に手出しできなくするためなの。どんな手段を使ってでも、その呪文と君の記憶の秘密を解き明かしたいって思う連中が出てくるはずだから」
「どんな、手段でも……」
嫌な想像が次々に浮かんでは消える。元の世界を基準に考えても、こういうとき本当にヤバイ奴に捕まったら五体満足で済む保証はない。
「だからね、ユーリは自分がどうしてそんな呪文を使えたのか知るべきだと思うの。この子はアスプロ市のどの魔法師よりも優秀だから、きっと手掛かりをくれるはずよ」
この子という言い回しが少し引っかかる。年少の天才とかなのだろうか。
「お父様はユーリのことを気に入ってるし、私は仮に君が恩人じゃなかったとしても酷い目には遭わせたくない。だから『下手なことをしたら王弟殿下に喧嘩を売る破目になるぞ』と脅す意味もあるの」
「……そっか」
背もたれにぎしりと体重を預ける。
「結局、フィオナ達には助けられっぱなしってことか。むしろそっちの方が恩人だよ」
「何言ってるの。私もお父様も当たり前のことをしているだけなんだから」
フィオナの声に澱みはない。全て心の底からの言葉なのだろう。
「お父様は王弟でこの地の領主。そして私は領主の子女。この地に暮らす人のために働くのは当然でしょう」
そう言い切ったフィオナの姿がとても眩しく感じられる。
けれど、それはきっと当たり前のことではない。領主だの王政だのが廃れた元の世界でも、そこまで理想を追い求められ、なおかつ実行できる人間はとても珍しい。そういった制度が現存するこちらの世界では尚更だろう。
だからこそ、こんなにも尊い存在に出会えた運命を、無意識のうちに感謝してしまうのだった。ノルンが運命の女神だというのが本当に癪だったけれど。




