冬の終わり
ここはとある街のとあるテナント。今日はこの8畳ほどのフロアにとある女性美術家の個展が開かれていました。フロアには老若男女が集まり、小さな街にしては上々の盛況ぶりです。中でも一番人目を集めていたのは、奥に飾られた”寒椿の花束を持った雪だるま”の絵でした。幻想的なその絵に人々はうっとりとした吐息をもらしています。
美術家は関係者や絵画を購入してくれたお客さんと談笑していましたが、チラチラとその絵が飾られている所を気にしていました。そこには赤白帽をかぶった小学生くらいの男の子がじっと雪だるまの絵を見ていました。
「この絵はお姉さんが書いたの?」
何と、男の子はバレないようにこそっと後ろに立っていた美術家に振り返りもせず質問しました。
「そうよ、ボク。これは私のヒーローを描いた絵よ」
「……そう」
軽く頷いた男の子は、拳を握って美術家の方へ向き直りました。
「あなた、名前は…?」
美術家は優しく微笑んで男の子に尋ねました。
「幸福の幸って字、その一文字で”ゆき”って名前。学校では”ゆっきー”って-」
その時、閉ざされたフロアに風が一陣起こりました。男の子は慌てて、
「じゃあ、もう行かないと。バイバイ、優子さん」
と言い残し、帰ろうと駆けだしました。
優子と呼ばれた美術家は突然のことに頭や胸がじゅわっと熱くなり、涙腺が震えだしました。誰にも話せなかった、あの冬の日の記憶が蘇り始めたのです。
「待って!ゆっきー!お願いだから!」
優子さんは出口のドアを開けようとしている男の子を必死に呼び止めます。フロアの人たちも話すのをやめて、何事かとふたりの様子をうかがいます。
…男の子は立ち止まり、絵画のような笑顔でこう言いました。
優子さん キレイな絵を描いてくれてありがとう。
生きていてくれて… 本当にありがとう。
優子さんは急いで外まで追いかけましたが、男の子はいなくなっていました。
見上げると、空からは雪のような、涙のような水滴がぽつぽつと落ちてきました。
「ありがとう… ゆっきー」
優子さんはいつか見たあの雪の日を思い出して、今まで言えなかった言葉を呟いたのでした。
「…届いたかい?ゆっきー。君がつないだ命は、確かに輝いているからね…!」
先ほどの男の子は思わず見とれてしまうような美しい羽で次の街まで飛んでゆきました。
もう二度と失わないように、大事にリングを指につけて-
おしまい。




