第11話 出発の日
出発の日。
格納庫では《誉》の最終確認が進められていた。整備員たちが機体の周囲を行き来する様子を、スタンリーは耐Gスーツ姿で眺めていた。
「いよいよじゃな」
隣で博士が言った。
「そうだな」
「向こうのガルデン基地司令、ハメル准将には連絡してある。到着すれば話は通っておる」
「なら、その辺は安心か」
「じゃが、大破させるでないぞ」
スタンリーは博士を見た。
「……死ぬなよ、じゃないんだな」
「おぬしは生きて帰ってこい」
「お?」
「《誉》も壊すな」
「結局そっちもか!」
「当然じゃろ! どれだけ手間がかかっておると思っとる!」
「ちょっと感動しかけた俺が馬鹿だった」
「人も機体も無事なら一番じゃ!」
「最初からそう言え」
博士は気にせず説明を続けた。
「武装については、向こうでも補充できるよう手配してある」
「ランスの穂先も?」
「うむ。交換用の穂先や炸薬、その他の消耗品も基地へ送ってある」
「じゃあ、しばらく向こうで戦えるわけか」
「ただし、定期点検にはここへ戻ってこい」
「基地じゃできないのか?」
「装甲交換や武装の整備、可動部の確認。その程度なら問題ない」
博士は《誉》の胴体を指差した。
「じゃが、重力制御系統や操縦系、液体防護系統、AIとの統合制御は別じゃ」
「つまり《誉》の肝か」
「そういうことじゃ。研究所の整備班も何人か随行させるが、現地でできるのは日常的な点検と軽微な修理までじゃな」
「それ以上は?」
「ここへ戻せ」
「やっぱり」
「前線基地で核心部分まで分解させるわけにはいかんからの」
「機密か」
「それもあるが、設備も専門の人員もここに揃っておる。専門外の者へ任せるほど、わしはおおらかではない」
「そこだけ妙に慎重だな」
「研究には慎重じゃぞ!」
「人体実験してた人が言う?」
「志願制じゃ!」
「またそれかよ!」
スタンリーは頭をかきながら、《誉》を見上げた。
「消耗品は基地で補充して、定期的にここへ戻る。大きな修理が必要になった場合も同じ、か」
「そうじゃ」
「分かった。……ところで博士」
「なんじゃ?」
「武器は順次準備していくって言ってたよな?」
「ああ。まずはランスじゃ。その後は、おぬしの戦闘ログを見ながら合ったものを作っていく」
「なるほど。じゃあ、前に見たあれは?」
スタンリーが視線を向けた先では、巨大なハンマーが床からわずかに浮いていた。
「あれも武装じゃないのか?」
博士は少し目を逸らした。
「ああ、あれか」
「なんだよ、その反応」
「ルディ。説明してやってくれ」
近くで作業を確認していたルディが振り向いた。
「博士が作ったんでしょう」
「昔の話じゃ」
「今も置いてあるじゃないですか」
「資料じゃ、資料」
ルディはため息をついてから、スタンリーへ向き直った。
「あれは博士が以前、大国にいた頃に作った試作兵器です」
「じゃあ《誉》用じゃないのか」
「はい。別の機体で使うことを想定していました」
「浮いてるのは、重力制御か?」
「そうです。自重を支える必要がないので、持ち上げるだけなら楽なんですが……」
「何かあるのか?」
「質量そのものが消えるわけではありません。慣性は残っています」
スタンリーは改めてハンマーを見た。
「……じゃあ、動かすには力がいる?」
「はい。振り回すにも、止めるにも、あの質量に見合った力が必要です」
「外したら?」
「止めきれず、機体ごと振り回されるおそれがあります」
「欠陥じゃねえか」
「当たった場合にも問題があります」
「まだあるのか」
「相手を吹き飛ばすなり、砕いて振り抜くなりできればよいのですが、硬い相手に受け止められると、その衝撃をこちらも受けます」
「……あれだけの物を振り回して、急に止められるわけか」
「はい。腕や関節が耐えられず、使った側が壊れる可能性があります」
「つまり、浮いてるけど動かすのは大変。外したら振り回されるし、当たっても相手を吹き飛ばすか砕くかできなかったら、こっちが壊れる」
「そういうことです」
「……それは使えねぇな」
「じゃろ?」
博士が口を挟んだ。
「なんでちょっと満足そうなんだよ」
「当時は画期的だと思ったんじゃ!」
「結果は?」
「欠陥じゃった!」
「認めるの早いな!」
「失敗から得られるものもある!」
「便利だな、その言葉!」
スタンリーはしばらくハンマーを眺めていた。
「……でも、もしかしたら使いどころはあるかもしれないな」
「ほう?」
博士が身を乗り出すと、ルディが即座に割って入った。
「博士、今回はランスです」
「まだ何も言っておらん」
「持たせようと思ったでしょう」
博士は返事をせず、ハンマーを見た。
「一応、整備しておくかの」
「やっぱり!」
「今から持っていくとは言ってないぞ、俺も」
「スタンリーさん」
「ん?」
声をかけられて振り向く。
そこには、クライテンが立っていた。
両手に何かを抱えている。
「どうした?」
「基地でお使いになれるよう、こちらをご用意しました」
「俺に?」
「はい」
クライテンが差し出してきたものを見て。
スタンリーは黙った。
「……」
鮮やかなピンク色のガウンだった。
「……なんだこれ」
「ガウンです」
「それは見れば分かる」
「お似合いだと思います」
「どこを見てそう思った?」
「エディ殿から、お好きだとお聞きしまして」
「……」
スタンリーはゆっくりと耳元の端末へ手をやった。
「エディ」
『はい?』
「お前、何を吹き込んだ?」
『事実を共有しただけです』
「俺、ピンクのガウンが好きなんて言ったか?」
『以前、そのような傾向があると判断しました』
「傾向で人の服を決めるな!」
「ですが」
クライテンはガウンを少し持ち上げた。
「よくお似合いになると思います」
「追い打ちするな!」
『私もそう思います』
「お前まで乗るな!」
博士が横からガウンを見る。
「……悪くないの」
「博士!?」
「基地では目立ってよいじゃろ」
「前線基地で何を目立たせる気だ!」
ルディは額を押さえた。
「……クライテン、それは一応荷物に入れておいてください」
「承知しました」
「入れるの!?」
「使うかどうかはスタンリーさんに任せればいいでしょう」
「そういう問題か!?」
クライテンは当然のようにガウンを畳み始めた。
「丁寧に収納しておきます」
「なんでそんな仕事だけ完璧なんだよ……」
そこで。
整備員から、《誉》の最終確認が終わったと声がかかった。
「……じゃあ、行ってくる」
「うむ。良いデータを持って帰ってこい!」
「最後までそれかよ」
スタンリーは苦笑して、《誉》へ向かった。




