52 怖いものはもうない。
※殿下視点
「いいですか。私は、天国も地獄も信じていません。それは、人間というのは生きるために生きていると考えているからです」
唐突に変化した話題に、俺はついていけず、ただ聞き手に回る。
「子孫を考えて生きる人も、自然を考えて生きる人も、ごく稀です」
「ほとんどの人間は、楽しい今を求めている」
「いつ死ぬかわからないのだったら、仕方のないことでしょう」
「だからこそ、―――」
人好きする笑顔を消して、俺を真っ直ぐに見据えた。
彼女のその目はまるで……クイーンと呼ぶに相応しい、人を率いる人、それこそ王族かなにかのように見えた。
「私は、やりたいことは全てやります。
知りたいことは、全て知ります。
恨まれたって、構いません。
理想が手に入れば、それは些細なことだからです。
そうして生きるからこそ、人生に後悔は残しません」
……勝手な話だと思った。彼女は結局、ワンマンで利己的。
けれどそれがきっと彼女の本質なのだとも思う。
脱力感のようなものが身体を襲う。
俺は今まで何年と過ごして、彼女の何を見てきたのか。
少し話が合っただけで、クラリと熱に浮かされたり。
着飾った姿に淡い思いを抱いたり。
「………悪かった」
「ほぅ。何がです?」
「………………思い込んで、いたこと」
「………? 何を?」
「…………」
答えなかった。
正確な答えが導けなかった、とも言えるが。
暫く沈黙したのち、俺は口を開いた。
どうせボロボロに惨敗している。
怖いものはもうない。
「アルル」
「………!! は、はい」
名前を呼んだら、動揺したふうだった。
思えば、名前、それも愛称で呼んだのは、これが初めてだ。
動揺したらしい彼女を見て、また一つ気付いた。
彼女は自分をしっかり持っているぶん、どこか他人に疎いようだ。
ペースを乱されることを苦手とする、とも言うだろう。
これを告げたら、彼女はどんな顔をするのか。
どんな反応を返すのか。
「お前が、好きだ」