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不滅の双星 〜魂の天秤〜  作者: 杏鈴


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第十章 真実の光、生涯の契り

 朝。冬の終わりを告げる柔らかな光が差し込む朝廷にて、公式な朝見ちょうけんの儀が執り行われた。玉座に座る黎央の心は、前夜に聞いた『水が去った』という絶望的な噂と、御苑でのあまりに切ない別れの記憶によって、完全に引き裂かれていた。魂の片割れを永遠に失ってしまったという凄まじい喪失感と孤独の闇が、覇王の胸を容赦なく締め付ける。理性を保つ限界を迎えた黎央は、せめてあの気高い魂を持つ王妃の温もりにすがり、救いを求めようと、朝見が閉幕するや否や、狂ったような足取りで王妃宮へと赴いた。

 しかし、王妃宮の重々しい扉を開けた黎央を待っていたのは、あまりに残酷な現実だった。

 そこにいたのは、戻ってきた贅沢品に目を輝かせ、黎央が最も嫌悪する凡俗な女だった。

 美蘭の体格は瑞月とほぼ同じで、相変わらず華奢で美しかった。だが、その立ち振る舞いには一切の重心のブレなさがなく、差し出された茶器を受け取ろうとしてその手に触れた瞬間、黎央の手には、あの鉄のような剣のタコの手応えがどこにもなかったのだ。

 黎央の脳裏に、すべての疑念が怒濤のように押し寄せる。眼前の女からは、あの夜宴で自分を救った気迫も、朝廷を救った知略の輝きも消え失せていた。裏切られたという凄まじい衝撃と激昂が、黎央の理性を完全に吹き飛ばした。

「お前は……誰だ! お前が水から護身術を学んだという、あの美蘭なのか! 答えろ!!」

 王妃宮の寝所が震えるほどの激昂の咆哮。黎央がこれまでにない凶暴さで迫り、恐怖に震える美蘭の胸ぐらすら掴み上げようとしたその瞬間、背後の扉が静かに開いた。

「そこまでになさい、兄上」

 現れたのは、すべてを察していた王妹・明凛だった。明凛は毅然とした佇まいで黎央の前に立ち、その燃え盛る狂気を冷徹な視線で受け止めた。

「おやめなさい。その娘をいくら責め立てたところで、お前が求める本物の輝きはここにはいないわ。……お前の魂の片割れは、もうここにはいないのよ」

 明凛の言葉に黎央はハッと我に返り、己の掴んでいた手が、求めていた人物のものではないことを痛烈に突きつけられた。黎央は即座に近衛に命じて水家の素性を徹底的に洗い、もたらされた報告によって、すべての疑問を氷解させた。

『水家には、美蘭様の他に、瓜二つの容姿を持ち、密かに高名な師のもとで武芸の奥義を極め、同時に国家百年の大計をも論じ得る双子の兄・瑞月様がおられます。一年間、王妃として宮廷にいたのも、護衛から護身術を学んでいたというのも、すべては瑞月様を仕込み、動きを言い訳するための嘘にございました』

「双子の……兄……! そういうことだったのか! 護衛の『水』もお前、私を救ったあの王妃もお前……すべてはお前一人だったのだな、瑞月!」

 激昂のままに、今度は魂の片割れである男の名前を叫んだ黎央は、王としての威厳も、理性を保つための仮面もかなぐり捨てて馬に飛び乗った。胸を突き動かすのは、ただ一つ。あの知勇兼備の魂の片割れを、二度と手放してはならないという狂おしいほどの渇望だった。

 国境近くの、早春の微かな温かみを孕んだ風が吹き抜ける街道。馬を休めていた瑞月の前に、地を飛ぶような蹄の音を響かせ、漆黒の馬を駆る黎央が現れた。息を荒くして馬から飛び降りた黎央は、まっすぐに瑞月の側に駆け寄り、その華奢な肩を、砕かんばかりの強さで強く掴んだ。

「見つけた……やっと見つけたぞ。私の唯一の理解者、私の唯一の光よ。お前が瑞月だな!」

 瑞月は息を呑み、成熟した王の圧倒的な熱量に圧されながらも、悲痛に声を絞り出した。

「陛下、お放しください。私は男です……王を騙し、後宮を汚した大罪人にございます」

「黙れ!」黎央は瑞月の言葉を遮り、そのまま彼を力任せに自らの胸へと引き寄せ、強く、激しく抱きすくめた。

「男だろうと、大罪人だろうと、そんなことはどうでもいい! むしろお前が男であり、名門の嫡男であったからこそ、私はこれほどまでに救われ、お前のその魂に狂わされたのだ! この一年、夜宴で刺客を仕留めてくれた時も、朝廷の難題に鮮やかな政略を授けてくれた時も、毎日深夜に刃を交えた時も、私の心はお前以外の誰をも拒んでいた……!」

 黎央の胸の鼓動が、衣服越しに瑞月の身体へとドクドクと伝ってくる。

「もうお前をどこにも行かせない。この一年、私の右腕として、私の影として、一生私の傍らでその命を私に縛り付けろ、瑞月」

 瑞月はゆっくりと手を回し、己を包み込む黎央の背中の衣を強く掴み返した。

「黎央様……。私も、あなたという存在を……ずっと、求めていたのかもしれません。臣下として、友として……いえ、あなたの孤独な夜を分かつ、ただ一人の片割れとして。私のこの命、生涯をかけてあなたに捧げます……!」

 燃えるような夕日の中、二人は互いの存在を、その強い抱擁で確かめ合った。世界の何よりも固く、誰にも引き裂くことのできない、狂おしくも美しい絆の証明だった。


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