25話 天神家の画策
「メア。よかったですよ、動き」
「ありがとう……でもさ、やっぱり音々はすごいね」
音々の口から賞賛が出たので、ありがたく受け取っておくとして。
メアは規格外のすごさを持つ天城音々と言う少女に戦慄を隠し切れなかった。
メアの倍以上の数を相手取っていたにもかかわらず、メアよりも早く片付け切っていた。しかも、魔法も使わないで。
──聞いた話によると。怨霊は核である魂を破壊しても、撃破になるという。とするならば、音々は全て武器──彼女の持つ千変万化の式神で討ち果たしたのだろう。
名前は教えてくれないのだが、天城音々と言う少女の持つ式神は自由自在にその形状を変えられると自分自身で言っていた。相手が剣ならば、リーチの長い槍に変え、相手が懐に飛び込んでくるのならば、担当に変え対応する。
決まった戦い方をせず、千変万化に戦いを彩る。
──女王。否、戦場に咲く、一陣の花であり、女帝。
それが、彼女に与えられたアルカナの称号だ。
「さて、大丈夫ですか。えーと……」
「武蔵!」
取り敢えず脅威は去った。そう判断し、天城は後ろにもたれかかっている少年に手を伸ばそうとして──横から割り込む声があった。
それは、メア達をここまで導いた少女の声だ。彼女は息を切らしながら、武蔵と呼ばれた少年の傍らに立ち、肩を貸して立ち上がらせた。
「ありがとう。──武蔵を救ってくれて」
「いえ。それもまた、魔法士の使命ですので。気にしなくていいです。それに、礼を言うなら私だけではなく、メアにも言ってあげてください。彼女もまた命を賭して、戦いに挑んだのですから」
「い、いや、私はいいよっ」
「照れなくていいんですよ、メア。──それはそれとして、あなた方がメアと行動を共にする方達ですか? いや、ここに来た時点でそうなのは分かっているんですが、確認と言うか」
「うん。──私は長谷川祥子。そして、こっちが、武田武蔵」
「長谷川……?」
彼女の名前を聞いて、音々がどこか首を傾げながら──。
「失礼かもしれないですが……お姉さんは、本部に勤めていた長谷川諒子さんですか?」
「え、あ、そ、そうだけど……どうして、姉の名前を……?」
「いえ、私も本部に勤めていたことがありまして。その際、お世話になったので……」
「お姉ちゃんが……そう、ですか」
目を伏せ、どこか悲しそうに返す祥子。──流石に、人の感情に疎いメアでも分かる。何か、あったのだ。ただ、それを聞くほどメアは無神経でもないし、雰囲気を乱すようなことはしたくない。
それを音々も察したのか、それともその反応が分かっていたのか──。
「さて、今日の所はここまでにしましょう。互いに、消耗が激しいはずですから。それと、メア。明日からは私はいないので、気を付けてくださいね。勝てない勝負には挑まない事。それを約束してください」
「うん、分かってる」
明日から天城はいない。今日はたまたま仕事が入っていなかったから来ただけ。明日からは忙しくなる、そうメアは聞いていた。
とすれば、今日のような無茶はできない。こちらの戦力はそう高くないのだから。
「それじゃあ、長谷川さんと武田くん、気を付けて帰ってね」
「はい。明日からよろしくお願いします、神薙さん」
「──あー……えっと、その、私名字で呼ばれるの好きじゃないから、名前で呼んでくれるとありがたいかな……」
「あ、すいません……では、さようなら、芽亜さん」
そう言って、港から去っていく二人を見つめ──メアも帰ろうと音々に振り向いて──。
「え……ね、ね……?」
──気づいた。彼女の顔が、これまでにないほどに、真剣になっていることに。
そう、怨霊退治の時でも見せなかった本気──それに近しい度合いの威圧を放ち、目を細めている。見ているだけ。見ているだけで、これほど気圧される。彼女に近づこうと頭では思っているのに、それを拒否している自分がいる。近くにいるだけなのに、手の震えが収まらない。
──なんなのだ、これは? なぜ、これほどまでに──。
「ああ、ようやく見つけたぞ、ナンバー9231……いや、今は天城音々、という名前があったな」
声が舞い降りた。メアと音々の数歩先──そこに、何者かが降り立つ。天城音々と──というか一般人と同じ髪──と同じ黒髪で、和服を若干ながら着崩した男。髪はぼさぼさで、顎には無精ひげ。普段からそういうのに疎いのが見て取れる。一見すれば、隙があるように思える。それこそ、メアにでも一撃入れられそうなほどに。
──だが、それは間違いだ。隙があるように見えるのは、わざとそうしているだけ。恐らくだが、天城音々の目からは、強敵にしか見えていないだろう。
「お久しぶりですね、天神氏政さん。何か、用があって来たんですか?」
「勿論だよ、天城音々。私は今回、大御所様の指示によりとある人物──ま、お前にとっては誰だか分かるだろうが……ともかく、そいつを探しに来たんだ。生存確認、だとさ。全く面倒と言うか、なんというか」
「なぜ、私の所に?」
「別に、来ようと思ってきたわけじゃねえ。……ここは気持ちが悪いな。魔法士にとって、嫌なにおいがする。化け物、怨霊……何かよくない事でも起こる前兆かね。──ともかく、この街じゃあ、特定するのが面倒でな……そんで、魔法を使った、もしくは怨霊の残滓が残ってるところに来たってわけだ」
「狙いは優さんですか?」
ぼりぼりと頭を掻き、緊張感のなさを漂わせる相手──天神氏政と呼ばれた男に向かって、音々は目つきを鋭くしながら問い詰めた。いきなり出てきた名前に、メアは目を丸くしながら──それでも、何もできないために事の顛末を見届けるしかない。
「そうそう、ご名答だよ。大御所様がよ、あのガキ探して連れて来いってうっせえんだわ。ったくよお……てめえの失策の責任、ガキに押し付けんなって話だが……結局、俺は天神家だからよ、逆らうわけにゃいかねえんだわ。──おお! それとだ、天城音々。もう一度こっちに戻ってこねえか? 大御所様がよ、アンタの能力を高く買ってんだ。ああ……なにか欲しいものはあるか? こっちに来るってんなら、それ相応の報酬は取らせてもらうぜ!」
「いやです」
気さくに話しかけ、音々に裏切れと言ってくる天神氏政に対して、音々は少し表情を柔らかくして──しかし、彼女から出てきたのは柔らかな態度とは打って変わっての即答だった。
そして、相手もそれを分かっていたように、頭を掻いて──。
「まあまあ、分かってたことだしな、今更戻ってくる気もねえよな。第一、うちから逃げ出しておいて、どの面下げてって感じだし、命かけて逃がしてくれたお前の恩人にも顔合わせられねえ行為だしな……。うん、悪かった。今のなしにしてくれや」
「なら、さっさと帰ってください。できれば、九州まで」
「残念ながら、一度も会わずに帰ったとあっちゃあ……今度は俺がボコボコにされるんでね。いやー、ほんとあのジジイレベル違えわ……全盛期通り過ぎて、もうちょいで死ぬってのに俺まだ勝てねえしよお……マジであの家狂ってるんじゃねえか……?」
「──もしも」
あーだこーだ言い訳、もしくは愚痴を言い続ける締まりのない敵に、流石の音々もお冠なのか自らの持つ式神を構え、脅すかのように告げる。
「もしも、優さんに手を出すならば、その時は戦争になると思ってください」
「おいおい、物騒だねえ。だが、個人のために組織が動くことはねえと思うが?」
「いえ。私と、天神家の戦争です」
「うひい……おっかねえ、おっかねえよ、女ってのは、好きなやつが絡むとこうも変わっちまう生き物なのか…‥」
なんだかシリアスとかけ離れている気がするが……それでも、天神氏政は一切隙を見せない。おどけても、ふざけても、この男は絶対に油断をしない。
「──おっと、もう遅くなってきたわけだ。よい子は寝ろよー、じゃねえと育つもんも育たねえぞー……ってことで、退かせてもらうわ、じゃな! ……ああ、それと。早瀬雲母っつう女に気を付けな。ありゃあ……天性の化けもんだぜ」
「あ、え……!?」
意味の分からない台詞を吐いて、どこかへ去っていく和服青年(青年に見えないのだが、敢えてここは青年と言っておこう)に、戸惑いを隠しきれないメア。なにせ、音々の雰囲気からして一戦やると思っていた。だから、なんというか、拍子抜けと言うか──。そして、なにより、最後のは一体何なのか──。
そして、天城音々も。天神氏政の投げやりな態度に、怒りが頂点に達したのか小刻みに体を揺らして──。
「誰が胸が小さいですか! 別に小さくありませんとも、気にしていませんとも! ええ! 別に、貧乳は一種のパラメータですから! 悔しくなんてありませんからッッッ!!」
「──あー……そっちなの……?」
訳の分からない所で怒りだす音々を宥めながら、帰路に着くのだった。
「それで、芽亜ちゃんは大丈夫? 魔力」
「へ? あーうん、大丈夫だよ、私は。こう見えて人より多いらしいから」
翌日、六月十一日夜九時。メアは昨日出会った長谷川祥子と武田武蔵と共に怨霊退治をしながら、街の見回りをやっていた。
今日の時点で遭遇したのは既に五匹を上回っている。これは異常な数だ。元々、怨霊と言うのは人の魂を基礎として成り立つものだ。近くに大きな戦争、又は大規模戦闘が起こって誰かが死んでいると言うのならともかく、そんな噂すらないこの街でこれだけの怨霊が出てくるのはおかしい。
とはいえ、メアには裏で進むなんらかの事件など心当たりもないので、現状に従うしかないわけだ。
「それより、終わったらアドレス交換しない? あーLIENでもいいよ? こうして組むことになったのも、何かの縁だと思うし」
「う、うん。別にいいけど……」
「そういうのは、今言うなよな……」
唐突に行われた会話に、隣で会話を聞いていた唯一の男子武田武蔵が居心地悪そうに呟いた。
そして、メアもまた驚愕していた。
──あって二日。時間にしてわずか2時間も経たない程度。まさか、それだけの時間でアドレス交換にまで持っていくその手腕に。
故あって、今のメアのアドレス、もしくはSNSにあるのは天城音々とクラスメイトの数人だけで、優は入っていない。そう、メアにこの社交性があればすぐにでも交換できるのでは──。
(──って、違う違う! 何考えてるの、私……!? そこじゃないでしょ、そこじゃ……!)
ぶんぶんと頭を振って、煩悩にまみれつつある思考を掻き消し──メアの後方。まるで保護者のようについてくる影に目を向けた。
──白神桃華。青森にある白神山地を拠点とする白神家から派遣された、監視員。メアの行動をつぶさに報告するので、ここに居るのだろう。昨日いなかったのは知らない。
「それじゃあ……見回り終わり。ってことで、芽亜ちゃんスマホ貸して!」
「はい、これ」
何事もなく仕事が終わったことに安堵を抱きつつ、先ほどの約束通り電話でもなんでも登録するために一時的に長谷川祥子にポケットから取り出したスマホを預けた。
長谷川祥子は慣れているのか、手際よくというか迷いなくスマホをいじり──そして、数分後。無事に登録し終わったのか、メアのもとにスマホが返ってくる。
「おっけー、これで登録は完了したから、いつでも連絡できるね! ……彼氏できたら言ってね? 私全力でお祝いするから」
「ちょ──!?」
約束も終わり、あとは帰るだけ……という所で、長谷川祥子にとんでもない爆弾を落とされた。
仕事が終わったことに関しての安心感など一気に吹き飛び、顔面が熱くなってくる。
「あはは! 芽亜ちゃん可愛いー! それじゃ、また明日ねー」
「おいおい、イタズラはほどほどにな……」
「うう……」
嵌められた、と心の中で呟いた。
この反応では、きっと長谷川祥子に好きな人がいると誤解されてしまっただろう。今度会ったとき、その誤解を解くところから始めねばなるまい。
そんなこんなで、ようやく熱いのがひいてきたので、後ろをついてきていた白神桃華へと話しかけた。
「それじゃ、白神さん帰ろうか」
「──貴女が私に話しかけてきた数、20回。端的に申し上げますと……馬鹿ですの?」
「えっと……?」
「貴女が話しかけてきた数、全部私は無視させていただきましたが……普通、そこまでやられれば、私を見限るのではなくて? 私には貴女の行動が理解できませんわ」
「うーん……でも、嫌な気分にはならなかったよ? なんていうか、そういうの慣れてるし」
無視なんて昔の頃はよくやられた。いや、下手をすれば今でもきっと無視されるかもしれない。家族では、メアはいないものとして扱われているから。
それに──。
「白神さんのは、なんというかさ。悪意がない……のかな。必要以上に関わらないようにするために、敢えて言ってるみたいな感じして。本気で拒絶されてるわけじゃない……って分かってるから、何度も話しかけられるんだよ、きっと」
もしも、本当に、心の中から嫌われていたら。メアだってここまでしつこく話しかけなかっただろう。だが、そういう人の感情を読むのは得意なのだ。まあ、実家で生き残るために必要な事だったからだが。
メアの話を聞いて──白神桃華は一瞬だけ止まって、次いで。
「わ、らった……?」
「──いいえ、そんなことはありませんわ。それよりも、早く帰りなさい。貴女の家は反対方向なのでしょう?」
「うん……じゃあね」
ここでもいつも通りの反応を見せ、メアの方を少しも見ないで帰っていく白神桃華。だが、きっといずれ分かり合える。そんな予感を胸に抱きながら、帰路に着くのだった。




