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現代魔法士と魔導教典  作者: ミノ太郎
第一部 一章
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15話 英雄再起

有村栄人と言う人間の人生を一言で表せるのは、きっと地獄と言う単語だけだろう。

 生まれは知らず、両親も知らない。

 物心ついたときから、孤児院に居た。

 捨てられた、のだそうだ。彼の両親は昔の国家的に表すのならば、貧民階級みたいなものだった。働いても低賃金で、子供一人すら養えるほどのお金がなく、仕方なく彼を捨てた。

 別に、恨んでいるわけではない。仕方のなかったことだ。だから、気にしているわけではなかった。


 ──彼の全てを変えたとしたら、その先だろう。

 小学校に入って、親がいないのが知れ渡ればいじめられた。若気の至り、だ。周りと違う奴を執拗に痛めつける……人としての心理。

 中学校に入っても変わらない。色彩はいつだってセピア色。話しかけてくる奴は誰一人としておらず、パシリとして扱われ、授業に出れば恥をかかせられる。

 

 思えば、新設されたこの街に来たのも……きっと、周りに誰も知っている人間がいないからかもしれない。誰も知らない世界にやってきて、ただ大人しく過ごしたかった。平穏に暮らしたかった。いじめられた過去も捨て、何もなかったように生きていきたい。

 ──だけど、世界はそんなに甘くはなかった。結局、変わらなかった。

 クラスの教室に入れば、いじめられ。中学の頃と同じ思いをした。


 ──どうして、こんなに自分だけが絶望を味わうのか。どうして、そんなにも笑っていられるのか。

 ──誰も、救ってはくれなかった。誰だってそうだ。面倒ごとに巻き込まれたくないから、新たないじめのターゲットにされたくないから。

 ──もう、嫌になった。絶望した。全てを投げ出してしまいそうになった。

 

 ──そして、有村栄人は、自分を変えてくれる一人の男性に出会うことになる。


『やあ、君が有村栄人だね』


 いつも通り、荷物持ちをさせられていたある日の事。異物が入り込んできた。宇宙服みたいな服を着て、ヘルメットをかぶった誰か。


『私は魔法使いだ。君を迎えに来たよ』


 そんなこと言われてはいそうですか、と納得するような人間などいないだろう。ケンカの強いクラスメイトが突っ込んでいって──軽く吹き飛ばされた。


『大丈夫、死んではいないよ。まあ、当分口を聞けなくなったろうけどね。……有村栄人。君の人生は聞き及んでいる。ああ、ああ。なんと不都合な人生か。君の痛みは、私では計り知れない……』


『あん、たは……?』


『こっちに来れば、きっと君は強くなれる。今まで君を馬鹿にしていた奴らを、見返せる。──どうだい? 悪くないと思うんだが』


 底辺だった。結局、自分で足掻いても救われない領域まで落ちていた。

 そして、思ってしまったのだ。──この人生を変えられるのならば、なんでもしてやると。


『ああ、契約完了だ。それと、一つだけ。もう大丈夫さ、有村栄人。君の、君だけの英雄が、今君を救うためにやってきた』



 ──勿論、この選択が間違っているかどうかは分からない。

 でも、もう引き返せない。否が応でも、選択はしなければならない。後に伸ばしたとしても、結局選ぶことに変わりはない。


『最後に、もうダメだって思った時。思い出してくれ。君の起源(オリジン)を。辛い記憶かもしれないけどね』


◆◆◆◆◆


 優のアッパーを受けた少年はろくに受け身も取れずに、盛大な音を立てて地面に背中から突っ込んだ。

 身体能力強化をふんだんに盛り込んだ拳だ。まず並みの障壁魔法では防げはしないだろう。それほどの一撃を叩き込んだつもりだ。


「聞きたいことがたくさんあったんだけど……まあ、そこらへんは天城に聞けばいいか」


 どうせこの後、少年は三家又は陰陽党へ更迭される。そこで得られた情報を天城から聞けばいいだけだ、と納得し、大健闘をした少女に視線を向けた。


「メア……はダメか。くそ、自分で鎖を取りに行かなきゃならないか」


 確かに気絶はさせた。だが、もしも、と言うことがある。

 ともあれ、左手に持っている風牙と片割れであり、途中で放り投げた雷牙を鞘に戻し──魔力全てを使ったのか、魔力切れで倒れているメアと少し後ろに寝かされている委員長の下に駆け寄った。


「大丈夫か、メア」


「はい……大丈夫、です。取りあえず、自分で歩けます……」


 息も絶え絶えに返してくるメアだが、実際は立っていることすら危険な状態だろう。なにせ、先ほどの威力は全てをつぎ込まなければ届きえないものだった。

 取り敢えず、倒れている彼女の手を掴み、立ち上がらせ──ふと湧いて出た疑問をぶつける。


「さっきの魔法……いつ完成してたんだ?」


「オリジナル、のことですか……? いえ、その、案自体はできてたんですけど、あまり上手くいかなくて……成功自体、初めてで……」


「即興で完成させたってことか……」


 メアの規格外さに、思わず唸ってしまう。土壇場での強さ、魔力制御は見事なものだった。その上、魔法をぶっつけ本番で完成させるとは。才能がある、とは思っていたが、流石にここまでとは想定できていなかった。

 だが、初めてと言うこともあり、まだまだ無駄な部分が多い。

 そこはおいおい教えていく必要があるだろう。


「ともかく、一応気絶させてはあるけど……いつ、動き出すか分からないし、鎖で縛っておきたい……だけど、時間がかかれば回収部隊がこっちに来て、委員長の身柄を渡せと迫ってくるかもしれない、ということか」


「私がこの人を連れて逃げますか……? 一人ぐらいだったら、逃げられると思うんですけど……」


「──、分かった。そうしよう。メア、裏の方から逃げてくれ。たぶん全方位から囲みに来るからその前に離脱さえしてしまえば、なんとかなる」


 とはいえ、それだけで誤魔化せるほど三家は──いや、その当主は甘くはない。奴らには優にはない、独自の情報網を多く持っている。恐らく、今回の事件の中枢も割られている可能性が高い。

 ともあれ。この場で優先すべきは脱出だ。ふらつくメアに若干の不安を抱くが、この場ではこれしか取れる選択肢しかないので、そのままにしておく。


「さて、門を閉ざすか……」


 数年前まで門が開くのは日常茶飯事、までは言わないまでも、頻繁にあった。だからと言うべきか、門の閉ざし方は覚えている。勿論、門を閉ざしている途中に起きられても困るので先に鎖を縛っておいた。

 だが──何事も上手くは運ばない。

 そう──気絶させたはずの少年が、いきなり立ち上がって。


「かんなぎ、めあああああああああああああああああ!!」


「くそ……が!」


 護符をポケットから取り出し、離脱しようとしているメアに向けて咆哮と共に中級の火魔法──火元素8.5で成立するイグナイト──全てを飲み込む業火が放たれた。

 通常、イグナイトは真っすぐにしか進まない。そして、それはこの場でも変わらない。ゆえに、普通に(、、、)動けるならば(、、、、、、)避けられる。

 

 ──だが、思い出せ。メアは普通に動けるほど、体力が残っているか?

 無理だ。あれを避けられるほど、激しい動きが出来るわけがない。


(くそ……間に合う、か……?)


 メアを救うため、走り出そうとするが──いかんせん間に合わない。

 今の優の身体能力であれば、到底メアを救い出すには足りない。しかし、身体能力を上げる魔法──優だけのオリジナルはもう使えない。勿論、もう一つ切り札があるが……こちらはあまりにも時間がかかるゆえ、この場では意味を為さない。ゆえに、手立てはなく、このまま二人が炎に呑まれ、屍と成り果てるのを見守るしか──。


(くそ……結局、俺は……)


 また、失うのか。また、目の前で。自分のせいで。

 何も、救えないのか。同じ、過ちを繰り返すのか。


 ──脳裏に浮かぶのは、自らの手で殺した少女。唯一、彼が救えなかった少女にして、彼の夢を応援してくれた少女。

 そう、また、優は──。




 ──諦められるのか? 

 声が、響いた。

 無理だ。どうしたって、届かない。


 ──何のために、ここまでやって来た? 自らの日常を捨てて。見捨てると言う選択肢だって、あっただろう?

 メアを救うために、決まっている。


 ──なあ、英雄(ぎぜんしゃ)。お前は、何がしたいんだ? 何に、憧れてここまで来たんだ? 思い出せよ。

 

 ──。

 ────。

 ──────決まっている。憧れた。分不相応にも、できないと分かっていながら。

 それでも、誰かを助けて全てを笑顔にさせる、そんな英雄に憧れた。

 全てが見捨てても、そいつだけが助けに来てくれる。そんな英雄(ぎぜんしゃ)に憧れた。

 ならば──取るべき選択肢は、最初から自分の中にあった。


 ──駆ける。今、優に出せる全力でもって駆け抜ける。

 視界が、明瞭だ。普段ならば、視えないものまで視界に映る。

 

 メアの、顔が見えた。守ると、決意した少女の顔が見えた。

 少年の最後の足掻きに驚愕し──また絶望を孕んだ顔が見えた。

 泣いたために腫れた目。地面に零れ落ちた雫。枯れた声。

 ──代償は支払った。

 底辺にまで落ちて、誰よりも地獄を見て。誰よりも塞ぎこんで。

 そんな彼女が叫んだ声を、本心を。

 無駄になどさせるものか。また、絶望になど落とさせてたまるものか。

 


 ──さあ、始めよう。あの時と同じように。今までと同じように。

 絶望に沈み、底辺に落ちた者を──救うための抗いを。

 


「おおおおおおおおおお──!」


 鞘に戻した風牙と雷牙を両手で持ち──優のオリジナル加速領域(アクセラレート)を発動させる。

 

 痛みが、底知れない痛みが襲ってくる。だが、構うものか。

 彼らの受けた痛みは、それ以上だ。それが許せなくて、俺は英雄になることを決意した──。


 炎とメア、委員長。互いの距離は──僅か一メートル。


「お、おおおおおおお──!」


 ──なる。ならなくてはならない。

 誰もを絶望の淵から救い上げる、英雄に。

 あの時の想いが、優の体の中に再起し──かつてないほどの力を与える。


 優はその間に割って入って──二つの剣を振り、焔を絶つ。

 が、もう力は残っていない。攻撃を繰り出せて、後一度が限度。

 だから──まだやらなければならないことは残っている。


「なん、でだよおおおお!? なんで、なんでっ……僕は、俺は、僕はああああ!!」


 ふらふらとしながらも、それでも確固とした足取りで向かって来る優に──少年は狂ったかのように拳を繰り出す。体裁など気にせず、ただ恐怖を払拭するように。


「僕は、もう嫌なんだ! 誰からも見下され、誰からも期待されず、退屈で、屈辱で、耐えられない世界に戻るのは、もうごめんだ! だから、だから僕は──!」


「俺には、お前が分からない」


 狂気ではない。その先に隠された、本当の感情が、見えた気がした。

 きっと……彼は絶望したのだろう。一人ではどうしようもない困難に直面して、世界に、自分に絶望したのだろう。

 優だって、そうだ。メアだって、変わらない。


 きっと……彼とメアの違いは。

 自分の足で踏み出せたか否だ。彼は踏み出せず、メアは踏み出した。たったそれだけが、有無を変えた。在り方を変えた。絶望しながらも、強くあろうとした少女。絶望して、闇に囚われた少年。


「だから──せめて、終わらせてやる」


「僕は、二度と……!」


「俺が言っても、説得力はないかもしれないけど……敢えて言わせてもらおう。──過去から目を背けるな、自分の姿から目を離すな、ちゃんと、自分の在り方を見ろ!」


 結局、こんなものは盛大なブーメランだ。思い出したくもない過去から逃げて、今なお逃げている少年に彼を悟らせることなど出来やしない。


「もう一度、原点を見据えてやり直してこい。自分が、何をしたいのか、何をやりたいのか……そのうえでなお、立ち上がれないと言うのなら、その時は助けてやる」


「──おおおおおお!!」


 繰り出される拳を躱し──最後の一撃、渾身の力を込めた一撃を少年の顔にめり込ませ。


「まずは、自分がしたことの尻拭いを、しろ!!!」


 そのまま振り抜き──今度こそ、少年の意識を刈り取ることに成功した。


「先輩……先輩っ!」


「メア。無事か……?」


「はい、はい……!」


「そっか……なら、よかった」


「せ、先輩っ!?」


 メアの、泣き笑いを見て──力が抜ける。加速領域(アクセラレート)のデメリットと、メアを救えたことへの安堵が重なり──糸が切れたようにその場に倒れる。

 焦るような声が優の耳に届くが、今の優にその声に答える術はなかった。そのまま、意識が闇に沈んで──。

 戦いは、幕を閉じた。

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