表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

第12話:青空と、新しい朝の匂い

目が覚めた時、天井はもう動いていなかった。

シーツからは潮の匂いもしない。窓の外からは、いつものようにカラスの鳴き声と、遠くを走る車の走行音が聞こえてくる。


私はベッドから飛び起き、階段を駆け下りた。


キッチンには、いつもの光景があった。

母さんがお弁当を詰め、チョージが不機嫌そうにスマホをいじり、コハナが足元で騒いでいる。そして、ダイニングテーブルの端では、シゲジイが新聞を広げていた。


「……シゲジイ、帰ってきたんだよね?」


私が息を切らして尋ねると、シゲジイは新聞から目を離さず、

 「ぷっ」 

と、短く気の抜けた音で返事をした。

その絶妙な音色に、私は全身の力が抜けるのを感じた。ああ、間違いない。本物のシゲジイだ。


 


 ◇ 砂嵐のあとのニュース


リビングのテレビでは、落ち着いたトーンの女性アナウンサーが語りかけていた。


「……あの日から、はや数十年。本日、全国各地で慰霊祭が執り行われ……」


「あ、これいいや」


私は慌ててチャンネルを切り替えた。

そうか、昨日は「あの日」だったんだ。母さんがすべてを失った、あの日。

だから海はあんなに静かで、みんなが屋上で手を振っていたのかもしれない。


ふと見ると、コハナが床に座り込んで、一つのキーホルダーで遊んでいた。

それは、あの漁村で妹ちゃんが持っていたのと同じ、 水色の古ぼけたおさるのキーホルダー だった。


「それ、どうしたの?」

「んー、お仏壇の下に落ちてたの」


コハナは無邪気に笑う。それは夢から持ってきたものか、それともずっとそこにあった母さんの遺品なのか。今はもう、どちらでもよかった。


 


  ◇ 夢に現れなかった人


ピンポーン、とインターホンが鳴った。


「ただいまー。いやあ、駅前でヤスオさんに捕まっちゃってさ」


玄関から入ってきたのは、仕事帰りの お父さん と、相変わらずちょび髭を揺らした ヤスオおじさん だった。

お父さんは、母さんの夢には一度も現れなかった。

「悲しいね、お父さん。置いてけぼりだったよ」

心の中でそう呟いて、私は少しだけ笑った。


「おっ、なんだか懐かしい匂いがするね」


ヤスオおじさんが鼻をひくつかせた。

キッチンから漂ってくる、にんにくとオリーブオイルの香り。昨日のパスタの記憶が、一瞬だけリビングを通り抜けたような気がした。


 


  ◇ おばあちゃんへの報告


私は静かに仏壇の前に座り、リンを鳴らした。

 「チーン」 

高く澄んだ音が、家の中に響き渡る。


「おばあちゃん、ちゃんと帰ってこれました。お母さんも、一緒です」


そう言えば、私はあの妹ちゃんの名前も、まだ知らない。

これから少しずつ、母さんの話を聞こうと思う。

あの「タコの王子さま」みたいな初恋の人のことも。母さんの胸の中にしまわれた、たくさんの「宝物」の話を。


「お母さん、手伝うよ」


私はカバンを置いて、母さんの隣に立った。

母さんは目を丸くして、私を振り返った。


「あらあら、珍しい。今日は 雨 が降るわね」


母さんが可笑しそうに笑う。

私がキッチンに立つなんて、それくらいの天変地異だと言いたいらしい。


でも、窓の外に広がるのは、どこまでも突き抜けるような、きれいな 青空 だった。

もう、あの色のない雨も、底の見えない群青の海も、どこにもなかった。


私たちは、新しい日常という名の航海を、ここからまた始めていく。


 


 (完) 


  挿絵(By みてみん) 





完結に寄せて:『漂流家族』という航海を終えて


ついに全12話、完走することができました!

今回の挑戦は、重厚なテーマを扱いながらも「スマホでサクサク読める、続きが気になる物語」にすることでした。


震災という、安易に扱ってはいけない重い題材。サユキやシゲジが感じていた「触れづらさ」は、そのまま作者である私自身の葛藤でもありました。しかし、その「腫れ物」を避けるのではなく、あえて「青すぎる空」や「空飛ぶサンマ」といった幻想的な世界観で包み込むことで、新しい景色が見えるのではないかと試行錯誤しました。



12話、一緒に旅をしてくれた読者の皆様に、心からの感謝を。









★面白そう、頑張ってるねと思っていただいた奇特なアナタ!

そうアナタのことです。ブクマや期待を込めて☆☆☆☆☆を

押して頂けると執筆の励みになります。宜しくお願い

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ