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猫を被る

 むかしむかしの、と言うほどでもないお話し。



 俺は化け猫である。名前は―


「タマや、タマ。どこ行ったかえ」

「タマじゃねぇって何度も言ってるだろババア!」


 ボケた婆さんが、今日も善蔵の墓参りにやってきた。背中に肩掛け鞄をリュックサックみたいに背負い、杖で三足歩行。蝸牛の速度で家から1時間かけて、週に1回。欠かさずの墓参り。


「俺はタマキだタマキ! 善蔵の黒歴史を詰め込んだ名前忘れんじゃねぇ!」

「善蔵さんと仲良しだったタマだろう? 可哀そうに、もう歳だったからねぇ……」

「俺を勝手に殺すな!」


 人っ子一人ない墓地に婆さんと、俺の鳴き声と言うか話し声だけが響く。足も悪い、耳も悪い、頭も危ういの三拍子そろっていて、未だに娘たちから病院送りにされてないのが不思議なくらいだ。

 墓の前に腰を下ろした婆さんを、善蔵の墓石の上から見下ろす。ここ数年で、婆さんの背はどんどん縮んでいく。善蔵は老いる前に酒の飲み過ぎでぽっくり死んじまったから。婆さんみたいな苦労は知らず、今も楽しくあの世でやってることだろう。なんとも困ったヤツだ。

 冷たい善蔵から下りた俺は、婆さんが持ってきた仏花を口と前足で花立へと運ぶ。昨日は菊が多かったが、今日は桔梗が多め。蒼が鮮やかで綺麗だ。婆さんは昔から花が好きだった。


「そら、婆さん。あんまりのんびり善蔵と昼寝してると日が暮れちまうぞ」


 自分じゃもう、水が入った桶も柄杓も持ってこれないもんだから。婆さんは花だけ持って善蔵に会いに来る。花の良さなんてこれっぽっちも分からなかった善蔵だったが、婆さんに一目ぼれした後。勉強もそっちのけで、婆さんの気を引こうと躍起になっていた。挙句、俺にこんなこっぱずかしい名前つけてんだから世話ない。

そんな勢いだけで庭師にまでなっちまった善蔵だが、婆さんが喜んでたんだからアイツはこれで良かったんだろう。

 丸まった背中が動かないので、俺はうとうと船を漕いでる婆さんの裾を引っ張る。あんなにべっぴんだった女が、50年も経てば白髪と皺にまみれるボケたババアだ。人間は長寿を祝うが、俺には疑問だね。


「おやおや……タマや……。善蔵さんが呼んでるのかい?」

「善蔵から先にお呼ばれするのは確かにテメェだろうよババア」


 見事、二股に別れている俺の尾だが、婆さんが気付くはずもない。皺だらけの骨ばった指が俺の頭を撫でる。数年前はもう少し心地が良かった。善蔵の上も、婆さんの上も。


「綺麗な桔梗だねぇ……。誰が善蔵さんにやってくれたんだい……?」

「善蔵が大好きな誰かさん、だろ」

「そうかい、そうかい。善蔵さんは幸せ者だねぇ」

「へーへー。そうでございますな……」


 この期に及んで惚気話かこのババア。


「用は済んだだろ。年寄りは暗くなる前に帰りな」

「もうお夕飯かい、タマ」

「おう。帰ったらな」


 重い腰を上げて、婆さんは三足歩行に戻る。やはり蝸牛の速度で、善蔵から離れていく。俺はその隣を歩きながら、周囲を見回した。古びた墓石の周りには、雑草が好き放題に伸びている。


「気ぃつけて帰れよ。ババアなんだから」

「タマはどこへ行くんだい」

「どこへも行かねぇよ。俺もすぐ帰る」

「そうかい……。それじゃあ後でねぇ、タマ」

「ああ、またな。たまき」


 寺の出口で婆さんを見送る。さすがに十年以上も前に死んだはずの猫が戻って来たら、娘たちがひっくり返っちまう。婆さんの背中が見えなくなるまではだいぶ時間がかかる。今日も今日とて、墓参りにくる客も、寺の坊主の姿もない。烏が鳴く墓地に、ゆっくりと冷めた闇が下りる。

 再び善蔵の上で丸くなった俺は、婆さんの桔梗を眺めて大きく欠伸をした。



 俺は化け猫である。名前はタマ……じゃねぇ、タマキだ。

 主人の墓守を、今日も続けている。










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