明るい未来
家に帰って、悠里はテレビを観ていた両親に事情を説明した。かなえは大喜びだ。
「え、ほんと。シロちゃん、ずっとうちにいてもいいの。まあ、うれしいわ」
行雄は渋い顔をして言う。
「俺はまだいいとはいっておらんぞ」
悠里は、分かっていた。行雄がただ自分の存在をアピールしたくて、もったいぶっているだけだとうことを。なので、行雄の作法に則り、一応聞いてみる。
「え、だめなの」
「うーん、母さんがあんなに喜んでいるからなあ」
行雄は考え込むふりをしている。悠里はそれをみて、何で男ってこんなに面倒なんだろ、と思う。
「じゃ、いいじゃん」
「うーん、仕方ないな。ちゃんと世話するんだぞ」
いつもの決まり文句を言って、行雄はテレビに視線を戻した。
シロは、何事もなかったかのように、悠々と猫用ベッドに歩いて行くと、ごろりと横になる。
悠里も、さて勉強するかーと呟いて、二階に上がろうとしたとき、シロの言葉が胸に飛び込んできた。どうやら、寝ながら声だけ悠里に伝えてきているようだ。なんてものぐさな。
「いつも世話になってばかりですまんな。わしの願いはすべて叶った。雪枝さんはこれで、心残りなくあの世へいける。わしも、母さんのうまい飯が毎日楽しみじゃ」
シロはそこで一呼吸おいて、またしゃべり出した。
「これからは、ずっとお前さんのそばに仕えて、お前さんの希望する通りに動くぞ。何かこれから、やってみたいことはないかの」
悠里は考え込む。
「うーん、気持ちはありがたいけど」
悠里の希望といえば、看護師になることだけだが、まさかそこをシロに手伝ってもらうわけにもいかない。
「考えとくね」そう言って悠里は、二階に上がっていった。
期末試験の結果が帰ってきた。
悠里は入学以来の最高得点、美咲もどうにか進級するために必要な点数をぎりぎりだがとった。
早速、悠里の家で、美咲の進級祝いをしようということになった。コンビニで、ジュースとお菓子を大量に買い込み、二人は、悠里の部屋にどっかりと腰を下ろした。
美咲は、ポテトチップスを頬張りながら言う。
「よかったあ。あと五点低かったら、留年だったかも。学年主任の三浦先生には奇跡が起きたねって言われちゃった」
そう言って、美咲は、明るく笑う。悠里は美咲の頭をなでた。
「ほんと。よかった。三浦先生の言う通り、奇跡だね」
「なにそれ、ひどーい。悠里に言われると傷つくわー」
美咲は、悠里の腕をぺしぺしと叩いてくる。
悠里は、はいはい、ごめんね、とそれを受け止めながら、自分の成績を振り返って、不思議に思う。
――どうしようもなく忙しかったのに、こんなときに限って点数がいいのはどうしてかなあ。何かに追われている方が、やる気が出るのかも。といっても、もうあんなに忙しいのはしばらくごめんだけど。
美咲は言う。
「四月から三年生だね。なんだか信じられないなあ」
「そうだね。頑張ろうね。それにどこの病院の何科に就職するかも考えなくちゃだよね。美咲はもう決めた?」
「それがまだなんだよね。病院の見学会とか合同説明会に行きながら考えればいいかなって。悠里は?」
「うーん、実は訪問看護とかいいなって思ってるんだよね。でもやっぱり数年病院で働いて経験を積んでからのがいい気もするし、そしたら、内科かなあ。幅広くできるから、訪問介護にも役立ちそう」
これは、香織を探している間にさまざまな人に出会って、感じ始めたことだった。病院と地域をつなぐ訪問看護。患者が病院に来て、診察を受けたり、手術したり、薬をもらうのももちろん医療だし、必要なことだけれど、もう一歩深く患者一人ひとりの生活に寄り添って、その人の生涯を通じて適切な看護ができれば、さらに患者の役に立てるのではと、悠里は思うのだった。
肝臓の悪そうな遠藤さん、不眠症の合田さん、いつも便秘ぎみの香織の母、それぞれ一回会ってお話しただけだが、その後、どうなっただろう。香織の母親なら、もしかしたらその後の様子を香織を通して聞くことができるかもしれない。そう考えてから、悠里は首をぶんぶんと横に振った。そんな余裕は今の悠里にはなかった。
――でも、いつか一人前の看護師になれたら……。
そんなことを考えていると、部屋の窓から、暖かな風が、ふわっと入ってきた。
悠里は、なんだかわくわくする気分になりながら、呟いた。
「もう春だね」




