バッジーニ組
その場にいた男たちが、それぞれ、隠し持っていた得物を手にする。
刀、銃、短刀……、さっきまで俺と話していたおっさんの手にも、一本の刀が握られている。
こいつ、テッシオさん側の人間じゃなかったのかよ……!
じゃあ、このおっさんが、組長組長って連呼してたのは……誰だ?
もしかして、バッジーニのことだったのか?
だとすると……、こいつの言っていたことを、すべて、バッジーニに当てはめたら……、なるほどな、そういうことかよ。
だいたい見えてきた。
ということは、テッシオは――
「これはこれは、お久しぶりですなあ。ミシェール組長。相変わらず、お美しい。相変わらず、平和ボケした顔をしている……」
さきほど「テッシオを殺せ」とのたまった、白髪の男がみっちゃんを、舐めるような視線を向けながら、ゆっくりと近づいていく。
「てめ、みっちゃんになんかしたら、殺してや――」
言いかけて口をつぐむ。
さっきまで談笑していたおっさんが、俺ののど元に刀をつきつけた。
「動くなよ、ユウトくん? 状況見てから行動しろ。あんたがいま、どういう状況か、わからないほど、バカじゃあねえだろ?」
「ユウくん!!」
「ユウくんだあ? くくく……おいおい、こりゃあ傑作だなあ。天下のビト組組長ともあろうヒトが、あんなやさおに惚れちまってんのかい?」
「ち、ちがう! ユウくんはあたしの大事な弟だよ!」
「ほう。まだビト組に跡取りがいたのかい。くく……男の跡取りは、あらかた、無力化しつくしたと思っていたがな……まーだ、いたのかい」
「な――!? やはり、ソン兄さんのアレは、おまえの仕業か!」
「だったら、どうするんだよ、組長さん?」
「く……、バッジーニ……ィ!」
「ガハハハハ!! そんなに睨むなっての! せっかくの可愛い顔が台無しじゃねえか! まあ、たしかにおまえんトコの長男のバカは、ヤクザとしての見所はあった。殺すに惜しいやつだった、が……それはあくまで、身内だったら……、てぇ話だ。……ありゃいけねえ……いけねえよ、いただけねえ。……なんだいありゃ……まるで、狂犬じゃあねえか。俺だろうが何だろうが、悪だくみしてるやつの臭いに敏感なうえ、だれかれ構わず、すーぐ噛みついてきやがるってもんだ。先代の組長から、よくあんな狂犬が生まれたもんだわな。なんだい? おまえんトコの親父さんさんは、そこらへんの犬と交尾でもしたのかい?」
その不快な物言いに、会場の男たちは肩を揺らし、ゲラゲラと、薄汚い声をあげた。
気持ち悪い。ただただ、気持ちが悪い。
吐き気を催すほどの、この状況に、一番辛い立場のみっちゃんは、屈辱に顔を歪ませていた。
「な……なんだって……!? 訂正するんだ! 今すぐ――」
「無論、あんな狂犬は噛みつかれる前に、殺処分限るよなぁ? まさか、本当に犬コロってのは、脳がないとはなァ? あんな見え透いた罠に引っかかっちまうんだからな? だれも、止めてやらなかったのかい? くくく……ハハハハハ!!」
「き、貴ッ様……ァ!」
「おっと、その腰の剣から手を放しな? あんたの大事な大事な弟の首が、胴体から離れちまうぜ?」
「く……っ!」
「それでいい。ついでに、その腰の得物、こっちに投げて寄越しな……」
「ダメだ、みっちゃ――ぐぅ?!」
腹部に鈍痛。
目の前のおっさんに、腹を殴られたようだ。
おもわず、前屈みになり、腹をおさえる。
「やめろ! やめてくれ、ユウくんには手を出さないでくれ……! ほらよ、刀はやるから」
みっちゃんはそういうと、腰に差していた刀を床の上に置き、滑らせるようにして、バッジーニの足元に送った。
「しっかし……なんだありゃ? あんたんトコの三男坊……、覇気ってもんがまるでねえじゃねえか。ただの腑抜け。次男のクズとどっこいどっこいってところか? あ?」
「て、てめ……え……! いい……加減……に――」
「ユウくん! ……いいんだよ。今は何もしないでくれ……!」
「み……、みっちゃ……!」
そう俺に向かって言い放ったみっちゃんは、きゅっと唇を噛み、屈辱に耐え忍んでいた。
みっちゃんが我慢しているのに、俺が出しゃばってどうするんだ……!
冷静になれ。
必ずこの状況を打開できる、チャンスが巡ってくる。
いまはただ、その時を待てばいい。抑えろ。
「くく……、泣かせるじゃねえか、おい。……こりゃあ、美しい姉弟愛ってやつかぁ?」
「……ちがうんだ。ユウくんは、本当の弟じゃないんだよ。だから、見逃してやってくれないか」
「はあ? 本当の弟じゃあない……? イマイチ意味がわからんが……、こんなところを見られたんだ。生きて帰すわけにはいかねえだろう」
「頼む、後生だ。……かわりに、あたしの命を、差し出すよ……!」
「な……!? それはダメだみっちゃ――!?」
刀の切っ先がグイイ……と、俺ののど元に押し当てられる。
「おい、それ以上喋るんじゃねえぞ。死にたくなかったらな」
「く……!」
「きひひひ……、それもダメだ。ミシェールさんよ、あんたの命は元々、貰うつもりだったんだからな……! しかし、どうやら、あんたがここにいるってことは、タタリーアの野郎はしくじったみたいだなあ……、多少予定は変わったが、ここで回収するとするか?」
「やっぱり、あの男はおまえの差し金だったのかい……!」
「いや、正確にいうとちがうな。そこの……、壇上のバカだよ。今回の騒ぎの、引き金になったのはな……。そこの優しい優しいバカのおかげで、ここまでビト組を搔き乱すことができた。あとはあんたらのシマを、金を、構成員を、この手中に収めて終いだ」
「どういう……ことだい……」
「……ふむ、いいだろう。冥土の土産だ。話してやろうじゃないか」
「な、なにを――」
「やめろォ! 話すんじゃあねえ!」
いままでのテッシオからは想像できないほどの大声で、テッシオはバッジーニに言い放った。テッシオはそのまま、力任せにユウとビーストを振り払おうとするが、なぜかビーストが、テッシオの頭をつかみ、腕を背中へ回して、うつぶせのまま、地面へ押し倒した。
床に、おもいきり顔面からぶつかり、テッシオは小さく「うっ!?」と洩らした。
「にゃあ。それ以上、喋るんじゃにゃーよ。死にたくにゃかったらにゃ」
「ぐ……っ、くそ!」
「おま、このアホ猫……、状況を見ろ! ボケる時かどうか、わかんねえのか! いま、どんな時だ! 言ってみろ!」
「ご主人のピンチにゃ!」
「そうだろう! だったら――」
「にゃから、この男を拘束して、動けないようにするにゃ!」
「……どう考えても、テッシオさんは被害者側だろうが! さっさと拘束を解け!」
「しょうがないにゃあ・・」
「おっと、待ちな。猫の嬢ちゃん」
「なんにゃ、白髪のおっさん」
「嬢ちゃんはそのまま、そのおめでたい三代目を拘束しとけ。目障りでしゃあねえ」
「イヤにゃ。ご主人がこいつを拘束したらダメって言ったにゃ。ニャーはそれに従うだけにゃよ」
「てめえ……いいから、黙って言うことを聞きやがれ! 俺の隣のみっちゃんを殺されたいか? あ!?」
「……いいにゃ」
「はあ?」
「ヤレヤレ、まったく、ご主人の命令とアネゴの命、どっちが大切かにゃんてわかりきってるにゃ。殺したかったら殺すにゃ。その人質に、人質としての価値なんて、トマトの欠片ほどもないにゃ」
「い、いいぞ!? ホントにやるぞ! コラ!」
「にゃあ……、ただし、その時はおみゃーを含め、ここにいる全員分の噴水が出来上がるにゃ……!」
会場内はまさに一触即発。
誰かが少しでも動けば、そのまま大混乱になかねない。
それに、あいつから……バッジーニから話を聞けるなんて、願ったり叶ったりだ。
だから、ここはとりあえず、ビーストを落ち着かせるのが先だ。
「やめろ! ビースト! バッジーニさんの言う通り……テッシオさんを、もう一回拘束しろ」
「にゃ。……ご主人、どっちなのにゃ……」
「……拘束を、しろ」
「しょうがないにゃあ・・」
「フン、邪魔が入ったが……、いいだろう。話してやる。事の始まりは、ワシの判断ミスだった――」




