エピローグ
工場に、いつもの一日がはじまる。
朝、チャイムが鳴る。
白い作業服に着替え、決められた持ち場へ行き、流れてくる製品に同じ作業を繰り返す。
昼休み。
午後。
終業のチャイム。
家へ帰って飯を食べ、風呂に入り、眠る。
それを毎日繰り返す。
不満はなかった。
実家暮らしだから金にも困らない。
休みの日には犬散歩をしたり、高校からの友人と遊んだり、昼寝をしたり。
そんな平凡な毎日だった。
ただ――。
部品を取りに工場の奥にある長い廊下を一人で歩くたび、不思議な気持ちになることがある。
蛍光灯だけが並ぶ薄暗い廊下。
足音だけがコツ、コツ、と響く。
その先に部品棚があることは分かっている。
でも、胸の奥で小さな声がするのだ。
「俺の行き先は、この廊下の先じゃない気がする。」
もちろん、そんなこと誰にも言わない。
言ったところで笑われるだけだ。
だから今日も何事もなかったように部品を抱え、ラインへ戻る。
そんなある日曜日。
犬のハナコを連れて裏山の公園へ行った。
遊具もない。
砂場もない。
人もほとんど来ない。
ハナコは広場を駆け回り、私は木のベンチに寝転んだ。
夏の終わりをつげる風が木々を揺らす。
蝉が鳴いている。
いつの間にか眠ってしまったらしい。
ハナコが顔を舐めてきて目を覚ました。
空を見上げる。
青い。
雲一つない。
……なのに。
目の前を、白い綿毛のようなものが漂っていた。
雪ではない。
タンポポでもない。
風もないのに、ふわり、ふわりと舞っている。
「……これは。」
掴もうと手を伸ばす。
指先に触れる寸前で、すっと逃げるように浮かび上がった。
気のせいかと思い、周りを見る。
公園一面に、白い綿毛が浮かんでいる。
ハナコは何も気にせず尻尾を振っている。
私だけが見えているのだろうか。
いや…
そう思った瞬間、風が吹いた。
白い綿毛たちは、一斉に空高く舞い上がり、夏の青空へ溶けるように消えていった。
しばらく立ち尽くしていた。
夢だったのか。
寝ぼけていたのか。
結局、誰にも話さなかった。
ただ、心のどこかに引っかかった。
そしてそれは、私に大きな一歩を踏み出させた。




