掌の上
「えー……、本日は、ビト組三代目襲名披露にお越しいただき、誠にありがとうございます。こちらからお送りさせていただいた招待状に、すでに記載されていたと思いますが、ビト組の二代目が急遽、急逝なされまして、自分のような若輩者が、この栄誉ある組の跡を、継がせていただく運びと相成りました。思い起こせばあれは――」
ビト組本部、大広間。
等間隔に配置された長机。そのうえには、質素な料理が所狭しと並べられていた。
先日の、屋外で行われた祭りとは打って変わって、誰一人として、笑顔を浮かべている人はいない。
参列している人はみな、一様に片手にグラスを持ち、壇上を注視していた。
壇上には弔辞と襲名口上を述べている、テッシオさん。
テッシオさんはいつも通り、生気のない目で、片手をポケットに突っ込み、もう片方の手でマイクを握って、淡々と口上を述べている。
俺は……俺たちは、ここで、参列者に紛れて、襲名披露に参加していた。
表面上、俺たちはみっちゃんの客人だったという事もあり、そのまま参列できたが、さすがに死者は参加させることはできず、代わりに俺の隠者の布を、顔に巻いてもらって、カムフラージュしてもらっている。
だから、この会場内には俺、アーニャ、ヴィクトーリア、ユウ、ビースト、そしてみっちゃんの六人が、それぞれ離れた場所にて、配置についていた。
作戦はこうだ。
ある程度、この式が進行したのを見計らって、みっちゃんが顔を晒し、この場にいるみっちゃん派閥の構成員を味方につけ、テッシオ派を無力化し、バッジーニを捕縛する。
それからはまあ……、尋問なり、拷問なりして、みっちゃんの憂さ晴らしついでに、今回の事の顛末を訊く、ということ。
幸い、前日に俺がここを訪れていた時は、みっちゃん以外に素顔を晒してなかったので、ここの人間には面は割れていなか――
トントン。
急に背中をたたかれる。
何事かと思い、俺は振り返ってみた。
「おいあんた、筆頭勇者んとこのエンチャンターだろ? どうしてここにいるんだ?」
面が割れた。
話しかけてきたのは、頬に傷のある、強面の中年男。
これまでを振り返ってみてわかったが、ポセミトールには、強面の男しかいないらしい。
俺は面食らって、その場でフリーズしていると、男は再度話しかけてきた。
「あれ? あんた、ユウトだよな? 違うのか?」
……男の反応から察するに、どうやら、異分子を排除するような人たちではなく、軽いあいさつ程度の感覚で、俺に話しかけてきたらしい。
天下のビト組だ。
俺みたいな不穏分子と、繋がりがあっても、おかしくはないと思っているのだろう。
大丈夫。
この状況は予期せぬトラブルなんかじゃない。
俺は手に持ったワイングラスを、優雅に口元へ持っていった。
つぎにワインを軽く口に含むと、今は喋れないという免罪符を作り、思考をめぐらした。
さて、どうするか。
目の前のこいつは、果たして、ビト組の人間なのか。
その中でも、ミシェール派閥なのか、テッシオ派閥なのか……様子を見るか。
「……ええ、招待されたんですよ」
「ほう、さすがは組長だ。あんたみたいな有名人とも繋がりがあるとはな……」
この口ぶりからして、どうやら、この男は組内部の人間、それもテッシオ派だということがわかる。
だったら、そういう風に振舞うか……。
「……それにしても、驚きましたよ。まさか、こんなにも早く決まるなんて」
「ああ、俺もだよ。話に聞く限り、どうやら組長は前から狙ってたらしい」
「そうなんですか?」
「……なにやら、初代組長が死んだときから、ずっと機会をうかがっていたらしいからな」
「それって、二代目が継いでから間もないじゃないですか」
「つまりは、そういうところだ。あのひとは、ずっとあの一族を煙たく思っていたからな。表面上では、うまい具合に仲良くやっていたかもしれんが、内心ではいつやってやろうか、と。そんなことばかり考えいたんだ」
「ま、まじすか……」
ということは、テッシオさんは、はじめから仲間でもなんでもなかったということか?
そんな……、だったら、恩を感じているというアレも、全部演技だったとでもいうのか?
今日の、この日のためだけの……?
「……穏便に済ませるワケには、いかなかったんですか? 世話になった恩情とかも、なにもなかったんですか?」
「そんなもんは、あの人にはない。……ないだろうし、それは無理な話だろう。あのひとは、初代組長からは、かなり煮え湯を飲まされて来ていたからな。憎く思うこそすれ、恩は感じないだろうよ」
「なるほど……」
これが……、これが、テッシオさんの本性か。
いままでのは全部演技で、おっちゃんに拾われてからも、その憎しみは消えず、虎視眈々と組を乗っ取る算段をつけてたってことか。
おっちゃんは……みっちゃんは……、こんなやつのことをずっと信用していたのか?
それじゃあ、あまりにもあんまりだ。
「……どうかしたかい? 気分でも悪いかい?」
「い、いえ……ちょっと、複雑でして……」
「そうかい。まあ、それもこれも、もうすぐで終わりだ。見てみな」
男はそう言って、顎でクイっと、前方――テッシオさんのほうを指した。
「もうすぐで、この口上も終わりだ」
そうだよ。気落ちしている場合じゃない。
いまは、目の前の任務に集中しろ。
テッシオを問い詰めるのは、そのあとだ。
俺は会場内にいる、五人に目配せをした。
アーニャ、ヴィクトーリア、ユウ、ビースト、みっちゃ……あれ?
いない……?
見失ったか?
……いや、そんなはずはない。
あれだけ目立つ格好をしていたんだ。
気配は消せても、存在まで消すことができない。
むしろ、この中だと目立ってしまうまである。
しかし、いくら視線を左右に振っても、その目立つシルエットを見つけられなかった。
とっさに四人に視線を送るが、全員、一様に困惑した顔で首を振っていた。
……なんだ? トイレか?
あまりの緊張状態に、おなかが緩くなってしまったとか?
それはそれで別に構わないんだけど、それだと、みっちゃんの素顔を晒すことができなくなってしまう。
そんな状態で、テッシオさんの首元に刃物なんか押し付けたら、こっちが完全な悪者になってしまう。
そうなってしまうと、計画はパー。
……どうする?
このまま強行するか?
それとも、みっちゃんを待つか?
四人が俺を注視してきているのを感じる。
ここで俺が下すべき決断は――
会場がどよめきに包まれる。
俺は顔を上げて、その方向を見た。
そこには、顔の布を外したみっちゃんの姿が見えた。
――よし。
少々、急だけど、それは合図だ。
俺は右手を垂直に挙げ、合図を送る。
それに呼応するように、四人が行動を開始し――
「ちがう! ユウくん! これは罠だ!」
「え?」
みっちゃんの口から発せられた、思いもよらない言葉に、おもわず俺はフリーズする。
どういうことか、と思い、視線をみっちゃんからテッシオへ移動させる。
そこではすでに、ビーストとユウが、テッシオを拘束しており、その下では、銃を持ったヴィクトーリアと杖を持ったアーニャが、近づかないよう、人払いをしている最中だった。
そんな四人も、みっちゃんの言葉に目を丸くし、固まっている。
どういうことだ?
拘束は成功した。
テッシオはあの態勢だと、すこしでも妙な動きをすれば、首が飛ぶ。
作戦は成功だろう。
だが、なにが……いったい何が――
「なんでマザーがここに……。あーあーあー……、なるほど。そういうことね……」
壇上のテッシオが、脱力したような声でつぶやいた。
しかし、口元には相変わらずマイクがあるため、大音量でそれが会場にこだまする。
「ひとりで何、納得して――」
「おう! そいつを殺したいのかい? なら、殺せよ! 今すぐに! こっちの手間が省けるってことだ。ガハハハハハ!!」
突如、会場から、男の笑い声が上がる。
見ると、白髪で貫録たっぷりの男が、楽しそうに笑っていた。
対照的に、テッシオは動けば死ぬという状況下で、顔をおさえて『やれやれ……』と、首を振っていた。
「罠って……どういうことだよ、みっちゃん!」
「ちがうんだ! これは、三代目襲名披露でもなんでもなかったんだ! ここには、この会場には、ビト組の構成員は、一人もいない!」
「な――」
『にゃんだってぇぇぇぇぇ!?』
会場のスピーカーから、大音量のビーストの声が鳴り響いた。
「お知らせというか、お詫びというか」
今現在、某カ〇ヨムにて、開催されているコンテストに投稿すべく、連日早起きして、ぶっ壊れる勢いでキーボードを叩いているのですが、如何せんそっちのほうが忙しくて、こちらがおろそかになってきてしまいました。
なるべく毎日投稿を心がけてはいるのですが、これからは、どうも、そうはいかないかもしれません。
できるだけ、頑張って投稿するつもりではありますが、投稿されなかった場合は、作者が熱中症でぶっ倒れたか、もしくは他の作品に浮気していると、思っていただいて構いません。
そちらのほうが終わり次第、また通常通りこちらに専念させていただきますので、それまではどうか、暖かく見守っていただければな、と思っている次第です。
読んでくださっている方、楽しみにしてもらっている方、申し訳ございません。




